昨年の夏の終わりに糸井重里が
ロサンゼルスを訪れたのは、
知人に招かれてドジャースタジアムで
大谷翔平を観るためだったのですが、
じつはもうひとつ、目的がありました。

それは、『MOTHER2』の英語版である
EarthBound』のローカライズを担当した、
マーカス・リンドブロムさんと会うこと。

30年前、『MOTHER2』のことばを
『EarthBound』のことば」に翻訳した
マーカスさんと糸井重里が、
はじめて会って話しました。
知らなかったことがいろいろありましたよ。

>マーカス・リンドブロムさん(Marcus Lindblom)

マーカス・リンドブロムさん(Marcus Lindblom)

30年以上にわたるゲーム業界でのキャリアを任天堂でスタートし、
一番有名なプロジェクトはEarthBoundの英訳のローカライズ。
その後、さまざまなパブリッシャーや
デベロッパーの会社でプロデューサーとして活躍。
Partly Cloudy Gamesというゲームコンサルティング会社を
10年間共同経営し、現在はゲーム業界での次の冒険を探している。

この対談は日本語・英語でお読みいただけます。

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第1回 1995年のあの日

糸井
はじめまして、なのかな。
ずいぶんまえに日本で一度、会っていませんか?
マーカス
お会いしてないです(笑)。
糸井
ああ、それは失礼しました。
昔、ゲームのローカライズを
担当している方に挨拶した記憶があるんですが。
マーカス
たぶん、糸井さんが会ったのは、
MOTHER』の1作目の英訳担当者だと思います。
私よりまえから日本にいた人です。

糸井
そうでしたか。
基本的なことからお聞きしますが、
マーカスさんは、当時、任天堂の社員だったんですか。
マーカス
はい。Nintendo of America、
アメリカの任天堂の社員でした。
糸井
ということは、日本に来て作業していたんですか。
そもそも日本語はどこで?
マーカス
じつは、1986年から1990年まで日本に住んでいました。
アメリカの大学で日本語を勉強したあと、
日本で英語を教えていたんです。
といっても日本語は会話だけのレベルで、
文法や敬語はマスターできませんでした。
糸井
なるほど。
でも、『MOTHER』のなかの日本語は
基本的にセリフばかりですから、
それで十分だったかもしれませんね。
マーカス
そうかもしれません(笑)。
ともかく、住んでいた数年間で日本に慣れて、
日本語もある程度覚えて、
そのあとアメリカに戻って任天堂に入りました。
そこで『MOTHER2』、つまり『EarthBound』の
ローカライズのプロジェクトがはじまって、
日本のエイプに行くことになったんです。
糸井
えっ、エイプ? ぼくはエイプの社長でしたよ(笑)。
マーカス
行ったのは1週間だけだったんです。
ローカライズの作業そのものは
アメリカでやりましたから。

糸井
ああ、そうだったんですか。
マーカス
そのときの1週間の滞在のときに、
じつはちょっとしたストーリーがあって。
聞きたいですか?
糸井
うん。
マーカス
日本に着いたとき、
私のホテルは秋葉原にあったんですね。
前の日に着いて、寝て、
朝10時にエイプに行くことになっていたけど、
時差ぼけで朝早く起きたから、
渋谷に行ってうろうろしました。
そしてエイプに行くために千代田線に乗ろうとしたら、
駅が閉まっていたんです。前に住んでいたので、
東京で駅が完全に閉まるのが
普通じゃないのがわかっていました。
なにこれ?」と思って。理由がわかりますか?
糸井
なんだろう‥‥工事とか?
マーカス
違います。
オウム真理教のサリン事件だったんです。
ちょっと前に乗ってたら巻き込まれるところでした。
糸井
あーー、あのとき!
マーカス
はい。1995年のあの日、
はじめてエイプに行こうとしたら、
地下鉄では行けなかったんですよ。
糸井
ぼくはあの日、琵琶湖にいたんですよ。
釣りをしていた(笑)。
マーカス
ああ、なるほど、だから会ってないんですね。
糸井
そうかそうか、それは会ってないはずだ。
たしか、3月だったよね?
マーカス
そうです。その後、山手線に乗り換えて、
エイプに行ったんですけど、
最初はなにが起きているかわらからなくて。
あとから聞いて、びっくりしました。
糸井
あのときぼくは京都の仕事などもあって、
東京を離れていたんです。
ぼくが東京に戻ってきたときは、
マーカスさんはアメリカに帰っていたんですね。
マーカス
そうだと思います。
糸井
その後、アメリカで英訳の作業を。
マーカス
はい。しかし、私の日本語は完璧ではないので、
三浦昌幸さんがやってきて手伝ってくださいました。
糸井
三浦昌幸?
マーカス
はい。シアトルに2か月くらい滞在しました。
糸井
2か月! 知らなかった。
マーカス
もう、三浦さんがいなければ、
EarthBound』のセリフは完成しなかったでしょう。
私と三浦さんで協力し合って翻訳しました。

糸井
そうでしたか。
いや、なんというか、謎が解けました(笑)。
MOTHER2』の英語版はどうしてあんなに
もとの日本語のおもしろさを
うまく残したままローカライズできたんだろうと
まえまえから不思議だったんです。
三浦昌幸がそこにいたんですね。
マーカス
はい。
糸井
三浦昌幸は、ぼくが『MOTHER2』のセリフをつくるとき、
ずっとそばにいてタイピングしていたんです。
ぼくがセリフを考えてしゃべって、
彼がタイピングする。
そういうやりかたでつくっていたんです。
だから、日本語のセリフのニュアンスを、
誰よりもよくわかっていたともいえます。
たとえば、ぼくが変なことを言うと、
三浦はそのままそれをタイピングせずに、
どういう意味か確認するんですね。
で、ぼくもわかってもらいたいから説明する。
そういうことをいちいちやっていたから、
きっとマーカスさんにも説明できたはずなんです。
マーカス
ああ、だからうまく説明してもらえたんですね。
しかも、私もしゃべって、
彼がタイピングしたんです!
三浦さんにわからないことを聞くと、
いやあ、このセリフは、
日本人でも全員がわかるわけじゃないよ」
みたいなことを教えてくれて。
糸井
そうですね、そういうところもあると思う。
日本人のなかでも、わかる人にはわかるけど、
わからない人もいるだろうなというセリフも
あのゲームの中にはけっこう入ってるはずです。
マーカス
それは、ユーモアのことですか?
糸井
そうです、ユーモアのことですね(笑)。
マーカス
三浦さんは、ユーモアや冗談については、
わからない人がいてもいいから、
どんどんやろうと言ってくださって。
英語でもどんどんおかしくしていいよ。
どんどん変えてたのしくやろう」
と言ってくださいました。
糸井
はい、それでよかったと思います。
そういうことが言える三浦が
マーカスさんと組んで翻訳して、
EarthBound』のセリフをつくっていたんですね。
いやあ、今日、はじめてそれがわかりました。

つづきます)

2025-03-31-MON

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