2024年1月の能登半島地震のあと、
石川県の事業で、コミュニティの再建の
手助けをしようと動いているチームがあります。
月100回以上のコミュニティ再建支援をおこない、
地域の方々が「外に出るきっかけ」や
「交流するきっかけ」を増やそうとされています。
復興のなかでこんな動きがあること、
いろんな方になんとなくでも知ってほしくて、
みなさんのお話を紹介させていただけたら。
担当は「ほぼ日GO!」の田中です。

※このインタビューは2026年3月に
おこなったものです。


能登、赤城、尾瀬、西興部など、
あちこちの方と一緒におもしろいことを探る
ほぼ日✕地域のプロジェクト。
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3. なにかの「ついで」に育つもの。

──
されてきたイベントのなかで、
特に大きい規模のものって、なにがありますか?
松本
そうですね、モルック大会とか。
──
モルック? スポーツの?
松本
はい。石川県モルック協会のみなさんの力を借りて
つくったメニューなんですけど。
「誰でも参加しやすい、どこでもできる
スポーツって何があるかな?」で探して、
「モルック体験会」というメニューを入れたら、
たまたま広く刺さったという(笑)。
──
すごい、モルックが刺さるとは(笑)。

嘉門
あちこちにチームができて、
先日も金沢の近くの会場で大会をやったら、
21チームが集結したんです。
合わせて、能登の先端とかから移動のバスを出したら、
みなさん遠足みたいに来てくれて、
バスのなかからキャッキャとすごく盛り上がって。
完全に初心者のチームもあれば、
良い結果を残すために
毎週練習されていたところもあったし。
車いすの方も投げてましたし。
その勝手に回っていった感じの、ありがたいこと。
松本
ほとんどの方はもともとモルックを知らないから、
最初は協会の人に説明していただくんです。
そのとき「みなさんで練習してみてください」って
道具を1セット置いていくんですね。
実はそれがポイントで、やれる状態があると、
集まる理由になるようなんですね。
そこから大会のお知らせすると
「道具もあるし練習しようよ」と、
さらに集まるためのきっかけになる。
すごくいい循環ができたんです。
神元
みんなで菜園をつくるプログラムの走りで、
穴水町川島の「いこいのば」も、
やってよかったなと思うプロジェクトですね。
参加者は毎回10人とかでしたけど、
回数が多かったので、いろんな方が関わって
大きくなっていった印象がありますね。
何度も時間をかけて集まりながら、
じっくりつくっていったのがよかったなと。
最終的に菜園がちゃんと地元の方のものに
なった感じがして嬉しかったです。

──
イベントをしたあと、みなさんのほうで
勝手に新しい動きが起きて‥‥
みたいなこともあるんですか?
嘉門
そういうのは本当にあちこちのメニューで
起きてると思いますね。
菜園づくりなんか、とくにそうで。
気づくとみなさんが自主的に
「収穫した野菜で月1回食事会やろう」とはじめてたり、
カラス対策を話し合ってたり。
夏場の夕暮れにみんなで水をまいてたり。
神元
ずっと菜園づくりをかまってくれる
スーパースターが出てきたり、
草刈りをずっとやってくれる
寡黙なおじいちゃんが現れたり。
そういうのも、見てて嬉しいんですよね。
松本
あとは「ふるさとバス」も、すごく
やれてよかったと思うプログラムですね。
──
ふるさとバス。
嘉門
「広域避難者」と呼んでるんですけど、
もともと能登にいた方々で、
金沢や小松の賃貸住宅に住んでいる方々がいるんです。
そういう方はやっぱり
「地元に帰りたい。いまどうなってるか知りたい」
という思いがおありなので、
お住まいの場所から地元までのバスを出したりしました。
松本
やっぱりみなさんいろんな思いがあって、
「いまの復興の様子がよくわかりました」とか、
「こんなに変わってたんだね」という声もありますし。
久しぶりにいろんな方と再会できて
「元気やった?」とちょっと涙ぐむシーンもあったり。
別れを惜しむ方もいたり。
嘉門
家を失われてますからね。
松本
風景も、どんどんどんどん変わっていくので。
最初は瓦礫だったのが、
数か月後にはまったくなくなってたりしますから。
だからみなさん、見て回りながら、
やっぱりちょっと辛い部分もあったりされて。
なかなか感慨深いプロジェクトではありました。
──
あと、なんとなく話を聞いて気になっていたのが、
「ジオラマ作り」のワークショップというか。

