
- ──
- で、そうやってされてきたことを、
いま、映像と冊子にまとめられてて。
- 嘉門
- はい。ずっと駆け抜けてきたんですけど
「これだけの活動をやりました」というのを
映像にまとめまして、
さらに64ページの冊子にもしようとしています。
- ──
- 映像は見られるんですか?
- 嘉門
- 公開されてますのでぜひ見てください。
全部で12分なのに、そのなかに
エンドロールが3分あるという(笑)。
でもこれ、ぼくらは絶対入れたくて。
- ──
- 冊子はただいま制作の最終段階?
- 嘉門
- はい。こちらは完成したら
被災者の方々にお届け。
将来、イベントに実際に参加してみようという気になったり、
みなさんのあいだでの
お話のきっかけになったりすればと思っています。
イベントに参加されたことがある方には、
アルバム的な要素もあるかもしれません。
- 神元
- あとは自治体の方が「うちでもやりましょう」と思う
働きかけになったり、
あとは今後、さまざまな場面で
「コミュニティをつくる過程でこんなことをしました」
という参考になればいいな、
というのも副次的にめざしています。 - あと、ウェブでの閲覧ができるようにもします。
取材のあとできあがった冊子「石川ひとつなぎ」。
(デジタル版、ぜひごらんください)
- ──
- だけど映像や冊子にまとめるのも、けっこう大変ですよね。
- 嘉門
- そこはもう若いおふたり、
日本エージェンシーの中﨑さんと、
金沢美術工芸大学4年生のデザイナー・山西さんが
相当がんばって、取材してくださったんです。
- 中﨑
- 合計30日間、参加者の方や、支援くださってる方に
たくさんお話を聞かせていただいたんです。
- 嘉門
- 石川県庁と金沢美術工芸大学って協定があるんですね。
それで「この映像をつくるプロジェクトを、
一緒にやれませんか」ってお声がけしたら、
山西さんの指導教官の方が
「こんなにやってるなら、ぜひ伝えなくちゃ!」と
4年生のエース、山西さんを紹介してくださって。
- 中﨑
- 一緒にあちこち回ったんですけど、
4年の山西さん、そして映像制作には
3年の東郷さんも入ってくださり、おふたりとも
すごく前向きに取り組んでくれたんです。 - 石川県も広いので、移動距離がすごくて
毎回長時間だったんですけど、
撮影の最終日に山西さんが
「もう撮れないと思うとめちゃくちゃ寂しい」
と言ってくださったのが、すごく印象的でした。
山西優心さん(写真中央)と東郷壮太郎さん(右)。
- ──
- 取材されていったなかで、
とくに覚えているお話とかってありますか?
- 中﨑
- 基本的にはみなさん「イベントが楽しい」とか、
「こういう集まりがあってよかった」とか
明るい言葉が多かったんです。 - ただ能登町でのレザークラフト
ワークショップでのインタビューのときって、
最初はどの方も
「しゃべることないよ」みたいな感じだったんです。 - だけど、対話していくうちに
住民の方々同士で連鎖的に会話が始まって。 - ある方は地震のあと、自分の家が解体されて
瓦礫の山になってしまった。
それを旦那さんと一緒にひとつひとつ運んで
掃除しては、避難所へ戻って、
川の字で寝る毎日を過ごされたらしいんですけど、
そのときどう感じていらっしゃったか‥‥とか。 - インタビュー内容の一文をすこし読み上げますね。
「戻って来てから、家を少しずつ片づけてきたけど、
周りの家がなくなっていくのは、やっぱりむなしいです。
いまも重機が通るたびに地震かとドキッとするし、
心に重たいものが詰まったまま。
でも、ワークショップに来て、
みなさんの顔見てお話すると、気持ちが盛り上がる。
一瞬でも楽しい時間をすごせて、
新しい交流ができて、情報も交換できる。
こういう場がいまは本当にありがたいね」という。 - 取材の前日、震度4の地震がもう1回あったんです。
それも当時を思い出して、ドキッとされたとか。
やっぱりトラウマになっているから。
- ──
- ああ。
- 中﨑
- それまでの取材はみなさんの笑顔を
見ることがほとんどで、ぼくらもイベント自体、
もちろん笑顔になってほしくてやってるんです。
でもこのとき、いらっしゃったみなさんから
どういう葛藤を抱えてこられたかとかを
教えていただいたのが忘れられなくて。 - 現地の社会福祉協議会の方ですら、
初めて聞いた話だったりもして、
親しくされている社協の方にも
なかなか話せないことがあるんだなと。
そういうのも衝撃で。
- 嘉門
- 中﨑さんと山西さんのふたりは若さもあるし、
やわらかく聞いてくださるから、
今回おふたりがまわってくださって
本当によかったなと思うんです。
- 中﨑
- 「孫に話す気分になった」みたいに
みなさんに言われました(笑)。
年齢は本当にそうだし。
- ──
- この活動、今後はどうなっていくんですか?
