昨年の夏の終わりに糸井重里が
ロサンゼルスを訪れたのは、
知人に招かれてドジャースタジアムで
大谷翔平を観るためだったのですが、
じつはもうひとつ、目的がありました。

それは、『MOTHER2』の英語版である
EarthBound』のローカライズを担当した、
マーカス・リンドブロムさんと会うこと。

30年前、『MOTHER2』のことばを
『EarthBound』のことば」に翻訳した
マーカスさんと糸井重里が、
はじめて会って話しました。
知らなかったことがいろいろありましたよ。

>マーカス・リンドブロムさん(Marcus Lindblom)

マーカス・リンドブロムさん(Marcus Lindblom)

30年以上にわたるゲーム業界でのキャリアを任天堂でスタートし、
一番有名なプロジェクトはEarthBoundの英訳のローカライズ。
その後、さまざまなパブリッシャーや
デベロッパーの会社でプロデューサーとして活躍。
Partly Cloudy Gamesというゲームコンサルティング会社を
10年間共同経営し、現在はゲーム業界での次の冒険を探している。

この対談は日本語・英語でお読みいただけます。

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第2回 「アルプスのしょうじょ◯◯ジ」は

糸井
日本の『MOTHER2』のファンが
大好きなセリフのひとつに、
アルプスのしょうじょ◯◯ジ」のなかを
はい」と「いいえ」で答えさせるセリフがあります。
つまり「はい」と「いいえ」しかない選択肢をつかって
アルプスの少女ハイジ」を完成させる遊びなんですが、
このことば遊びを『EarthBound』のセリフでは、
ビートルズの曲をつかって見事に表現してますよね。
◯◯◯タデイ」という曲を、
イエス」と「ノー」で答えさせるという。
マーカス
はい(笑)。

糸井
あの英訳は、『EarthBound』の英訳が
とてもすぐれているという象徴的な例として、
日本のファンもよく知っています。
マーカス
はい、私ももちろんあの表現が大好きです。
ですが‥‥あれは私の翻訳ではないんです。
糸井
えっ!
マーカス
じつは、私がはじめてこのプロジェクトに入ったとき、
10パーセントくらいの英訳がすでにできていたんです。
おそらく、それをサンプルにして、
ほかの英訳も進めてほしい、という意味合いで、
先にすこし翻訳していたんだと思うんですけど、
それを誰がやったかはわからないんです。
そして「アルプスの少女ハイジ」の英訳は、
最初の10パーセントの英訳のなかにすでにあったんです。
糸井
はーー、そうだったんですか。
マーカス
あと、もうひとつ、
EarthBound』の英訳として有名な、
天才写真家のことば。
チーズサンドイッチ!」を
fuzzy pickles!」と訳したのも私ではなくて。
それも、最初の10パーセントに入っていたんです。
糸井
へえぇ、そうなんですね。
それも誰が訳したかは‥‥。
マーカス
わからないんですよ(笑)。
誰か知ってると思ったけど、
あとでいろいろ聞いてもわからなかったんです。
糸井
誰なんだろう(笑)。

マーカス
ただ、そのふたつのセリフが、
最初のサンプルとしてできたことによって、
あ、こういうふうにやればいいんだ」
というふうに思えて、私はとても助かりました。
そういう翻訳がオッケーなら、
ここまではいけるだろう、とか、
このくらい変えてしまっても大丈夫、とか。
EarthBound』に出てくるセリフもいくつかは、
事務所のチームがふざけているときに
実際に言ったセリフでした。
そんなふうに、けっこう、もとの日本語を
変えてしまっているところも多いんですけど、
じつは、私はそれがずっと気になっていました。
糸井さんは自分のつくったセリフや表現が
変えられてしまったことについて、
どういう印象を持っていますか?
糸井
当然ですけど、ぼくは、
すべての英訳はチェックしていないんです。
というか、わかりませんからね。
けれども、『EarthBound』のセリフが
変わっているのはすごくいいと思いますよ。
よろこんでもらえるんだったら、
そっちの方がいいわけだから。
マーカス
ああ、よかったです。
三浦さんも当時そう言っていました。
英語圏の人がたのしめるセリフにしよう、と。
なによりも、『EarthBound』を遊ぶ人全員が
たのしめるようなシナリオにしてくださいって。
糸井
ぼくも日本語のシナリオをつくるとき、
そういうふうに思っていましたから。
つまり、ゲームを進行させるために
必要なことばというのがあって、
極端にいえばそれさえそろっていれば
ゲームは完成するんです。
ダンジョンはあっちにある」とか、
その武器はこういう効果がある」とかね。
でも、それだけだとぼくがつまんないんで、
できました」ってなってからも、
ちょっと待って、もう1回考えるから」って、
セリフを直すというのはしょっちゅうありました。
マーカス
ああ、すごいですね。
糸井
ファンはみんなわかっていると思いますけど、
むしろ、そういう部分こそが、
MOTHER』というゲームの特長だと思うので。
マーカス
はい、そうですね。
糸井
マーカスさんは、英訳していて、
ここが好きだった、というところはありますか?
マーカス
いちばん好きだったのは、どせいさん!
どせいさんのことばのローカライズが、
もう、いちばんたのしかったです。

糸井
それはうれしい(笑)。
あれはぼくもつくっていておもしろかったです。
なんだろう、ほんとうのことを言ってるみたいで、
じつはこころで違うことを思ってる、みたいな。
でも、やっぱりほんと、というような。
あのあたりは、ふつうのゲームにはあんまりないから、
つくっていてたのしかったですね。
マーカス
私もそう感じました。文字も独特でしたし。
あと、アップルキッドと
オレンジキッドのやりとりも大好きです。
あのセリフは笑いながら訳していたと思う。
糸井
あのふたりはいいですよね(笑)。
あと、「3番目に強いモグラ」とかね。
マーカス
はい、あれも大好きです! 
ほかのシナリオとかも、
ほんとにすばらしいものでした。
糸井
ああいうセリフは、さっきも言いましたけど、
ぼくがつくったもの、しゃべったセリフを、
三浦昌幸くんがすぐそばで聞いていたというのが
すごく大きかったと思います。
そこで彼がウケてなかったら、
もっといいものを考えなきゃいけないから(笑)。
それは、ひとりで黙ってやってるんじゃなくて、
ふたりでつくってるおかげなんですよ。
マーカス
私も、三浦さんといっしょに
作業していたというのは大きいと思います。
あと、私たちが翻訳するまえに、かなり直訳に近い
ラフな翻訳がすでにしてあったんですね。
そのラフな翻訳を見ながら、三浦さんが、
こういうニュアンスを入れてほしい」と
リクエストして、私がローカライズしていく。
そういう流れで翻訳は進んでいきました。
糸井
じゃあ、『EarthBound』のことばには。
ぜんぶで4人が関わってるんですね。
まずぼくがことばをつくって、三浦正幸がいて、
最初にラフに訳した方がいて、
それをマーカスさんが最後まで翻訳して。
マーカス
そうですね。
いろんな人の力を借りているからこそ、
いいものができたと思います。

つづきます)

2025-04-01-TUE

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