この写真家にインタビューできなければ、
この現代写真家インタビュー連載には、
決定的な「欠け」があると思っていました。
なのに、長らくできなかったのは、
その作風のせいか、
勝手に「怖い人」というか、厳しい人、
激しい人じゃないかと思っていたからです。
実際の大橋さんは、
自分の欲求に対して真摯で真面目で、
人間や生命の不思議や謎を探り続けている
少年探検家のようでした。
センセーショナルな写真集で
世間を賑わせている側面ばかり見ていては、
「大橋さんの写真」のことを、
理解しきれないままだったろうと思います。
全7回、担当はほぼ日の奥野です。
- 大橋
- 4冊目の『はじめて あった』には、
こういう写真が出てくるんです。
- ──
- 「パンティ」ですね。いわゆる。
- 大橋
- そう。で、母の死と前後して、
家族で住んでいた家を解体したんです。 - 重機が家をぶっ壊していくようすを
ぼーっと見ていたら、
脳内に、このパンティが、
フラッシュバックしてきたんですよ。
- ──
- 何でだろう‥‥。
- 大橋
- わかんないんですけど、
自分の目の前で、母の思い出とかも
壊されていくわけですけど、
その圧倒的な破壊の中から、
何か新しいものが湧き上がってくる、
みたいな感じがしたんです。 - 破壊と創造じゃないけど、
パチパチ弾けるような感覚があって。
- ──
- ご実家の解体を目の当たりにして。
- 大橋
- 壊されていく実家、死んでいく母親、
舞い降る色とりどりのパンティ(笑)。
- ──
- 何だそれは(笑)。
- 大橋
- こんなこと言うのも恥ずかしいけど、
写真に撮ってるパンティって、
「ぼくの好きなパンティ」なんですよ。 - それって「性癖」のひとつですよね。
で、性癖って何だろうと思ったら、
生殖する‥‥
つまり射精するときの起爆剤、原動力ですよ。
男の自分にとっては。
- ──
- 言葉で説明すれば、まさしくそうです。
- 大橋
- もしも、自分に「性癖」がなかったら、
性に対する興味っていうか、
情熱っていうか、
そういうのも薄くなる気がするんです。
性癖のまったくない人って、
基本的には
いないんじゃないかとも思いますが‥‥。
- ──
- 「自分はこれが好き」ということですもんね。
性癖というのは、とどのつまりは。 - どんな料理もおいしいと思えなくなり
サプリで生きていく的な、
たとえが合ってるかわからないけど、
それを失くしてしまったら
味気ないということですかね、つまり。
- 大橋
- 何か、性癖のない状態をイメージすると、
「発火点」もイメージできないんです。
だから、
自分を含め生物が「生命をつなげていく」
その根っこには、
「性癖」があるんだな、と。 - で、そこのところに目をつけてみたとき、
自分の性癖のなかでも、
大きな存在が「パンティ」だったんです。
- ──
- 立ち入ったことをうかがいますけれども、
このゴールド感とか、
このストライプとかに「グッと来てる」。
- 大橋
- そうです。
- ちなみに「パンティ」っていう響き自体、
ちょっといいじゃないですか。
おもしろみがある。
まあ、そういうところも好きなんだけど。
- ──
- 女性ものの下着と言わずに、わざわざ。
- 大橋
- そう、パンティって言うのが好き。
これ、もし女性読者のかたがいたら‥‥。
- ──
- いっぱいいると思いますね。
- 大橋
- あっ、マジですか。何だかすみません。
- でもこれ、本当に真面目な話なんです。
どうして特定の柄とか色だけに、
自分が反応しているのか‥‥
相手の女性と、男性である自分との間で
パンティの存在が
性的なエネルギーを増幅させる装置になるんです。
そのことが、
とにかく不思議で不思議でしかたないんです。
- ──
- 言われてみれば、たしかにです。
人によって好みがわかれるのはなぜか。
不思議です。
ただ、それは「パンティ」に限らずですけど。
- 大橋
- 何の色も柄もない、
透明パンティとかじゃ燃えないですよ。
いや、パンティであれば透明もありかも‥‥。
- ──
- 一筋縄ではいかない‥‥それが性癖。
- 大橋
- こうやってどんどん
さらしてしまうことになるんですけども、
個人的な好みでいうと、
裸の男女大集合みたいな写真集を
つくっておきながら、
性欲としては一糸まとわぬ姿より、
なぜか下着をつけてる方が好きだったという。 - そこも、なんでだろうと思ってる。
どうして、隠しているほうが燃えるのか。
つまり、ぼくに対して
色とか柄が訴えかけてきてるんですよ。
- ──
- そのことの、不思議。
- 大橋
- ドット、ボーダー、ストライプ‥‥
いろんな柄、いろんな色がありますよね。
生地の質感というファクターもある。 - それぞれの視覚的な要素が
女性の肉体から発するエネルギーと呼応して
複雑に絡まって、
ぼくに何かを訴えかけてくるんです。
でも、ぼくに訴えかけるパンティは、
奥野さんには、訴えかけないかもしれない。
- ──
- そうかもしれません、あるいは。
- 大橋
- 穿く人にも、似合う柄とか色があります。
- それも、いつも同じってわけじゃない。
昨日は似合っていたのかもしれないけど、
今日はイマイチだったり、
明日は、ぜんぜんちがうのがよかったり。