- 嘉門
- この事業は来年度も続きまして、
震災から2年経ちましたけど、
今後も被災された方々に
寄り添っていけたらと思っています。 - イベントメニューもさらに拡充したいし、
モルック大会の第2回をやろうかもあるし、
「To be continued」で(笑)。
- ──
- To be continued(笑)。
- 嘉門
- あと、今年度になって、このメニューを
使いはじめてくださるところも増えてきたんです。
- ──
- おっ。
- 嘉門
- だけどそれは明るい話でもなくて、背景には
「これまでいた支援団体がいなくなったから」
という影響もあると思ってますね。
- ──
- ああ‥‥震災から2年経って、
支援を終えてしまった団体もあるから。
- 神元
- あとは地元の公民館とかが少しずつ動き出しているから、
そういったところでも活用いただけたら
という気持ちがありますね。 - ただ、同時に私たちも
「いつまでやって、どう地元に
バトンタッチしていくべきか」は、
常に意識しながらやっているんです。
- ──
- つまり、サポートがなくても
まわっていくのが、本当は理想だから。
- 嘉門
- そう。だからこの活動は最初から
「すべてお膳立てする」
「全部やってあげる」みたいなことは
避けてやってきてるんですね。 - たとえば「縁日キット」も、持って行くけれど
縁日を回すのは現地の人にお願いしてたり。
畑にしても、こちらで菜園をつくって渡すのではなく、
「ほしいなら一緒につくりましょう」とやる。 - こちらで組み立てたものを渡すんじゃなくて、
自分たちの生活に組み入れるように活用してもらう。
「基本的にはお手伝いです」
という距離を保ちつつやるのが大事かなと。
- 神元
- 「そっと手を差し伸べる」くらいの感覚ですよね。
自分たちでやるきっかけにしてもらうというか。
被災した方たちのもともとの力を
引き出すような動きであるべきかなって。
能登の人たちって、もともとチカラのある人たちですし。
- ──
- 実行部隊として動いてきた松本さんは、
このプロジェクトについていま、
どんなことを感じていらっしゃいますか?
- 松本
- 実はこういった復興のお手伝いって、
ぼくらももともと全然知らなかったんです。
それまで感じていた「支援」って、
物資の支援とか、家が崩れた人に新しい住宅をつくるとか、
そういうイメージでしたから。 - だけど、県の方からご連絡をいただいて
「こういうコミュニティ再建の支援があるんだ!」
からはじまって。 - でも、人が生きていくにはコミュニティというものが
本当に大事で、行政の方々がその必要性を
はっきり認識して、実際に動いていらっしゃる。
そのことにすごいなと思いました。 - いまも関わらせてもらいながら、
人の気持ちに寄り添いながら動くことの大事さを
すごく感じてます。 - 具体的な部分では、実際に仮設住宅で
「お隣にどんな方が住んでいるのかわからない」とかも
やっぱりたくさん聞くんですよね。
そこは少しでもご近所づきあいが増える
追い風になればいいなと思ってやっています。
- ──
- 神元さんは災害支援の現場を
たくさん見てこられたかと思うんですけど、
どんな思いがありますか?