嘉門
ジオラマ作りは、5×5メートルの空間に、
みんなで震災前の街の模型をつくるものなんですけど、
神戸大学で建築の教授をされている槻橋修さんが、
もともと東日本大震災のあと、
東北60カ所ぐらいでされていたものですね。
それを「能登でもやりませんか」というお話があり、
神戸大学の学生さんが、金沢大学など
地元の大学生たちと連携してやってくれたんです。
住人のみなさんが集まって、1週間の展示期間、
高低差をつけた土地に、家の模型を並べて
実際に近づけていくんです。
松本
「~~さんの家」「よく立ち寄った駄菓子屋」
「幼少期にチョコパフェを食べに行きました」とか、
ひとつひとつ、コメントなどもつけながら。
嘉門
学生さんたちが、地元のみなさんに
思い出を聞きながら、
「俺んち、屋根の色、黒や」
って言われたら黒を塗るとか、
逆に「こんな感じですか?」と聞いたり。
そういうインタラクティブなやりとりのなかで
模型の街がどんどん仕上がっていくんですね。
お祭りで使うキリコ(巨大な燈籠)の模型も
合わせてつくったりとか。
1週間で景色が色づいていくにつれ、
みなさんが町の中を歩き始めるんです。
──
わぁ。
嘉門
いいなと思ったのが、町について話すとき、
実は未来の話って難しいんですよね。
「これからどう復興していくか」とかって、
それぞれイメージも具体性も違いますから。
だけど過去の話って、しやすいんですよね。
みんないっぱい思い出があって、見てた風景が一緒。
単純に盛り上がりますし、できるにつれ、
どんどん愛があふれていくんです。
「屋根の向きが違うから直したい」とかも、
またひとつのやり取りですし。
リアルな立体というのも大きくて。
やすな(ほぼ日)
しかも、この槻橋先生のプロジェクトは、
今後デジタル化されて、
あとからも見られるようにするという。
──
ああ、作ったあとなくなるんじゃなく
ちゃんと残るのも嬉しいですね。
嘉門
また、能登島でおこなったときは、
東北大学の大学院生たちが、
ひとつの集落に丁寧に寄り添ってくれて、
1年かけて「思い出の写真を集めてください」
とかのワークショップをやったあと、
最後に模型の形にしたんです。
その学生ってもともと
「ぼくは東京出身で、ふるさとないんです」
と言うような子たちだったんです。
でも彼らも関わるなかで感化されて、
「地元愛ってこんな感じなんですね」って
能登に通うようになってて。
みんな能登にふるさとができたような感じで。
──
支援として関わっていく側にも、
大事な場所が増えたという。
嘉門
そうなんです。
──
この事業であれこれ動いてきて、
嘉門さんはコミュニティって、どんなふうに
育っていくものだと思われますか?
嘉門
これはほかの人にも聞いてみたいですけど、
ぼくはやっぱりコミュニティって
「なにかの『ついで』で生まれてくるんだな」
という感じはしますけどね。
土いじりしながらとか、
ジオラマづくりで思い出を共有して、
ああでもない、こうでもないと言いながら
なにかを一緒にやる、とか。
誰かの手を借りることによって、とか。
そういうところから「ついで」になにかが生まれ、
結果的にコミュニティになっていく。
だからこの事業はそういう、
人が集まって一緒に作業をするイベントをやりながら、
そういう「ついで」をつくっている感覚ですね。
体操だって1人ではやりたくないけど、
みんなと一緒ならやる気になって、毎週行ったりする。
きっかけがあって、なにかが育つ。
そういうことの手応えは、すごく感じてます。
逆に
「はい、みんなで集まりますよ、しゃべりますよ!」
だとコミュニティは生まれないかなと思うんです。
コミュニティづくりが目的化すると
みんな気持ちが引いてしまったり、
「自分たちはなにをやってるんだろう?」と
なりやすいかなと思うんです。
むしろ自然と生まれる
「カラスどうする?」「草むしりどうする?」
とかが、コミュニティを育んでくれるのかなと
思ったりしてますね。

(つづきます)

2026-07-10-FRI

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