糸井重里は「ほぼ日」をはじめてから、
コピーの手法や技術についての話を
積極的に伝えようとはしてきませんでした。
でもやっぱり、一時代を築き上げた
広告コピーの話はじっくり聞いてみたい!
そんな機会をずっとうかがっていたら、
「前橋BOOK FES」の新聞広告で
糸井さんがひさしぶりにコピーを書くことに。
ほぼ日の編集者であるぼく(平野)は、
コピーライター出身なので興味津々です。
新聞広告を振り返りながら教わりました。
糸井さん、あのコピーってどう書いたんですか?
- ーー
- 糸井さん、ぼくは最初から
前橋BOOK FESの企画に入っていなかったので、
糸井さんがコピーを書くことになった
きっかけから教えていただきたいです。
群馬県の上毛新聞にだけ出稿された広告で、
おそらく「ほぼ日」読者のみなさんにも
ほとんど目に触れていないと思うのですが、
「うわっ、イトイさんがコピー書いてる!」って
社員なのに興奮してしまいまして。
- 糸井
- まず前提として、
「前橋BOOK FES」というイベントでは、
いろんな人たちが
いろんな協力の仕方を考えてくれました。
その中で地元のメディアが、
「紙面をイベントの広告に使いましょう」
という協力を申し出てくれたことが
すごくでかいんです。
- ――
- 上毛新聞さんでの広告枠は、
すべて提供いただいたものですね。
- 糸井
- そうです、そうです。
そのこと自体がとてもありがたいことで、
提供してくれる広告枠の分量だとか
タイミングっていうのは当然、
上毛新聞さんの都合に合わせるわけだから、
ぼくらから「こうやりたいんですけど」
という要望は出せないわけです。
広告枠の買い物をしたわけじゃないんで。
- ――
- はい、そこが広告を作る上での
前提条件だったわけですね。
- 糸井
- そう、だから最初の段階では
紙面をどう提供いただくのかは、
ぼくにはわかっていませんでした。
ただ、この企画全体で使える部品は
けっこう早い段階で揃えてありました。
それが何かと言ったら、
たとえばネーミングであるとか。
- ――
- 「前橋BOOK FES」という名前。
- 糸井
- それから、ロゴタイプ。
これは秋山具義さんが協力してくれました。
で、ヨシタケシンスケさんの描いた
本を持った人のキャラクターですよね。
あとは、ぼくが考えたことだけど、
「本で元気になろう。」のスローガンがあった。
その部品を組み合わせれば広告を作ることは、
できるにはできるんですね。
だから、事務局のみなさんが動いて
作ってくれたんだと思うんです。
ぼくも「ああ、よかったね」と思って、
一度はそこで終わっていたんです。
けれど、ぼくが最初に思っていた以上に
広告をたくさん出せることがわかって。
- ――
- あっ、そこは予想外だったんですね。
- 糸井
- うん、だって上毛新聞さんの都合に合わせて
取っていただく枠なんだから。
ぼくらが「これとこれをこうやりたい」なんて
わがまま言うわけにはいかないと思っていたの。
部品はあるし、広告を出せる場所があればできる、
ということでいいやと思っていたんです。
でもそうしたら、1回目と2回目で、
同じ内容の広告を出していたんです。
- 糸井
- つまり、ブックフェスの事務局主導で
材料を並べた広告が2回も出てしまった。
1回目は「ああ、そうですか」でよかったけれど、
その後にほとんど同じ内容の広告が
2回目として出ていたんですよね。
- ――
- はい、そうでしたね。
- 糸井
- 出展者の募集だとか、本の募集だとか、
こちらの都合で呼びかけなければならない情報を
入れなくちゃいけないのは、わかりますよ。
でも、新聞広告の全5段
(紙面の縦3分の1の大きさ)で
こういう情報が書いてあったとしても、
読者との距離が遠すぎるんですよね。
言う側は一応言っているんだけど、
聞く側にとっては何を言われているのか、
わからないとまでは言わないけど、
どんなに説明しようとしても謎なんですよね。
- ――
- はじめて開催するイベントですし、
群馬県のみなさんからしても
まだそこまで関心のない状態でした。
- 糸井
- そうそう。
「言うことは言いましたよ」っていうふうに
なっちゃっていたのが、最初の2回。
- ――
- 糸井さんは、その2回を
もったいなく感じていたんですね。
- 糸井
- また広告を掲載できるんだとしても、
この情報が何回も出るなら、
上毛新聞のお客さんがこちらの都合に合わせて
利用されているように思えたんです。
つまり、見込みの消費者になってくれるだけで、
お客さんとして扱われていないんですよね。
このままじゃあ「前橋BOOK FES」が、
地元の人が積極的に参加してつくり上げる
イベントじゃなくなっちゃうと思ったの。
広告をあと何回出せるかはわからないけど、
まだ次があるって聞いたんで、
「じゃあおれが引き受けるよ」って言いました。
- ――
- それで3回目の広告からは
糸井さんがコピーを書いたんですね。
- 糸井
- 2回目までの広告を繰り返し
何度も使っていたとしたら、どう?
