日本のすばらしい生地の産地をめぐり、
人と会い、いっしょにアイテムをつくる試み。
/縫う/織る/編む/」。
「桑都(そうと)」と呼ばれる八王子で、
技術のつまった風通織のストールを作ってもらいました。

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「/縫う/織る/編む/」 日本一ちっちゃい整理工場の ほかは真似できない風合い仕上げ。 大惠  小宮 浩さん

東京・八王子の澤井織物さんに
風通織のシルクストールを作っていただくなかで、
「桑都(そうと)」と呼ばれ、
繊維で栄えたという八王子産地について
もっと知りたくなりました。

そこで、(株)糸編の宮浦晋哉さんに
案内いただいて、
八王子で繊維関連の工場を営む、
3社にお邪魔し、
いろいろとお話をうかがいました。

八王子産地の特長は、
一言でいうと「フットワークの軽さ」。
大商圏である東京から近いこともあり、
デザイナーやアパレルから、
「こういうものが欲しいんだけど」と頼まれたら、
拒まず、なんでもやってみる職人さんが、
力強く残っているそうです。

1社目の大原織物さんに続く2社目は、
整理加工工場の大惠さん。
整理加工工場とは、生地や繊維製品の仕上げに、
伸縮性やしわなどを持たせて、
それぞれに合わせた風合いに仕上げる仕事です。
八王子ではもう1軒のみという大惠さん。
現場で、小宮浩さんにお話をうかがいました。
聞き手は、糸編の宮浦さんとほぼ日です。


大惠とは
いちばん重要なのが「洗う」こと。
大惠
整理加工というのがうちの仕事です。
お客様の品物をお預かりして、
たとえば大原織物さんとか
澤井織物さんのところで織ったものを
どういうふうに仕上げて欲しい、
という希望をうかがって、
それを加工して、
風合いを出したものを納品します
──
加工して、風合いを出すんですか。
大惠
そうです。
預かったものに味をつけてお返しするんですね。
なので、最終的にどんなものになるかというのは、
わからない場合もあるんです。
広くて長くて、
これ何になるんだろうねっていうものもある。
そこから切って服地になるかもしれないし、
ストールみたいになる可能性もあるし。
品物をつくるということではないんです。

──
風合いをつけることを、
専門に行ってらっしゃるんですね。
宮浦
扱ってる素材は、
綿とかシルクが多いんですか?
大惠
綿とか、シルク、それからウール。
基本的に化学繊維のものは私どもでは扱わないんです。
化学繊維って、あんまり変化しないんですよ。
ですから天然繊維のものだけですね。
一番多いのはウールです。
ウールっていうのは
縮絨(しゅくじゅう)って言って、
洗うことによって糸が縮む作用があるんですよ。
うちにとって、すごく基本的で、
すごく重要な仕事が
「洗う」っていうことなんです。
──
洗う、っていうのは、水を使うんですか?
大惠
基本的には、お湯。
ウールの場合だと、モノにもよりますけど
38〜40度前後ぐらいから50度ぐらいの間かな。
汚れを落とす、という意味の水洗いではないんです。
風合いを出すために、洗う。
──
汚れを落とす、ではないんですね。
大惠
はい、風合いを出すためです。
われわれ、もう長くやってるので、
たとえば、この糸でこの織り方ならば、
どのぐらい縮むか、なんとなく見えてくるんです。
いわゆる洗濯機みたいなもので洗うんですけど、
洗う時間、水量、回転数、スピードも重要で、
その辺を見極めて、組み合わせて、機械にかけます。
──
その都度、
感覚とか経験で判断していくんですか。
大惠
そうですね。
データというのはある程度取るんですけど、
同じようにやったら毎回ピッタリ同じものができるか、
っていうとそうでもなくて。
そこはやっぱり長年の経験が頼りになるんです。
宮浦
ウールの種類でもすごく変わりますもんね。
大惠
そう。そうなんです。
毎年同じものをリピートされるお客様もいますけど、
同じ糸屋さん、同じメーカーから、
同じ番手の糸を買って織ったものなのに、
違ってあがっちゃうことがあるんです。
宮浦
へえー、おもしろいですね。
──
それはやっぱり、天然繊維ならではですね。
大惠
うん。
糸の品質や、撚糸の問題もあるかもしれません。
毎年同じにはできないんですよね。
料理でも、同じものを作りたくても、
産地によって野菜や肉の味が違ってくれば、
料理人ってちょっと変えるじゃないですか。
──
火加減や時間や、味付けをほんの少し変える。

