
昨年の夏の終わりに糸井重里が
ロサンゼルスを訪れたのは、
知人に招かれてドジャースタジアムで
大谷翔平を観るためだったのですが、
じつはもうひとつ、目的がありました。
それは、『MOTHER2』の英語版である
『EarthBound』のローカライズを担当した、
マーカス・リンドブロムさんと会うこと。
30年前、『MOTHER2』のことばを
「『EarthBound』のことば」に翻訳した
マーカスさんと糸井重里が、
はじめて会って話しました。
知らなかったことがいろいろありましたよ。
>マーカス・リンドブロムさん(Marcus Lindblom)
マーカス・リンドブロムさん(Marcus Lindblom)
30年以上にわたるゲーム業界でのキャリアを任天堂でスタートし、
一番有名なプロジェクトはEarthBoundの英訳のローカライズ。
その後、さまざまなパブリッシャーや
デベロッパーの会社でプロデューサーとして活躍。
Partly Cloudy Gamesというゲームコンサルティング会社を
10年間共同経営し、現在はゲーム業界での次の冒険を探している。
この対談は日本語・英語でお読みいただけます。
- 糸井
- はじめまして、なのかな。
ずいぶんまえに日本で一度、会っていませんか?
- マーカス
- お会いしてないです(笑)。
- 糸井
- ああ、それは失礼しました。
昔、ゲームのローカライズを
担当している方に挨拶した記憶があるんですが。
- マーカス
- たぶん、糸井さんが会ったのは、
『MOTHER』の1作目の英訳担当者だと思います。
私よりまえから日本にいた人です。
- 糸井
- そうでしたか。
基本的なことからお聞きしますが、
マーカスさんは、当時、任天堂の社員だったんですか。
- マーカス
- はい。Nintendo of America、
アメリカの任天堂の社員でした。
- 糸井
- ということは、日本に来て作業していたんですか。
そもそも日本語はどこで?
- マーカス
- じつは、1986年から1990年まで日本に住んでいました。
アメリカの大学で日本語を勉強したあと、
日本で英語を教えていたんです。
といっても日本語は会話だけのレベルで、
文法や敬語はマスターできませんでした。
- 糸井
- なるほど。
でも、『MOTHER』のなかの日本語は
基本的にセリフばかりですから、
それで十分だったかもしれませんね。
- マーカス
- そうかもしれません(笑)。
ともかく、住んでいた数年間で日本に慣れて、
日本語もある程度覚えて、
そのあとアメリカに戻って任天堂に入りました。
そこで『MOTHER2』、つまり『EarthBound』の
ローカライズのプロジェクトがはじまって、
日本のエイプに行くことになったんです。
- 糸井
- えっ、エイプ? ぼくはエイプの社長でしたよ(笑)。
- マーカス
- 行ったのは1週間だけだったんです。
ローカライズの作業そのものは
アメリカでやりましたから。
- 糸井
- ああ、そうだったんですか。
- マーカス
- そのときの1週間の滞在のときに、
じつはちょっとしたストーリーがあって。
聞きたいですか?
- 糸井
- うん。
- マーカス
- 日本に着いたとき、
私のホテルは秋葉原にあったんですね。
前の日に着いて、寝て、
朝10時にエイプに行くことになっていたけど、
時差ぼけで朝早く起きたから、
渋谷に行ってうろうろしました。
そしてエイプに行くために千代田線に乗ろうとしたら、
駅が閉まっていたんです。前に住んでいたので、
東京で駅が完全に閉まるのが
普通じゃないのがわかっていました。
「なにこれ?」と思って。理由がわかりますか?
- 糸井
- なんだろう‥‥工事とか?
- マーカス
- 違います。
オウム真理教のサリン事件だったんです。
ちょっと前に乗ってたら巻き込まれるところでした。
- 糸井
- あーー、あのとき!
- マーカス
- はい。1995年のあの日、
はじめてエイプに行こうとしたら、
地下鉄では行けなかったんですよ。
- 糸井
- ぼくはあの日、琵琶湖にいたんですよ。
釣りをしていた(笑)。
- マーカス
- ああ、なるほど、だから会ってないんですね。
- 糸井
- そうかそうか、それは会ってないはずだ。
たしか、3月だったよね?
- マーカス
- そうです。その後、山手線に乗り換えて、
エイプに行ったんですけど、
最初はなにが起きているかわらからなくて。
あとから聞いて、びっくりしました。
- 糸井
- あのときぼくは京都の仕事などもあって、
東京を離れていたんです。
ぼくが東京に戻ってきたときは、
マーカスさんはアメリカに帰っていたんですね。
- マーカス
- そうだと思います。
- 糸井
- その後、アメリカで英訳の作業を。
- マーカス
- はい。しかし、私の日本語は完璧ではないので、
三浦昌幸さんがやってきて手伝ってくださいました。
- 糸井
- 三浦昌幸?
- マーカス
- はい。シアトルに2か月くらい滞在しました。
- 糸井
- 2か月! 知らなかった。
- マーカス
- もう、三浦さんがいなければ、
『EarthBound』のセリフは完成しなかったでしょう。
私と三浦さんで協力し合って翻訳しました。
- 糸井
- そうでしたか。
いや、なんというか、謎が解けました(笑)。
『MOTHER2』の英語版はどうしてあんなに
もとの日本語のおもしろさを
うまく残したままローカライズできたんだろうと
まえまえから不思議だったんです。
三浦昌幸がそこにいたんですね。
- マーカス
- はい。
- 糸井
- 三浦昌幸は、ぼくが『MOTHER2』のセリフをつくるとき、
ずっとそばにいてタイピングしていたんです。
ぼくがセリフを考えてしゃべって、
彼がタイピングする。
そういうやりかたでつくっていたんです。
だから、日本語のセリフのニュアンスを、
誰よりもよくわかっていたともいえます。
たとえば、ぼくが変なことを言うと、
三浦はそのままそれをタイピングせずに、
どういう意味か確認するんですね。
で、ぼくもわかってもらいたいから説明する。
そういうことをいちいちやっていたから、
きっとマーカスさんにも説明できたはずなんです。
- マーカス
- ああ、だからうまく説明してもらえたんですね。
しかも、私もしゃべって、
彼がタイピングしたんです!
三浦さんにわからないことを聞くと、
「いやあ、このセリフは、
日本人でも全員がわかるわけじゃないよ」
みたいなことを教えてくれて。
- 糸井
- そうですね、そういうところもあると思う。
日本人のなかでも、わかる人にはわかるけど、
わからない人もいるだろうなというセリフも
あのゲームの中にはけっこう入ってるはずです。
- マーカス
- それは、ユーモアのことですか?
- 糸井
- そうです、ユーモアのことですね(笑)。
- マーカス
- 三浦さんは、ユーモアや冗談については、
わからない人がいてもいいから、
どんどんやろうと言ってくださって。
「英語でもどんどんおかしくしていいよ。
どんどん変えてたのしくやろう」
と言ってくださいました。
- 糸井
- はい、それでよかったと思います。
そういうことが言える三浦が
マーカスさんと組んで翻訳して、
『EarthBound』のセリフをつくっていたんですね。
いやあ、今日、はじめてそれがわかりました。
(つづきます)
2025-03-31-MON