たとえばの話、
「出展者募集が少ないんですよね」
という課題があったとしたら、
そちらに重点を置いた広告をつくりますよ。
でもそれは、遠い関係のスポンサーがいて、
そこから請け負ったときのつくり方なんです。
でも、ぼくが前橋に住んでいて
上毛新聞を取っている人だとしたら、
広告でそんなことばっかり言われても、
「お前らは勝手に笛太鼓鳴らして
なんか言ってるようだけど、
要求ばっかりしてくるだけだな!」とね。
- ――
- ああ、イベントの印象が悪くなっちゃう。
- 糸井
- クラウドファウンディングでも
募集をはじめた途端に「足りないんです」と言うのが
文法みたいになっているけれど、
追い立てて目的地に連れていくような発想は
もう古いと思ったんです。 - そうじゃなくって、
主役は前橋っていう場所であり、本であり、
あとは来てくれる人であり。
誰かがやりたくてやったことで、
そこでビジネスをやろうって話じゃないから。
このお祭りをどうやってつくるか、なんですよね。
言ってみれば、
上毛新聞を読んでる人を信じきっちゃって
スタートした方がいいんじゃないかって。
- ――
- つまり、読者の視点なんですね。
- 糸井
- 「どーせ広告なんか読んでくれないよ」であるとか、
「広告に書いたけど、全然動いてくれない」っていう、
してくれないことを軸に考えるんじゃなくて、
ちょっとでも動いたっていう、
動きが感じられるようなシリーズの
広告ができると思ったんです。
うーん、どう言えばいいかなぁ‥‥、
ライブに近い発想でつくっていったんですよ。
- ――
- 反応があって、
それを受けて変えていくような?
- 糸井
- そうそう。
これは、自分でも今までやったことないんです。
たとえば、年間キャンペーンの広告でも、
おおよそこの時期に何をやってとか、
この時期にはこういうふうになるはずだから
この要素を入れるだとか、
台本の香盤表みたいにつくるんですよ。
そのくらい計画できるのが本職だろう、
と広告屋には望まれていたんですよ。 - そこまで先を読んで計画するってのも、
建築とかの世界なら別でしょうけど、
人の動きだとか、感情の盛り上がりだとか、
理解の深度だとか、そういうものに合わせて
人の波が動いていくみたいなことだから、
それじゃあ、予定は組めないよなと思ったんです。
でも、寸前になったらこうする、
ということなら漠然とはわかりますよね。
- ――
- はい、直前なら。
- 糸井
- だから、最後はゆるくするっていうのを
先に考えたんですよ。
- ――
- あえてゆるくすることが
狙いだったんですか?
- 糸井
- 狙いはありました。
ライブでやっていくと、
状況をいちいち判断しながらやっていきますよね。
言ってみれば、マーケティング主導になるんです。
「ここをもっと補強しましょう」とか、
「今ここがいいから、もっと煽りましょう」とかね。
でも、そういうビジネスの組み立て方じゃなくて、
最終的にどういうふうになろうが、
最後には「たのしいからやろうよ」って、
それが開催の直前でやりたいことだなあと思って。 - イベントの準備中には産みの苦しみもあったけれど、
そういうことは忘れるんですよ。
数字で表すと「来場者が48,000人」とあったけど、
最初からそんなに人が来てくれるなんて、
誰も予想もしていなかったわけ。
経験のある人ほど、いろんなことで
「だめだったらどうしよう」って考えるし、
ぼくの頭の中にも半分はそういう人がいました。 - だけど、すっごく失敗したとしても、
学校の1学年くらいの人がそこら辺にいて、
誰かがボーっと「ヒマだなあ」とか言っていて、
本がパラパラと置いてあって、
そういう絵がいちばんの失敗なんだろうなって。
- ――
- 人が来なくてヒマしてる状態ですね。
- 糸井
- で、それよりもっと失敗なのが、
「アイツらあんなことやってさ、
まったくふざけたやつらだ!」と
地元の人たちから怒られることかな。
ぼくなんかが前に出ていたけれど、
ずっと前橋にいる人間がやっているんだったら
まだ同情のしようがあるんですよね。
でもぼくは、普段から前橋にいるわけじゃないから。
- ――
- 生まれ故郷ではあるものの。
- 糸井
- それなのに知ったような顔して、
「こんなことやったら、みんなたのしいですよ」
なんて言っていたら、いやですよね。
文句を言いたくなる気持ちもわかるんですよ。
イベントがなくても前の通りに静かなら、
別に問題なかったわけです。
そこで変に期待を持たせたり、
あれこれ言ったおかげで失敗したとしたら、
やっぱりぼくが嫌なやつに見えますから(笑)。
今だから笑いながら言ってるけど、
なかなか切実だったんですよねえ。
- ――
- ブックフェスの記者会見で
「失敗の海に飛び込もう」と
おっしゃっていましたもんね。
- 糸井
- そうそうそう(笑)。
そこまでの失敗もあり得ると思って。
(つづきます)
2023-02-21-TUE