元気な男の子ふたりを育てる
シングルマザーのなおぽんさん。
ふだんは都内ではたらく会社員ですが、
はじめてnoteに書いた文章が話題になり、
SNSでもじわじわとファンを増やしています。
このたび月1回ほどのペースで、
子どものことや日々の生活のことなど、
なおぽんさんがいま書きたいことを、
ちいさな読みものにして
ほぼ日に届けてくれることになりました。
東京で暮らす親子3人の物語。
どうぞ、あたたかく見守ってください。

>石野奈央(なおぽん)さんのプロフィール

石野奈央(いしの・なお)

1980年東京生まれ。
都内ではたらく会社員。
かっこつけでやさしい長男(11歳)と、
自由で食いしん坊な次男(7歳)と暮らす。
はじめてnoteに投稿した記事が人気となり、
SNSを中心に執筆活動をはじめる。
好きなものは、お酒とフォートナイト。
元アスリートという肩書を持つ。

note:なおぽん(https://note.com/nao_p_on
Twitter:@nao_p_on(https://twitter.com/nao_p_on

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母さんの通信簿

男子のランドセルは迷宮である。

底に給食のナプキンがはいった巾着袋と、
いつぞ返されたテストがぐしゃりとつぶれている。
ランドセルのカバーの鍵を忘れたまま
頭をさげて床にすべてぶちまけ、
あわててつっこむ様子がみえる。

ランドセルの迷宮入りは男子母定番の悩みだが、
時代はデジタル化だ。
学校連絡のほとんどはペーパーレス化がすすみ、
重要なお便りもPDFでメール配信されるようになった。
安心かと思いきや、
そんな連絡は母の未読メールの迷宮に消える。
息子たちを叱れない。

ランドセル迷宮のエスケープゾーン
「れんらくぶくろ」には地域の児童館のお知らせや、
国立科学博物館のパンフレットが配られる。
10月上旬、そこに突如「あゆみ」が現れた。
通信簿だ。

息子たちの小学校は二期制だ。
前期の終わり、何でもないタイミングで
A4コピー用紙3枚にプリントされた通信簿を
持って帰ってくる。
わたしが同じ地域の小学校に通った頃は三学期制で、
「あゆみ」は夏冬春と長い休み前のイベントだった。
「季節外れの通信簿」には、
長男が4年生になった今も慣れない。

今どきは先生のコメントも捺印もすべて印刷で、
読みやすく整っているが、なんとなく味気ない。
ペラペラの通信簿を、
1年生のときに学校から配布された
クリアポケットのファイルブックに保管する。
ものすごく味気ない。

通信簿は教科ごとにいくつかの課題項目があり、
それぞれ「よくできる」「できる」「もうすこし」の
3つのうちどこかに丸がついている。
評価がマイルドだ。
たとえば、体育の評価は
すべて「よくできる」に丸がついているけれど、
同時に持ち帰ってきた
東京都児童体力テストの結果は、
みごとにオールEだった。
握力や上体起こし、反復横跳びなど
東京都や全国の平均値との比較が数値で出るので、
シビアな現実が見える。
ぜんぜん「よくできていない」。
「休日、虫を追いかけまわしているのに、
体力テストの成績がわるいの?」と聞かれる。
彼らに体力はあるのだ。
速くはしる、遠くに投げる、は技術である。
野性的に育てすぎた。
1年生の次男の評価にいたってはさらに甘口で、
「よくできる」と「もうすこし」の二択。
このタイプの通信簿は、
学業の課題や学校生活の様子を知ることがむずかしい。
「ルールを守る事の必要性を感じさせる指導を続けます」
との担任からのコメントの行間に、
日々の苦労を読み取ることくらいしかできない。

いわゆる素行評価欄「行動の様子」も、
丸つけ方式だ。
該当があれば丸、なければ空欄になっている。
兄をみると、
「礼儀正しく節度のある生活」
「責任感ある行動」
「約束や社会の決まりの遵守」に丸がある。
長男らしい。
一方、弟にだけ、
そして唯一の丸がついていたのは、
「取り組みに独自の工夫がある」だった。
独創性の次男らしいが、ルールは守ってほしい。

自分の「あゆみ」がふいに懐かしくなって実家を探すと、
押し入れの奥から、朱色の表紙に金で「あゆみ」と
箔押しされた仰々しい保管アルバムが出てきた。
通信簿や賞状など
6年間のわたしの「あゆみ」が詰まっている。
妙にドキドキしながら開いた。

小学校2年生のときの通信簿には
恩師の手書きのコメントが、
枠をはみ出してびっしりと書き込まれていた。
「気持ちはやさしいけれど、弱いところのある子でした」。
ひっこみ思案だったわたしを、
先生は突然、合唱のリーダーに抜擢した。
そこから人が変わったと書いてある。
小さな才能をみつけて伸ばしてくれる先生が当時、
わたしを「作文の女王」と呼んでくれたことを思い出した。
「先生、ついに今、連載をもっています」と
報告したくなった。

息子たちの「あゆみ」をみて、
「母さんにも通信簿をつけてみてよ」と提案してみた。
息子たちが目を輝かせた。

まず「よくできたこと」から。

「毎日キレイにお化粧してること」
「おいしいごはんを つくってくれること」。
褒められて伸びるタイプなので、嬉しい。

「ぼくたちと遊んでくれること」
「ちゃんと怒ってくれること」。
これは意外な評価だった。
最近は学校でも叱られることが少ないのかもしれない。
でも、できれば厳しく怒らせないでほしい。

「じゃあ、もうすこし努力しましょう、と思うことは?」
と聞くと、長男が
「お酒の飲みすぎ」と食い気味に指摘した。
「でも、最近は倒れるまで飲んでないよね」と、
すかさず優しいフォローも入った。

最後に
「母さんができていないこと、
がんばってほしいこと、は?」と聞くと、
間髪をいれずに
「そんなのはひとつもないよ」と長男がこたえた。
「遠慮なく言っても怒らないよ」と促すわたしに、
長男は言った。

「母さんが今日も元気で生きていてくれる。
それだけで満点に決まってるじゃない」

長男の言葉に、
以前読んだ山田風太郎氏のエッセイの一文を思い出した。
彼は中学生のときに母親を亡くした。
そのときの心情をこのように綴っている。
「私にとって薄闇の時代が始まる。
この年齢で母がいなくなることは、
魂の酸欠状態をもたらす。
その打撃から脱するに、
私は十年を要した。」
(出典:山田風太郎『風眼抄』(角川文庫)より)

どうしたら彼らにとって
最良の母でいられるだろうかといつも思う。
そして、わたしの考える理想と現実は、
あまりにも離れている。
評価でいえば「2」並びの母だ。
そんなわたしにできることは、
息子たちと日々笑顔で
元気に生きていくことなのかもしれない。
「ありがとう」というと、
「こちらこそ!」とふたりが声をそろえた。

すっかり暗くなって家につくと、
大家さんの駐車場で、
ぽってりした母猫に数匹の仔猫が
すがりついて鳴いていた。
「あの子たちも生きていてよかった」と
息子たちが笑った。

イラスト:まりげ

2023-11-27-MON

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