糸井重里は数年前から、
ふくしひとみさんの活動に注目していました。
コンサートにも何度か行きました。
ふくしさん本人のほか、人形や動物が登場し、
たくさんの楽器が同時に奏でられる、
ほかにはないショーでした。
いつか渋谷の「ほぼ日曜日」で
ふくしさんの展示や演奏会をやれたらいいね、と
ずっと言っていました。
このたびそれが実現することになりました。
みんな大好きなあのたぬき、もちろんいます。
ふくしさんの世界を覗いたことのないみなさま、
さぁ、集まりましょう。
手はじめに、ふくしさん、夫の戌一さん、
糸井のおしゃべりをどうぞ。

>ふくしひとみさんとは?

ふくし ひとみ

岩手県生まれ。
ピアニスト、ダンスアーティスト、イラストレーター、
ヨガインストラクター、方言ラッパー。
「ふくしひとみ芸術文化研究所」代表、
日本どうぶつの会CEO。
SNSで活動が注目され、かずかずのライブを開催。
類を見ない発想で独自の世界を表現しています。
2025年3月19日に
ふくしひとみの不思議愉しいカクテルレシピ』を
KADOKAWAより発行。
夫である戌一(いぬいち)さんは
マネジメントとプロモーションを担当。
自宅での演奏のようす
「ぬいぐるみ楽団」との合奏
ふくしひとみさんについて
戌一さんのX

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第5回 友だちと遊べなかった

糸井
東京にはあちこちに、いちょうの木が生えていて、
実が落っこちてます。
あれはぼくらが生きる都会にある、
タダの価値のあるもの」の代表だと
ぼくは思っています。
持って帰って、きれいにして、
炒って食べたら、価値としては高いわけですよ。
ふくし
そうですね、あれは、
値段がついて売られているものです。
糸井
だけど、ふつうに落ちてて、しかも誰も拾わない。
ぼくはたまに銀杏の実について考えて、
あれ、いいなぁ」と思ってるの。
ふくし
笑)
糸井
山や森に行けば、野イチゴとか成ってるでしょう。
それもおんなじです。
フィンランドの森では、
ベリー摘みがみんなの娯楽だと
聞いたことがあります。
銀杏の実も、料亭で出たら値段がついて
価値が定まっちゃうんですけど、
落ちてるときにはタダ。
ほんとはぼく、それってすごくいいなと
思うんですよ。
ふくし
なんなら、道ではちょっと迷惑だけれども(笑)、
ほんとうはおいしくて価値がある。
踏まれてるやつもいれば、
運ばれて食べられるところまで
行けるやつもいる‥‥。
糸井
そうそう。何もかもがきれいに整理されて
売る、買う」で成り立ってるところの
隙間のような場所に銀杏はいる。
そう考えると、たとえば
真心(まごころ)とかもそういう存在です。
口論もそうですね(笑)。
口論、売ってないですよ。
ふくし
売ってないですね。
まぁ、買いたくないですけど(笑)。
‥‥もしかしたら、
糸井さんが想像なさっている口論が、
けっこういい感じの口論なのかもしれないですね。
けっこう、どっちかがどっちかを
どうにかするんじゃないか、ぐらいの
ひどい口論だったんですよ。
糸井
でもやっぱり、
傍からしか言えないけど、
そんな関係、作れるもんじゃないですからね。
売ってないですよ、そういう相手。
ふくし
まぁ、そうかもしれないです。
糸井
これまで何度かふくしさんのライブに行って、
ふくろう(ほくろう)や
たぬき(たぬ房きよ美)をはじめ、
たくさんの演目があることを知りました。
いつもどうやって演し物を決めてるんですか?
ある日「たぬき、やりたい」と
思いつくのでしょうか。

ふくし
たぬきをやりたいと思ったことはなくて。
糸井
ないんですね。
ふくし
たぬきがそこに「あった」感じですね。
私は東北の、山奥の出身なのですが、
幼い頃から知っていたたぬきに形を与えてみたら、
勝手に動き出した‥‥まぁ、動いてるのは
私なんですけど(笑)、
なんだか勝手に動き出しました。
だから見たいんです、
たぬきが勝手に動いてるさまを。
糸井
ああ、そうか、見たいんだよね。
ふくし
録画でしか見たことありません。
この目でたぬきを見たいです。
糸井
あのたぬきは、笑ったりしないけど、
本人は何を考えているのかな。
ふくし
じつはクリアな記憶はそんなにないんですよ。
なんというか、その「さま」であった
記憶ぐらいはあるんですけど、
どうであったか」という明確な感じはありません。
たぬ房きよ美は、人としての行動は
たぶんしてないと思います。
糸井
ふくしさんはつまり、
見たい私」のお手伝いをしてるのが、
アーティストの私」なんですね。
ふくし
はい、きっとそうですね。
糸井
ということは、「観客の私、万歳」な状態ですね。
あの、いろんな音を出すおもちゃの動物と
共演している私も、きっと見たいんですね。
ふくし
はい、見たいです。
糸井
あの動物たちは‥‥何(笑)?

ふくし
私に友だちがいなかったので、
たまたまそこにいた動物と一緒にやりはじめた、
というだけです。
おそらく、お友だちがちゃんといる人って、
バンドやろうよ」となったときに、
ちゃんと人間がやってくれると思うんですよ。
糸井
はい、はい、はい。
ふくし
でも、私は友だちがいないので、
誰かと合奏したくなったときには、
ああいうことになります。
糸井
友だちがいない、
その原因はピアノですか。
ふくし
ピアノだと思います。
クラシックピアノをやっていると、
学校にびっしり通えなかったりします。
義務教育の期間中は通うんですが、
やっぱり何かとピアノが優先。
放課後はもちろん全部ピアノで埋まっているし、
お友だちとはあまり遊びません。
なにしろ手が大事なので、
子ども同士の遊びがなかなかできないんです。

糸井
そうか、手を怪我するといけないからね。
ふくし
週末にコンクールがあるのに、
ボール遊びに誘われると断らなきゃいけない。
日焼けもそんなにしちゃいけないと
言われたりもします。
そんなことが重なり、無邪気には遊べなくなります。
だから私は手近にいた動物となかよくなりました。
実家のまわりに動物がいっぱいいたので。
糸井
東北の、どのあたり?
ふくし
岩手の内陸の山のほうです。
糸井
ピアノと、山のなかって‥‥
ふくし
いや、そこなんですよ(笑)。
そこがちぐはぐなので、こうなるんです。
ピアノをやらせる前にちゃんと
家族で話し合っておいてほしかった。
糸井
笑)
ふくし
両親と祖父祖母で、
なってほしい私像(わたしぞう)」が
すべて違いました。
けっこうそこですごく苦労した実感がありまして。
糸井
動物がいるような山あいで、
ピアノがあって、
ふくし
いや、じつは、家には長いこと、
ピアノがなかったんです。
糸井
ええ?
ふくし
だからほんとに、
ピアノをはじめる前にちゃんと
家族会議をしておいてほしかったんですよ(笑)。

明日につづきます)

撮影:池田晶紀、池ノ谷侑花(ゆかい)
ヘアメイク:広瀬 あつこ

2025-03-24-MON

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  • 1ヶ月間だけ渋谷に現れる、
    摩訶不思議な「たぬき縁日」です。
    ふくしひとみミニライブ」も
    会期中に開催します。