大惠
そう、われわれの仕事もそんな感じです。
同じやり方をそのまま繰り返していても、
同じものは出来上がらないです、なかなか。
宮浦
素材を見極める、っていう仕事なんですね。
大惠
そう、そう、そうですね。そうですね。
今はね、コンピューターが普及してますけど、
何十年も仕事やってきている中では、
今日はこんな感じだったとか、
こんなふうにあがったよみたいなことを、
手書きで書いたものがデータだったんですよ。
──
シルクの整理加工も洗いですか。
大惠
洗いますね。
宮浦
シルクもお湯ですか?
大惠
シルクとか綿の細番手の、
ストールにするようなものは、
糸に糊の糸を巻きつけてからから織り始めるんです。
そのままだと細くて切れちゃって、
織れないんですね。
そうやって強度を増して織っているので、
糊抜きっていって糊を落とす作業をするんです。
それは80度、90度ぐらいの
お湯じゃないと落ち切らない。
それがキレイに落ちると、
シルクだけになるんですね。
──
薬剤は使わないんですか?
大惠
うちはあんまり薬剤って入れないんですけど、
柔軟剤はすこーし使うときもありますね。
少しタッチを柔らかくしてほしい、っていう場合。
ウールの洗いは、基本的に少し柔軟剤を入れます。
お湯だけだとわりと
パサパサとした感じになるんですけど、
柔軟剤を入れると少しぬめり感っていうか、
仕上がったときの表面の光沢感が
若干違ってくるんです。
──
ほんの少しなんですね。
大惠
そうですね。結構大きい洗濯機の中にほんのちょっと、
少量ですけど、それだけで差が出るんですよ。
乾かしながら、風合いを出していく。
──
洗って、その後は乾かす作業に。
大惠
乾かし方、うちは2通りあるんです。
いわゆる織物の反物、長い生地の場合はシ
リンダー乾燥機っていうのを使います。
大きいドラムが何本もあって、
そこを生地が通っていって、乾いて出て来る。
──
ローラーの間を生地が通ってる、
という感じですね。
大惠
そうです、そうです。
それともうひとつは1枚ものの場合で、
タンブラー乾燥機。
タンブラー乾燥機は、
実は乾かすだけじゃないんです。
──
乾かす以外の効果もあるんですか。
大惠
タンブラーの中では、
生地がゴロゴロゴロゴロ、
叩き合うようになりますよね。
それも必要なんです、風合いを出すために。
──
揉まれるっていうことですか。
大惠
そう。洗いでも揉まれて風合いが出て、
プラス乾きながら叩かれて、
さらに風合いを出すんです。
──
その加減も、モノによって変えるんですね。
大惠
タンブラーにかける時間と、あとは入れる量。
たとえば皆さんもコインランドリーに行って、
洗濯物を一度にいっぱい、
バーンと入れちゃうと、
ぜんぜん乾かないことってあるでしょ。
たとえば20分で乾くところが
40分かかっちゃうとか。
宮浦
あー、たしかに。ありますね。
大惠
そういう計算をしながら日々やってます。
洗いのときも同じで、
うちには機械が2種類、
容量が60キロのと90キロのがありますけど、
20キロぐらいしか入れませんね。
そのドラムの中で生地が、洗われながら
バシャーンと落ちて揉まれる。
宮浦
そうか、なるほどそうですね、
そこでも風合いが。
大惠
水量というのも大事で。
たとえば、水をいっぱい張った洗濯機の中に
ハンカチを1枚落としてもほとんど洗えないでしょう。
クルクル回っているだけで。
──
うん、うん。
大惠
揉まれないと洗えないわけですね。
──
なるほど。
大惠
一度に洗う量とか重さとかを考えるんです。
まああくまでも今までやってきた経験というか、
その辺はちょっとしたデータですけど、
だいたい洗えるのは何キロぐらいだなとか、
長さとしたら
何mぐらいのものだったらいけるなとか。
──
いちばんいい塩梅になるように。
奥が深いですねー。

