現代美術作家の加賀美健さんは、ヘンなものを買う。「お金を出してわざわざそれ買う?」というものばかり、買う。ショッピングのたのしみとか、そういうのとは、たぶん、ちがう。このお買い物も、アートか!?あのお買い物を突き動かすものは、いったい何だ。月に一回、見せていただきましょう。お相手は「ほぼ日」奥野です。

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加賀美健(かがみ・けん)

1974年東京都生まれ。現代美術作家。国内外の美術展に多数参加。彫刻やパフォーマンスなど様々な表現方法で、社会現象や時事問題をユーモラスな発想で変換した作品を発表している。

https://kenkagamiart.blogspot.com/
instagram: @kenkagami

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買ったもの_その4 

「1ドルのキャップ」

一見ただのキャップなんですけどね。昔サンフランシスコにいたとき、あっちって着なくなった服とかドネーションするんですよ。で、一回どこだかで仕分けして、そっから古着屋さんに出す。ちゃんとキレイにして、タグつけて。でも、こりゃさすがに売れねえなってのが仕分けの段階で大量に出るんです。で、そうやってはじかれたやつが、巨大コンテナみたいなのに入って全品1ドルで投げ売りされる。倉庫みたいなところで、朝の7時か8時くらいから。まあ9割はゴミなんだけど、ブルックスブラザーズのコートとか、いい感じのリーバイスとか、古いコンバースとか掘り出し物もあるんで、若いバイヤーとかおしゃれの目利きみたいな人も並ぶんです。でもまあ、お客さんの多くはホームレスのみなさんです。あくまでチャリティなんで。ぼくもおもしろいから通ってたんだけど、ある日ひとりのホームレスのおっちゃんが、このキャップを被って来たんですよ。会場に。何となく「あ、ヤベ、あのキャップ。色がいいな」とかって見てたんです。そしたらおっちゃん、このキャップを脱いで、別のキャップを被って出ていった(笑)。早業でした。レジの人、デカくてコワモテのお兄さんだったんだけど、それ見ても別に何にも言わないの。これパッと脱いで、別のポッと被って、そのままフラ~ッと出てってるのに(笑)。最高でした。その出来事全体が。なんで、そのおっちゃんの脱いでったキャップを拾って1ドル払って買ってきたんです。それが、このキャップ。めちゃくちゃ汚かったんだけど(笑)、コインランドリーでキレイに洗って被ってました。日本に帰ってきてからも、しばらく。買ったのはたしかに「キャップ」なんだけど、実感としては「あの場の空気、目の前で起こった一連の出来事」に1ドル出した感じです。この話、我ながらいいなと思うのは、誰も損してないところ。たしかにおっちゃんは、1ドル払ってない。それは、まあ、よくはない。でも、その代わりっちゃなんだけど、自分のキャップをドネーションしてるでしょ。そもそも、その場の商品はぜんぶドネーションだから仕入れもタダだしね。そして、たまたまそこに居合わせた人間が勝手にカッコいいと思って、1ドル払った。それで成り立ってるってことでいいじゃないですか。エコサイクル? みたいな、そういう何かが。こういうことが起こるから、街はおもしろいんですよね。へたな美術館よりアートみたいなことが起こる。人間と人間のあいだをフラフラしてるとね。いまでも「おっちゃんどうしてるかな」って、たまに思い出しますもん。思いを馳せる。それもまたいいんです。もう、この世にいないかもしれない。でも、つながってる気がするっていうか。おっちゃんと。どこの誰だか名前も知らない、あのおっちゃんと。

落語みたいな話です。「1ドルのキャップ」っていうのも「一杯のかけそば」みたいだし。落語じゃないけど。ちなみに加賀美さん、また別の日にラングラーのジーパンを買ったそうなんですよ。もちろん1ドルで。で、帰って穿いて「お、けっこういいじゃん」ってポケットに手を突っ込んだら、何か紙が入ってたんだって。何だろうと思って出してみたら「50ドル札」だったそうです。落語みたいな話です。

加賀美さんの「カッコいい」

ビッグサイズの名入れジャケットjkt

若い女の子がオーバーサイズのジャケット着るじゃないですか。メンズライクな雰囲気で。あれとはぜんぜんちがうんだけど(笑)、ぼくも好きでTシャツの上から大きいサイズのジャケットをよく着るんです。買うのは「たんぽぽハウス」って古着の店。そこで買うと、だいたい「名前」が入ってるんです。山口とか黒田とか池田とか刺繍で。カッコいい。値段は一着300円とか。

2022-06-16-THU

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