
元気な男の子ふたりを育てる
シングルマザーのなおぽんさん。
ふだんは都内ではたらく会社員ですが、
はじめてnoteに書いた文章が話題になり、
SNSでもじわじわとファンを増やしています。
このたび月1回ほどのペースで、
子どものことや日々の生活のことなど、
なおぽんさんがいま書きたいことを、
ちいさな読みものにして
ほぼ日に届けてくれることになりました。
東京で暮らす親子3人の物語。
どうぞ、あたたかく見守ってください。
石野奈央(いしの・なお)
1980年東京生まれ。
都内ではたらく会社員。
かっこつけでやさしい長男(11歳)と、
自由で食いしん坊な次男(8歳)と暮らす。
はじめてnoteに投稿した記事が人気となり、
SNSを中心に執筆活動をはじめる。
好きなものは、お酒とフォートナイト。
元アスリートという肩書を持つ。
note:なおぽん(https://note.com/nao_p_on)
Twitter:@nao_p_on(https://twitter.com/nao_p_on)
朝5時、目覚ましが鳴る。
2月、窓ぎわの空気はキンと冷たい。
カーテンを開けると、びっしりと結露がついている。
水滴を拭うと、寝ぼけた自分の顔がぼんやり映る。
外はまだ真っ暗で、朝の気配すらない。
冬の朝は、どうも苦手だ。
つめたい引手に手をかけ、えいっと窓を開ける。
ベランダの洗濯機に洗濯ものを放り込むと、
静寂のなかにゴオォンと低くモーター音が響く。
洗濯機が回る1時間は、わたしにとっての生活タイマー。
その間に朝食の準備や身支度をすませる。
洗濯終了を知らせる音が響くと、次のミッションが始まる。
息子たちを起こすのだ。
学生時代、朝はとことん苦手だった。
小学校の登校班にはいつもいつもギリギリで駆け込み、
高校通学では電車に何度も乗り遅れた。
そんな自分を思えば、
寝室のシュラフにすっぽり隠れて「あと10分‥‥」と
グズる次男に文句は言えない。
一方、長男はサッと起きてドリル学習を終え、
余った時間で悠々とゲームに没頭している。
あいかわらず、対照的なふたりだ。
週末、息子たちの野球の応援で酷使した身体は、
あちこち痛い。
それでも容赦なく、朝は来る。
月曜日、通常出社の日。
Eテレの番組『0655』が始まると、
ボブ・マーリーの「Soul Captives」にのせて、
真心ブラザーズのゆるい歌声が流れてくる。
「朝が来た、朝が来た、今日も朝が来た。
昼が来る、昼が来る、そのつぎ昼が来る」。
何度聞いても、
「ああ、そうだなぁ」以外の感想が浮かばない。
しかし不思議と毎日飽きない。
息子たちも、なぜか妙なダンスを踊っている。
朝7時、身支度を整え、息子たちと実家へ向かう。
登校時間に学校の門まで送り、そのまま自転車で駅へ。
電車の中は、まだピーク時ほど混んでいない。
Twitter(現X)を眺めたり、本を読んだりしながら、
ぼんやり揺られていく。
事務所の手前でコンビニに寄るのが、
ちょっとした楽しみ。
ドリップタイプのカフェラテを買い、ひと口飲む。
300円のコーヒーが、節約と時間に追われる日々のなかで、
じわっと沁みる。
火曜日、今日は外回りの営業がある。
今の会社に転職して1年半。
営業職で、外回りが多い。
電車で郊外まで行くことも多く、
体力に余裕がある日は小旅行気分を楽しめる。
行く先でめずらしい車両に遭遇すると、
ついスマホのカメラを構えてしまう。
息子たちと一緒に見たかった。
茅ヶ崎駅の発車メロディー「希望の轍」を、
一緒に聴きたかった。
ひとりの時間も嫌いじゃない。
けれど、ふと彼らのことを想う。
水曜日、疲労が溜まると何曜日か分からなくなる。
そんなとき、コンビニに並ぶ「週刊プロレス」が、
今日は水曜日だと教えてくれる。
ふと気づくと、エッセイの締め切りが迫っていた。
ちょっと焦る。
創作時間は、たいてい夜。
子どもたちが寝静まってからパソコンに向かう。
筆は遅い。
2500文字前後の原稿を書くのに、
1週間から10日はかかる。
推敲を重ねるうちに、ゴールが変わることもしばしば。
この作業がたまらなく楽しい。
「書くこと」は、わたしの人生を変えた。
昔から好きだったけれど、
まさか連載をもつとは思っていなかった。
独りよがりな文章から、伝える文章へ。
書くたびに学び、考え、挑戦する日々。
そして、お酒もやめた。
かつては浴びるように飲んでいたが、
最近は酔うと脳がうまく動かない。
若いころからのダメージの蓄積か、
それとも年齢のせいか。
いまは原稿を書くために、月の半分は禁酒。
結果、たぶん寿命も延びた。
木曜日、母だってゲームに没頭したい夜もある。
せまい部屋に不釣り合いな存在感を放つ
ゲーミングパソコンは、友人から譲り受けたもの。
隣にはプレイステーション5も鎮座している。
息子たちには、それぞれ任天堂スイッチを1台ずつ。
わが家は3人そろってゲーム好きなので、
「それぞれ静かにゲームを楽しむ1時間」ルールがある。
子どもたちと同じ約束の中で、身をもって思う。
1時間ルール、厳しすぎるよ、と。
金曜日、いよいよ花の週末。
疲労がたまり、身体が悲鳴を上げるころ。
「休もう」ではなく、「トレーニングが足りないな」と
思ってしまうのが、元アスリートの悪い癖だ。
24時間営業のジムに通い、
深夜に黙々と筋トレしていたこともあった。
体力をつけるどころか、
疲労と睡眠不足まで重なってフラフラになった。
完全に目的を見失っていた。
金曜日くらい、飲んだっていい。
とはいえ、家で飲むのはせいぜいロング缶1本。
息子たちの目が厳しい。
彼らを実家に預けて参加した職場の懇親会。
都心で飲んでいたはずが、気づけば埼玉にいた。
「いま久喜がきて、君はシラフになった」と、
くだらない乗り過ごしソングまで浮かんだ。
「なごり駅」などと言っている場合ではない。
そこからどう帰ったのか、まったく記憶がない。
それでも翌朝5時、アラームの音で
酔いも記憶もリセットされる。
さあ、週末は野球だ。
弁当をつくったら、息子たちを迎えに行き、
グラウンドへ向かう。
ははひとり、むすこふたり。
そんな暮らしも、気づけば7年目。
山もあれば、谷もあった。
「よく頑張るね」と言われることもあるけれど、
そんなに頑張っているつもりはない。
ただ、目の前の日々を、
息子たちと一緒に繰り返してきた。
いつかこの「普通の毎日」を、
しみじみと思い出す日がくるのかもしれない。
それは、まだもう少し先の話だ。
たいていのことは、時間が解決してくれる。
朝が来る。昼が来る。そのつぎ、また朝が来る。
今日が来る。今日も来る。そのつぎ、明日が来る。
わたしたちは、きっと明日も、しあわせに暮らしている。
イラスト:まりげ
2025-02-25-TUE