- 神元
- 過去の地震でも、こんなふうにコミュニティが
ダメージを受けることって、よく起きてるんです。 - だけど住民感情ってやっぱり複雑なんですね。
同じ地震で、同じ支援を受けてても、
ひとりひとり状況はまったく違う。
在宅と仮設住宅の違いだけでも、
「でもあの人たちはなんだかんだ家に住めてるじゃない」
とかの言えない思いは出るものですから。 - それはもう、もとのコミュニティが
いくら強かったとしてもダメなんですよ。
こういう被害が起きたあとって、割れちゃうものなんです。 - それを中の人たちだけで回復させていくのって、
たぶんかなり大変なんですね。
そのときに外部が入ることで、きっかけができて、
少し集まりやすくなる面はある。
だから、こういったお手伝いは
必要じゃないかと感じながらやっています。
- ──
- ああ、外部だからこそできるところがある。
- 神元
- ただ同時に、この動きがすべてを
解決するわけではないのもわかっておくべきで。 - こういうプログラムをいろいろやっていても、
外に出ない人はやっぱり出ないんですね。
集まれている人たちのほかに漏れている人が必ずいて、
たぶんその人たちは、コミュニティでは救えない。 - これだけだとそういう人たちが取り残されていくから、
そこはたぶん福祉の視点で、
別の対応を考えていく必要があるかなと思います。
- ──
- 天災って、日本で暮らしていると
今後どこにどう起きるかもわからないですし、
コミュニティについての意識って
みんな持っておいたほうがいいんでしょうね。
- 神元
- そうですね。
記事を読んでくださる方への思いとしては
「いざというときのために、
近所で顔見知りぐらいはつくっておこうね」
という思いはあるかな。
- 嘉門
- しかも、超高齢化社会ですから。
地震が起きなくたって、
コミュニティの話ってみんな関わるんですよ。 - ぼくも年をとることを身構えている人間として、
この事業に関わりながら、
「仲良くなるってこういうことか」
「草刈りとかの作業があると出てきやすいな」
「自分が出ていくなら麻雀かな」
とか、考えさせられることは多いです。
- やすな(ほぼ日)
- この記事を読んでくださった方が、
こういったバックグラウンドも想像しながら
石川を旅行してくださったり、
能登のものを買ってくださったりするといいですね。
- 神元
- 「行ってみてほしい」はありますよね。
実際に行って、住民さんに声をかけて話してみて、
現地の様子を感じてほしい。
- 嘉門
- 合わせて、観光とかだと輪島市や珠洲市、
七尾市を目的にされる方が多いですけど、
よければ穴水町や志賀町などにも
目を向けてもらえたらなと思います。
報道されていないような場所にも
被害はありますし、仮設住宅もありますし。
- 神元
- 穴水町には「いこいのば」の畑があるから、
ご覧になると、感じられることがあると思います。
- やすな(ほぼ日)
- そういえば一昨日、嘉門さんと、
イベント取材のあとの夕暮れどきに
車で菜園をのぞきに行ったら、
ずっとおしゃべりされてる方がいらっしゃって。
- 嘉門
- ふたりでずーっと、立ったまま、
漫才のネタ合わせみたいな感じに
おしゃべりに花が咲いていて(笑)。
あれはよかったですね。
- 神元
- ちょっと嬉しいですね。
みなさんの場所になってきてるなあと。
- ──
- ああ、いいですね。
そんなふうに少しずつ活動が実って、
あちこちにコミュニティが育っていけば。
- 嘉門
- そうなんです、ほんとに。
少しでも追い風になれるように、これからも
事業を続けていけたらと思っています。
- 神元
- そうですね。これからも能登に関わり続けます。
(おわります。みなさん、ありがとうございました!)
2026-07-11-SAT
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「石川ひとつなぎ」の活動紹介動画、
ぜひごらんください。
みなさんがつくった冊子の
デジタル版はこちら。
