元気な男の子ふたりを育てる
シングルマザーのなおぽんさん。
ふだんは都内ではたらく会社員ですが、
はじめてnoteに書いた文章が話題になり、
SNSでもじわじわとファンを増やしています。
このたび月1回ほどのペースで、
子どものことや日々の生活のことなど、
なおぽんさんがいま書きたいことを、
ちいさな読みものにして
ほぼ日に届けてくれることになりました。
東京で暮らす親子3人の物語。
どうぞ、あたたかく見守ってください。

>石野奈央(なおぽん)さんのプロフィール

石野奈央(いしの・なお)

1980年東京生まれ。
都内ではたらく会社員。
かっこつけでやさしい長男(11歳)と、
自由で食いしん坊な次男(8歳)と暮らす。
はじめてnoteに投稿した記事が人気となり、
SNSを中心に執筆活動をはじめる。
好きなものは、お酒とフォートナイト。
元アスリートという肩書を持つ。

note:なおぽん(https://note.com/nao_p_on
Twitter:@nao_p_on(https://twitter.com/nao_p_on

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男児たちのプライド

今年のバレンタイン、チョコをいくつもらった?」

さかのぼること1ヶ月前のこと。
少年野球チームでそんな話題が上がると、
弟は「2個」、兄は「200グラム」と答えた。
おお、すごいね」と感心されても、
兄の表情はどこか微妙。
それもそのはず。
この「200グラム」にはカラクリがある。

今年、学校の規則が厳しくなり、
兄は狙っていた相手からのチョコを
受け取ることができなかった。
200グラム」というのは、
祖母が兄弟それぞれにくれたチョコレートの箱に
書かれていた内容表示。
つまり、実際の収穫は「1個」に過ぎなかった。

一方、弟は厳しいルールの中でも、
クラスメイトから手作りのアイシングクッキーを
1枚もらうことに成功した。
たった1枚、されど1枚。
結果、兄は「200グラム」、弟は「202グラム」。
わずか2グラムが、兄のプライドを直撃した。

誰にでもプライドはある。
しかし、男児たちのそれは、
往々にして驚くほどくだらない。
成長とともに、「謎のプライド対決」はますます激化し、
今日も飽きることなく繰り広げられている。

次男は8歳になり、
自分の容姿を気にするようになった。
自慢は、雪見だいふくのように白くもっちりとした頬。
周囲の大人たちから
かわいい」と言われるのが、彼の誇り。
しかし、家族で唯一の花粉症持ちの次男は、
この時期になると肌荒れに悩まされる。
鼻をかみすぎて赤くなり、
さらには小さな湿疹までできてしまった。
自慢の頬に異変が起きた彼は、毎朝鏡の前に立ち、
わたしのメイクを真似しながら、
ヒルドイド軟膏を丁寧に塗っている。

横では長男がその様子を見て、
気にしすぎだろ」と、からかって笑う。
そんな兄も、外見に関する苦い経験があった。
昨年の夏、
野球の練習中に日差しがまぶしいと言い訳しつつ、
本当はかっこつけたくてサングラスをかけていた。
その跡がくっきりと日焼けの境目として残ってしまった。
新種のサルのような日焼け跡を周囲にからかわれ、
彼のプライドは傷ついた。
以来、日焼け止めを欠かさない。

最近の彼らの関心ごとは「体重」だ。
風呂上がり。次男は素っ裸のまま
片足立ちでそっと体重計に乗り、
どうして減らないの?」と、八つ当たりする。
わたしが友人に、
うちの次男坊、もう36キロもあるのよ」と話すと、
すかさず「35.8キロだから!」と訂正。
0.2キロは誤差でなく、
先週より0.1キロ減ったんだから」と言う。

一方、兄は弟よりも10キロ以上軽く、
なかなか体重が増えないことを気にしている。
体格差のある弟から
容赦ないハイフライフローを浴びせられ、
プライドごと丸つぶしにされている。
だが、最近は野球のトレーニングの成果が出始め、
腹筋にうっすらと線が入り始めた。
鏡の前でちらりとシャツをめくり、
もうすぐシックスパックかな」と、かっこつけている。
すると弟はぷにょぷにょにふくらんだお腹をぐっと曲げて
スリーパック」と言い放った。
それは三段腹」と笑う兄、納得がいかない弟。

兄弟の勝負は尽きない。
手足の大きさを比べれば、
どちらかが手首の位置をごまかし、勝敗は曖昧。
結局、わたしが仕事用のメジャーを持ち出して測ると、
弟の方が1センチほど大きかった。
それから数日後、
ふたりがこっそりとわたしのメジャーを持ち出し、
こちらに背を向けてひそひそと何かを測っていた。
男子究極のプライド、長さくらべ。
名誉のために、具体的な結果は伏せるが、
兄はがっくりと肩を落とし、
本気出してないから!」と、謎の捨て台詞を吐いた。

嗚呼、男児たち。
くだらないプライド争いは尽きず、
毎日がちょっとした戦場だ。
もし息子がひとりだったら、
わたしの苦労も半減していたかもしれない。
けれど、互いに切磋琢磨し、
良きライバルとして成長していく彼らの姿を見ていると、
この環境も悪くないのかもしれない、と思う。
そして、何だかんだ言いながら、
わたしも彼らの競争を楽しんでいる節がある。

そんなプライド高き兄弟も、
夜になると途端に幼さを見せる。
母が隣にいないと、なかなか眠れないのだ。
寝室に入り、わたしがスタンドライトの下で
読書をしていると、やがて次男の寝息が聞こえ始める。
そのころ、2段ベッドの上から兄がひょこりと顔を出し、
小声でたずねた。

ねぇ。男子のアレが大きいとモテるって本当?」

突然の質問に、わたしは絶句した。
いっそ寝たふりをしたかったが、
すでに目が合ってしまっている。
逃げるわけにもいかず、
できるだけ平静を装って淡々と答えた。

どんなに外見が優れていても、運動が得意でも、
頭が良くても、それだけでモテるわけではないわ。
結局、人間的な魅力が大事なのよ。
つまり、身体的な特徴という定数にこだわるよりも、
自分の内面という変数を磨いた方が──」

なるべく難しげな言葉を選んでくどくど語る。
本題を回避しながら、遠回しに話を終わらせた。
彼はすこし考え、「‥‥なるほどねぇ」と、
わかったような返事をして、ベッドの奥へと戻っていった。
おそらくプライドが邪魔して、
それってどういう意味?」とは聞けなかったのだろう。
母の作戦勝ちである。

とはいえ、
もうそんなことを気にする年齢になったのかと思うと、
少し複雑な気持ちになる。
これからさらに具体的な質問が飛んできたら、
どう答えればいいのだろう。
家庭における保健体育、わたしにはわからない男児の事情。
こういうときに「ははひとり」は、なかなかつらい。

考え出すと眠れなくなり、ただ夜は更けていった。

イラスト:まりげ

2025-03-26-WED

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