その瞬間瞬間の自分の状態と
相手の状態によって、
「刺さる色や柄」が変化していくんです。
- ──
- ふむふむ。
- 大橋
- ぼくの「生命」というものに、
どうやらパンティが‥‥というか、
色や柄が介在しているっていう不思議に、
もう、すっかりやられちゃって。 - 「なんなんだ? この仕組みは!」と。
「俺に何を語りかけてきてるんだ?」
「どうして、そんなに刺激するの?」
そんなことを考えているところへ、
ふっと「昆虫」があらわれたんですよ。
- ──
- 深いです‥‥し、おもしろすぎます。
パンティの柄とか色つながりで、昆虫。
- 大橋
- 昆虫だけでなく、魚だって、鳥だって、
シマウマだって、
いろんな生きものに
それぞれ色や柄、模様がありますよね。 - それぞれに意味があると思いますけど、
チョウチョだったら、
オスがメスを誘うための柄という話で。
- ──
- クジャクなんて、その最たる例ですね。
- あれって、かなりキツイらしいんです。
クジャクの男性陣、身体的には。
- 大橋
- そうなんだ。じゃあヒーヒー言いながら、
バッサーやってんだ。すごいな。
動物だけじゃない、
お花とかの植物も虫を引き寄せるために、
見た目をがんばってるわけでしょ。 - ぼくらが「性癖」って言っているものと、
ほとんど同じじゃないですか、それって。
- ──
- たしかに。
- 大橋
- ぼくら万物の長みたいな顔してるけど、
魚とも虫とも
めっちゃがんばってるクジャクとも、
きれいなお花とも、
原始的な部分では、
ぜんぜん変わんないんだなっていうね。 - においとか、手触りとか、音とか‥‥
人それぞれに
グッとくるポイントがあると思うけど、
そういう「性癖」が、
人間の生存の根本に深く根差している。
すごくないですか?
- ──
- それで「昆虫」も撮りたくなった、と。
- 大橋
- そうです。国立科学博物館だったかな、
昆虫の展覧会があったんです。
その会場に、何時間も入り浸りました。
- ──
- 写真集の表紙にある「ふたつの金色」も、
だから、パンティと虫の組み写真なんですね。 - あんなに金色の虫、すごいです。
金のパンティも‥‥すごいけど。
- 大橋
- コガネムシです。
- ──
- で、本当に同じ金色をしているんですね。
- こっちはコガネムシで、
こっちはパンティなのに、同じゴールド。
- 大橋
- そうでしょ。おもしろいでしょ。
- 俺もコガネムシも、おんなじなんですよ。
視覚から入ってくる刺激によって、
同じ異性の金色にもよおしているという。
- ──
- そう考えたら
自分とコガネムシとどこがちがうのか、
わかんなくなる感じがあるなあ。
- 大橋
- そうそう、そうなんですよ。
- この金色って、俺にもコガネムシにも、
同時に火を点けてくるんですよ。
- ──
- パンティとコガネムシがきっかけで
生命の根源に思いを馳せ、
そこを探ってみようとした写真家が、
かつていたでしょうか。
- 大橋
- 解体されていく実家、
亡くなっていくおふくろさん、
彼女に穿いてもらった金色のパンティ。 - お母ちゃんが亡くなっていくときに、
髪の毛をなでたり、身体を拭いたり、
マッサージしたりしてるとき、
手のひらに、
お母ちゃんの肌の感触が残ったのね。
- ──
- ええ。
- 大橋
- お母ちゃんって、
こんな感じだったっけなあって思って、
それから家に帰って、
彼女とそういうことになったときに、
彼女の髪を撫でて頭皮を触ったら、
母ちゃんの皮膚の感覚がダブったんですよね。 - 手のひらの上で。
- ──
- なるほど。
- 大橋
- いま、まさに消えていく生命の感触と、
溌剌と躍動して燃えている生命の感触とが、
自分の手のひらで重なって、
小さな雷みたいに
ビリビリっと一瞬スパークしたんです。 - おお! ‥‥と、びっくりしました。
- ──
- それは「同じだ」という感覚?
- 大橋
- 同じというよりは、生と死のエネルギーは、
等しく、自分の生命に
強い衝撃を与えるものなんでしょうね。 - 昆虫とパンティ。
死と生。
ふたつのコントラストみたいなのが、
ぼくを突き抜けたんです。
- ──
- ああ、コントラスト。対比的な感覚って、
大橋さんの作品に特徴的だと思います。 - これでもかと
「生/性」が氾濫していた3作目にも、
制作中、大橋さんが歩いているとき
偶然に出くわしたという
首をくくった人の遠くからの写真が、
ふいに挿入されていたりとかもしたし。
- 大橋
- とにかく、衝撃的な体験だったんです。
- 驚きの連続だったんですよ。
それを外に出したんです。それがこれ。
(つづきます)
2024-11-08-FRI
-
荒木経惟さんをして
「これが現代アートだ」と言わしめた作品
『そこにすわろうとおもう』から10年、
大橋仁さんが
「過去の3作品とくらべて、自分の頭の中、
脳細胞やメンタルやDNA、
生命の記憶の領域へ足を踏み入れてる感じ」
と位置づける第4作。
写っているのは金のパンティとコガネムシ。
(もちろん、それだけではありませんが)
このインタビューを読んで、
もし「大橋仁」という写真家、
というか「人間」に興味を持たれましたら、
ぜひ、手にとってみてください。
みなさんの感想を、聞いてみたいです。
販売サイトは、こちらです。