元気な男の子ふたりを育てる
シングルマザーのなおぽんさん。
ふだんは都内ではたらく会社員ですが、
はじめてnoteに書いた文章が話題になり、
SNSでもじわじわとファンを増やしています。
このたび月1回ほどのペースで、
子どものことや日々の生活のことなど、
なおぽんさんがいま書きたいことを、
ちいさな読みものにして
ほぼ日に届けてくれることになりました。
東京で暮らす親子3人の物語。
どうぞ、あたたかく見守ってください。

>石野奈央(なおぽん)さんのプロフィール

石野奈央(いしの・なお)

1980年東京生まれ。
都内ではたらく会社員。
かっこつけでやさしい長男(11歳)と、
自由で食いしん坊な次男(7歳)と暮らす。
はじめてnoteに投稿した記事が人気となり、
SNSを中心に執筆活動をはじめる。
好きなものは、お酒とフォートナイト。
元アスリートという肩書を持つ。

note:なおぽん(https://note.com/nao_p_on
Twitter:@nao_p_on(https://twitter.com/nao_p_on

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甘くてほろ苦いバレンタインデー・キッズ

「どちらかを選ぶなんてできない。
どうして二人の女の子のうち、
一人を選ばなきゃいけないの?」

つい先日のこと、長男は神妙な面持ちだった。
唐突かつ爆弾のお悩み相談にあたふたする私。
長男は顔色を変えず、
「僕は二人の女の子とも
同じように愛することができるのに」と言った。
横で次男が
「カブトムシだったら何匹でもいいのにねぇ」と笑った。

長男は根っからのモテ男だ。
小学生の頃はだいたい身長が高い、
足が速い、面白い子がモテるものだ。
彼は、勉強はそこそこできるものの、
身長が学年一小さくて、運動も苦手。
それでも自ら「僕はモテる」とキッパリ言い放つ通り、
ビハインドをものともせず、
いつも彼のまわりにはたくさんの女子がいた。

2月といえば「バレンタインデー」。
ふだんは電車を愛し虫を追う兄弟が、
にわかに色気づく。
ここ2年ほどは新型コロナの影響で不作つづきだ。
学校のルールは厳しくなり、
食べ物の持ち込みは絶対禁止。
バレンタインくらい目をつぶってくれるような
寛容な時代ではなくなった。
各家庭でも物をあげたり
受け取ったりに敏感になっている。
それでも欲しいチョコレート。
モテ男の長男が気にするのは、
何人からもらえるか。
食いしん坊の次男が気にするのは、
どれだけチョコレートを食べられるか。

長男は1年生の頃から、
鏡の前でウインクを練習したり、
指をパチンと鳴らす練習をしたり、
自分磨きを欠かさなかった。
世の中の「モテ男」を常に参考にしていて、
究極の理想像はジブリ作品
『ハウルの動く城』のハウルだそうだ。
劇中、ハウルが上着をマントのように
肩に羽織っているのを見て、
彼も同じように羽織る。
時は、冬。おしゃれ道、モテ道とは
我慢の上にあるものなのだと、
口唇を震わせながら上着をなびかせる。
次男はそんな兄の訓練と我慢の日々をじっと見て、
兄より先に指をパチンと鳴らした。
器用さと要領のよさで生きている男である。

長男はなかなかの戦略家でもある。
兄弟で歯医者に行った時、
定期検診のご褒美にオマケがもらえることになった。
彼は女の子用と書かれた棚から、
1カラット級の赤いプラスチックの指輪を手に取った。
家に帰ると、掃除用に小さくカットされた
メラミンスポンジに差し込み、
図工で作った立方体の箱に仕込んだ。
この手持ちのカードを最大限に利用する工夫で、
学年イチ人気の女の子を射止めたのは
小学2年生の時だった。
同じ日、次男が選んだご褒美は歯磨きガムだった。
あとにしなさいという言葉も聞かずその場で口に放り入れ、
詰めたばかりのレジンが取れた。
計画性のない男である。

大人同士の会話やドラマの台詞には、
時に恋愛のヒントがある。
長男はいつも耳をそばだてて情報収集し、
ここぞという時に披露する。
最近私がNetflixで観ていたドラマ
『大豆田とわ子と三人の元夫』の中に、
「異性と6秒見つめ合うと恋に落ちる」
という台詞があった。
そのまま学童保育室の友人たちに
知識として披露して上級生までうならせ、
「恋愛マスターの顔をしている」と先生から報告を受けた。
学童に迎えに行くと、
マスターはいつでも得意げに女子たちに囲まれている。
9歳にして人生の酸いも甘いも
嚙み分けたような顔をしている長男をみると、
呆れながらも思わず笑みがもれる。
同じころ次男は、
AmazonPrimeでミニオンズを繰り返し見て
「ミニオン語」を覚えた。
モテとは別のマスターを目指す男である。

昨年のバレンタインデーの収穫は、
いくつかの義理チョコと
彼女からの値千金の1票だった。
不作の中で大健闘である。
「さて、今年は誰かからもらえるかな~?」
と私がからかうと、長男は言った。

「僕にあげなくて、誰にあげるの」

どこぞの売れっ子ホストのような
溢れだす絶対の自信。
一方、とにかくチョコレートがほしい次男。
兄がもらったチョコレートは、
最終的にすべて弟の腹に収まった。
甘いものが苦手な兄を前に
「おにいちゃんのために、たべてあげるからね」
と幸せそうににこにこ笑う次男は、
人の心を惹きつける。
じつは、天性の人たらしは次男のほうである。

「息子は小さな恋人」。
よく聞く言葉だが、私にはその感覚はわからない。
どんなに可愛くても、息子は息子。
世間の母親よりドライなのかもしれない。
それでも半人前ながらも飛び立っていく
ひな鳥の背中を見送るのは、
嬉しくもありどこか切ないものだ。
家ではまだ甘ったれで、
「ママ、チューして」と言ってくる兄弟。
プリプリの頬にチューっとキスをすると、
キャハハっと喜んだ次男がそっと頬を拭う。
母離れの日はそう遠くない。

電車と昆虫にしか興味のなかった次男も、
最近は「オレ、かのじょとけっこんするんだ」なんて言う。
ふだんは、ぼく、としか言わないくせに。
この時の「オレ」は「パリ」と同じイントネーションだ。
ものすごく、かっこつけている。
あるとき長男は彼女にフラレたらしく、
ため息まじりに
「やっぱり僕には母さんしかいないよ」と言った。
ずっと君たちには母さんしかいなかったじゃないか。
彼らと私のあいだに、
すこしずつ「人と人」の距離が生まれはじめている。

夕暮れ時、帰り道を長男と歩いていると、
ふと立ち止まって手を振っていた。
どうやら前方に元カノがいるらしい。
声をかけてみたら、というと
「これでいいんだ」と黙って手を振っていた。
何人かの女の子たちと歩いているその子は、
可愛らしい子だった。
まだ10歳にもならない息子の小さな背中は、
寂しく、すこしかっこよかった。
空を染めて燃えた君の小さな恋は、
きっと新しい季節をつれてくる。
肩を落とす彼にかける言葉を選んでいると、
「母さんもがんばりなよ」と長男は言った。
傷心のときでさえ、女性を気遣う息子。
モテ偏差値、完敗の母であった。

イラスト:まりげ

2023-01-27-FRI

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