昔の機械を改造しながら、使い続ける。
──
大惠さんは創業されて何年ぐらいなんですか?
大惠
会社としてはもう70年以上やってると思うんです。
ずっと整理加工の仕事ですね。
それより前になると、
いつから始めたかはわからない。
昔はもう着物の時代からなので、
おじいさんが着物とかを
扱ってやっていたのかな。
あるときから洋物に変えていこうって、
ネクタイとかマフラーとかを専業にしたんです。
宮浦
じゃあ、もともとは和服の仕上げを。
大惠
そうです。そうそうそう。
私の記憶では、まあなんとなく覚えているのは、
おじいさんと親父が、
50㎝とか30㎝ぐらいの生地を、
年中やっているなというのは見て覚えていて。
──
それ、やっぱりシルクだったんですか。
大惠
そうそう、シルクだったんですね、昔。
大きいたらいで、たわしみたいなので
チャッチャッチャッチャと
洗っている姿をよく見ていました。

宮浦
へえーー。洗いを、手作業で。
大惠
機械化されてない時代ですから。
それをこう、木の棒に置いてね。
そうだ、記憶がある、手回しの脱水機。
グルグル回る。そうだった。
それで、そのあと外に干していましたね。
外に物干しざおで。
宮浦
ああ、天日干しで。
──
歴史を感じますねー。
今はこの広い工場で。
大惠
いや、整理工場としては
日本一ちっちゃいんじゃないかな、うちは。
ほかのところはもっと、
5倍も10倍も広いですよ。、
何十人もの人が動いて、
機械もすごく大きいですし。
だからうちはその逆で、
どれだけ小さいものができるか、
っていうぐらい、小さな仕事が得意なんです。
よそだと、服地なんて
150cmとか180cmとかってありますよね、生地幅が。
宮浦
はい。
大惠
うち、20㎝幅ぐらいの生地でも
整理加工するんで(笑)。
それは絶対できないと思う、よそでは。
──
技術的にむずかしいんですか。
大惠
大きな機械で20㎝なんていうのは
無理な話です。
うちはそのぐらい狭いものもできます。
たぶん日本で、ほかにないかもしれないです。
どこかやってるとしたら、
帯とか、手ぬぐい。
手ぬぐいもだいたい
30から35㎝ぐらいですよね、幅が。
宮浦
はい、はい、そうですね。
和装関係の方から、
そういう整理仕上げがもうできない、
できるところがなくなっちゃった
という話をよく聞きます。
大惠
昔からの機械を扱っている機械屋さんに、
改良をしてもらって使っているんですよ。
幅を更にもうちょっと狭くとか、
部分的に、もうちょっとここまでできないかな、
みたいな感じで変えてもらったりして。
──
もう、オリジナルですね。
大惠
ちょっと機械をお見せしましょうか。
これがうちで言う、洗う、縮絨の機械なんですけど。

大惠
コインランドリーにあるようなものですね。
これに、水量を何ℓ入れるとか、温度、回転数、
スピードとかを決めて。
ここ、内側に羽が1、2、3枚
あるんですけど、
この角度を、
特注で作ってもらいました。
──
角度、ですか。
大惠
品物が当たる角度をね、
ちょっと調整したんです。
──
へえー、そんなところまで。
大惠
それと、このドアも特注です。
洗濯機の中ってどんなんだろうって
思わないですか(笑)。
──
たしかに。そうですね。
大惠
それが見えるように
ガラスにしてもらったんです。
どうやって洗われてるのかを
自分で見て確認したいので。
──
はあ〜。すごい。

大惠
この大きな機械がシリンダー乾燥機といって、
ドラムロールのようなものの間を、
生地が通ってます。
生地がこちらからこう上がって、
向こうから乾いて出て来る。
蒸気で暖かくなって、乾かしてるです。
──
へえー、蒸気。
大惠
それからタンブラー。
これはまあ、一般的な機械です。
ご自宅でも、
タンブラー乾燥機付き洗濯機はありますよね。
あれと同じようなものです。
大惠
まあこうやって、洗って、乾かして、
決まった大きさになるようにセットして、
最終的に指示された幅に整えて出来上がりです。
これが基本なんです。
ここ、並んでるの同じ機械なんです、実は。
ただちょっと改造してもらって、
幅の広いものも、
狭いものもできるようになってます。
モノによっては起毛という作業があったり、
最後にプレスすることもありますね。
プレスは、大きなローラーにかけるんです。
──
起毛はまた別の工程ですね。
大惠
起毛をやってるのが、
この一番大きい機械です。
あの真ん中で回ってますね、大きなドラム。
あのドラムに針が何本もつけてあって、
ドラムも針もそれぞれ回転してるんです。
そうやって表面から
繊維を掻き出すようにすると
起毛ができるんですよ。
よそだとこのサイズの起毛なんて
まずやらないんです。
うちだけなんです、
こういう細いのができるのは。

