国立科学博物館(通称:カハク)は、
日本で唯一の総合科学博物館です。
およそ500万点もの標本や資料があり、
その数は増え続けています。
多くの標本や資料を集め続けるのは、
いったいなぜなのでしょうか。
地学研究部の鉱物学者・門馬綱一さんに
鉱物を集める意味を聞きました。
石の美しさにも注目してみてください。
取材・執筆は
ノンフィクションライターの稲泉連さんです。

>門馬綱一さんプロフィール

門馬綱一(もんま・こういち)

国立科学博物館
地学研究部鉱物科学研究グループ研究主幹。
研究分野は鉱物学、結晶学。
2009年東北大学大学院
理学研究科地学専攻博士課程を修了後、
物資・材料研究機構研究員を経て、
2011年から国立科学博物館の研究員となる。
結晶内部に炭化水素ガス分子(メタン、エタンなど)を
含む鉱物「千葉石」を発見、
研究している。
2026年に発表された
国内初のラピスラズリの発見にも関わる。
テレビ番組「クレイジージャーニー」にも出演。

前へ目次ページへ次へ

1 日本でラピスラズリが見つかるなんて

2026年2月27日、国立科学博物館が
〈日本産ラピスラズリ 糸魚川市内で発見〉
というプレスリリースを発表した。
ラピスラズリは藍色の宝石として
7000年以上の歴史を持つ。
『真珠の耳飾りの少女』のターバンの部分など、
画家のフェルメールが描く鮮やかな青色の
原料になっていることでも有名だ。
産地はほとんどがアフガニスタン。
日本での産出は初めてのことであったため、
このニュースは驚きをもって迎えられ、
鉱物ファンの間でも大きな反響を呼んだ。
今回、お話をうかがった鉱物研究者の門馬綱一さんは、
科博の松原聰名誉研究員とともに、
この調査研究チームの一員として解析を行った人だ。
まずは、科博の標本に新たに加わった
そのラピスラズリの発見の意味を聞いた。

──
今回のラピスラズリの発見は
大きなニュースになりましたね。
門馬
はい。地元のアマチュアコレクターの方たちが
集めていた石の中に含まれていたんです。
コレクターさんが集めていた石を
引き取った地元の業者さんが、
私の前任の松原先生と
付き合いがある方だったんですね。
あるとき、先生がその業者さんを訪ねて
石を見ていたら、
「これはラピスラズリじゃないか」とピンときたわけです。
一部を切断して持ち帰り、
分析してみたら確かにそうだった、
という経緯です。

ラピスラズリのような鮮やかな青い服装の門馬綱一さん。 ラピスラズリのような鮮やかな青い服装の門馬綱一さん。

──
「ピンときた」のがはじまりだったんですね。
門馬
そうなんですよ。
そもそも私たち鉱物を専門としている研究者にとって、
ラピスラズリは日本では出ないのが
常識だったんです。
それを覆された驚きは大きかったです。
──
ラピスラズリが日本で出ないのは
なぜでしょう?
門馬
ラピスラズリができるには、
特殊な条件が重なる必要があるからです。
まず、ラピスラズリは地下深くで
火成岩と石灰岩が接触し、
熱によってその岩が変質したようなところに生まれます。
ただ、ここまでは世界中どこにでもある話で、
問題はその地下深くで
冷え固まった岩の成分なんです。
──
問題は、岩の成分?
門馬
ええ。具体的にはシリカ(二酸化ケイ素)の成分が乏しい
特殊な環境でなければなりません。
日本の火成岩はシリカを豊富に含むものが多いので、
この条件を満たす場所がほとんどないんです。
──
となると、アフガニスタンは、
まさにその稀な条件が重なる場所なんですね。
門馬
はい。アフガニスタンの他は、
チリ、ロシアのバイカル湖付近ぐらいです。
条件に合う土地が珍しいので、
私も「日本にラピスラズリがないのは当然」
という感覚でした。

──
今回は川の上流で見つかったものだそうですね。
門馬
そうです。
翡翠(ひすい)で有名な姫川という川の
上流部で採取されたものです。
──
門馬さんはそのサンプルを分析したそうですが、
ラピスラズリだとわかって
最初はどう思いましたか?
門馬
正直、「本当に糸魚川のものかな」と思いました。
最初に分析したときは詳しい発見地を聞いていなくて、
「糸魚川で見つかったもの」
ということしか知らなかったんです。
だから、ラピスラズリには間違いないんだけれど、
「海外のものを誰かが捨てたものでは」
と疑いたくなるぐらいでしたね。
──
それくらいの衝撃だったんですね。
ちなみに、日本産だと確定するには、
どういう証拠が必要ですか?
門馬
いくつか根拠を組み合わせて判断しています。
まず、複数の石が別々の人によって
同じエリアで見つかっているということ。
あまり人が入らない川の上流で、
別々の人が見つけているというのは大きな証拠です。
──
なるほど。

門馬
それからもうひとつ、実際に分析してみると、
海外のラピスラズリと鉱物の組み合わせが
違うユニークなものだったんですよ。
そうした根拠をいくつか組み合わせると、
地元産に間違いないだろうということになります。
──
分析はどんなふうに行ったのかに興味があります。
門馬
鉱物の種類を同定するには、
まず成分を調べる必要があります。
ただし、同じ成分でも原子の並び方が違うものがあるので、
原子配列に関する情報も分析します。
この二つで鉱物の種類を決めることができます。
さらに、いろんな鉱物が混ざっていることもあるので、
「薄片(はくへん)」をつくって観察します。
──
薄片?
門馬
ええ。岩石を紙のように薄く削った
観察用の標本のことです。
──
石を紙のように薄く削るんですか?
門馬
はい。後ほど薄片をつくるところをお見せします
(薄片をつくる様子は第3回に)。
今回のラピスラズリもこれらの分析をすべて行いました。
でもどうやって
ラピスラズリができてきたのかは、
よくわからないところが多くあります。

──
鉱物がどのようにできたのかを調べることには
どのような意味があるのかを教えてください。
門馬
鉱物って、ひとつひとつができるために
必要な条件があるんですね。
まず当然、成分がそろわないとできない。
ただ、成分が揃えば毎回同じ石ができるかというと、
そうではなくて、温度や圧力、
あるいはその変化の仕方によっても
できる石がまったく違ってくるんです。
例えば、急激な変化があったときだけできる石、
というものもある。
つまり、ひとつひとつの鉱物が、
自分がどうやってできたかということを、
ちゃんと記録してくれているわけです。
──
ということは
鉱物を調べると
鉱物ができた当時の環境がわかるということですか。
門馬
そうなんです。
私たち研究者はよく、
鉱物を単語に例えるんですよ。
──
鉱物は単語、それは面白いですね。
門馬
「単語」が集まって「文章」になり、
「文章」が集まって「物語」になりますよね。
それと同じで、
「鉱物」が集まって「岩石」になり、
「岩石」が集まって大きな「大地」を作り、
それが「地球」になっているんです。
その鉱物や岩石、大地を読み解いていくことが、
地球のそのエリアの成り立ちの理解に
つながっていくわけです。
鉱物の標本は本当に多くのことを
語ってくれるんですよ。
──
鉱物は語っている。
門馬
はい。その声を聞くのはとってもむずかしく、
だからこそ面白いんです。

(明日につづきます。)

2026-10-27-TUE

前へ目次ページへ次へ