さまざまな要望に、
ひとつひとつ応える仕事。
宮浦
仕上げる商品は、
日本全国から来るんですよね。
大惠
そうですね。
──
整理加工にもトレンドはあるんですか。
大惠
マフラーなんかでも、
シワっぽいまま仕上げてくれとか。
シワ加工じゃないんですけど、
キレイにしすぎないでくれ、
そういうものもいっぱいあります。
たとえば最近やったレース刺繍の生地は、
自然な感じでシワが
多少あってもいいっていう指示なんです。
多分自宅でも洗えますっていう
販売の仕方なのか、
なんとなく洗って干した感じの雰囲気に
仕上げて欲しいって。
宮浦
へえー。
さっき大原さんで見させていただいたウールの、
縮絨するのとしないのが一緒になっているもの、
大惠さんで仕上げていると。あれもおもしろかった。
大惠
ああ、波打ったような、
ポコポコしているのですね。
そうそう。
宮浦
あれも、熱とか時間とかの工夫がいるんでしょうね。
大惠
そうですね。まあ洗い方と。
タンブラーで乾かすやり方なんだけど。
なかなかうまくはいかないもんなんですよ、
むずかしいです。
基本的に、サイズをきちっと整えるのが
うちの本来の仕事なんですよね。
だけど、自然な仕上がり、
幅もうねうねしていて定まっていない、
そういう仕上げを依頼されるっていうのは、
難しいんですよ。
どこが正解なのかがわからないから。
宮浦
ああ、なるほど。
大惠
整理加工というのは、整えるのが仕事だから。
──
そういう基本と対応力があるからこそ、
広がっていくところもありますよね。
宮浦
ニットの加工もなさるんですね。
大惠
ニットもやります。
もともとニットは
手をつけなかったんですけど。
八王子のニットの仕上げ屋さんが
減ってしまったんですね。
それで始めました。
宮浦
布帛(ふはく)とニットで(※)、
違いはありますか?
※布帛は織物。ニットは編み物。
大惠
われわれは布帛しか扱ったことがなかったから、
ニットの性質がぜんぜんわからなかった。
当然、伸びますし、縮みも大きいし。
どういうふうにするのかを教わって、
勉強させてもらって、
今はニットもできるようになりましたね。

──
探究心がおありなんですね。
大惠
あとね、ここ3年ぐらい、
あるハイブランドの生地をやってるんですけど。
これを織っている方は糸から自社で作っていて、
その機屋さんとちょっと話をしたときに、
仕上げが安定しているって、
すごい喜ばれたんですね。
もちろんそこの織りも
きちっとできていますしね。
──
ああ、いいですね。
いいお仕事をされてる方たちが連携して。
大惠
もうひとつ、ちょっと特別なんですけど、
インテリアの、
カーテンにする生地を洗ってるんです。
リネン100%に特化してるカーテン屋さん。
──
ナチュラル志向のインテリアですね。
天然素材ならではの風合いってありますもんね。
大惠
それ、突然舞い込んだ仕事だったんですけれど、
前に出してた整理工場さんがあるらしいんですけど、
製品が出来上がって納品してから
クレームがちょこちょこあったらしいんですね。
うちでやり始めてからほとんどゼロになって、
「製品にしたときの変化が少ない」という話で。
──
加工の手順は同じでも違いが出るのって、
どうしてなんでしょうね。
大惠
まあ推測ですけど、大きい工場だと、
機械も大きいし、
どんどん量産ができちゃうんです。
だから見落としもあると思うんですよ。
うちの機械は、
人間がつかないと動かないものが多い。
布幅をセットする機械も、
すべて自分の手先で動かすわけです。
だから、私なんかも当然、
もう何十年も仕事してるから、
指先で糸の変化がわかるんです。
「あれ? ちょっと変だ」っていうものは、
見た目わからないけど、透かしてみると、
糸の太さとか微妙な違いを感じられるわけ。
そういうことが大事なのかなと思いますね。
──
繊細なお仕事なんですね。
だからこそいろんな要望に応えられるんですね。
大惠
そうですね。
「こういうものを」って
求めている方がいるんだったら、
うちはなんでも、お受けしたいんですよ。
宮浦
いやあ、いいですね。
八王子の匠のみなさんのお仕事。
ステキなものを作られてますね、みなさん。
──
大惠さんならではのお仕事ですね。
貴重なお話がうかがえました。
ありがとうございました。

(大惠・おわりです)

2024-10-10-THU

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