ロゴで大事なコンセプトを伝えたり、
色で心をつかんだり、
字詰めや書体で何かを予感させたり。
デザイナーさんの仕事って、
じつに「ふしぎ」で、おもしろい。
でもみなさん、どんなことを考えて、
デザインしているんだろう‥‥?
職業柄、デザイナーさんとは
しょっちゅうおつきあいしてますが、
そこのところを、
これまで聞いたことなかったんです。
そこでたっぷり、聞いてきました。
担当は編集者の「ほぼ日」奥野です。

>名久井直子さんプロフィール

名久井直子(なくい・なおこ)

ブックデザイナー。1976年岩手県生まれ。
武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業後、
広告代理店に入社。2005年に独立し、
ブックデザインをはじめ、紙まわりの仕事に携わる。

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第3回 創意工夫が、おもしろい。

──
カバーのビジュアルをつくるのに、
名久井さんは、
写真を撮り下ろすことが多いそうですね。
名久井
わたし、本の仕事をはじめる前は、
広告代理店で7年間、
アートディレクターをしてまして。
──
あ、そうなんでしたっけ。
名久井
そうなんです。美大を出てすぐに
本の世界へ入ったわけではなく、
しばらく「寄り道」をしてました。
広告をやりたかったわけではなく、
どちらかといくと、
就職先のひとつとして考えていて、
受かったので入社したんです。
で、思い返すと、代理店に入って、
ひとつ、
よかったなあと思うことがあって。
──
何でしょう。
名久井
広告の世界って
出版業界よりもお金がありますし、
さらに20数年前なので、
いまよりも景気が良かったんです。
なので、仕事上、
いろんな撮影をやらせてもらって、
「撮影慣れ」していたことが、
その後とっても役に立ったんです。
──
ああ、カメラマンさんの選定とか、
撮影スタジオの手配とかとか、
いろんな段取りがありますもんね。
名久井
お金をかけた大規模な撮影も
コントロールする仕事だったので、
本の世界へ入ってから、
「撮影」に対するハードルが、
低いのかもしれないと思いました。
だから他のブックデザイナーより、
わざわざ写真を撮り下ろすことが、
わたしは、多いかもしれないです。
──
撮ればいいじゃんと、すぐ思える。
名久井
イラストにしようか、
写真にしようか‥‥という感じで、
どっちも
同じくらいの比重で考えています。
たとえば岸本佐知子さん編・訳の
『コドモノセカイ』という作品は、
子どもにまつわる
変な話ばっかりが収録されていて
大好きなんですけど、
本のカバーは、友人の子どもに
「宝物を貸してくれませんか?」
って頼んで撮影したものなんです。

──
このカバーですね。これはつまり
誰かの「本物の宝物」ってことですか。
名久井
そうです。当時6歳と8歳だった
男の子と女の子の「本物の宝物」です。
最初は、それっぽいものを集めて
撮ろうかなと思ったんだけど、
やっぱり「誰かの本物の宝物」が
醸し出す雰囲気には勝てないだろうと。
──
きっと写真にも「写る」んでしょうね。
そういう「何か」って。
でも、これが「宝物」って、
めっちゃセンスのいいお子さんですね。
名久井
そうなんです。じつはこれは‥‥
片方はヒグチユウコさんのお子さんで、
もうひとりも
友人画家さんのお子さんなんです。
つまり、サラブレッドなんです(笑)。
──
なるほどー! それは納得ですね。
スタイリストがスタイリングしても
素敵になるとは思いますが、
本物にしか醸し出せない雰囲気って、
きっとありますよね。
名久井
フィリップ・フォレストという人の
『洪水』も思い出深い本です。
フランスの作家の小説なんですけど、
タイトルのとおり、
川の水の氾濫をきっかけにして、
いろんなことが起こる物語なんです。

──
実際に撮り下ろした写真なんですね、
これも。
昨今のスーパー写実の絵にも見える、
不思議な魅力があります。
合成とかもしてはいないんですか。
名久井
してないです。この絵を撮るために、
深さ5センチ、
1.5メートル四方の水槽を
オリジナルでつくってもらいました。
そこに水を張って、
コンクリートの破片とかガラス片を置いて、
一発撮りしてるんです。
──
へええ‥‥つくりこんで撮ってるって、
言われないとわかんないですが、
水槽を特注してまでしないと
手に入らない画像だということですね。
ちなみにですが、
どのあたりまでが「写真」なんですか。
名久井
ぜんぶです。
──
上のほうの白い部分まで、「写真」?
名久井
そうです。いっさい合成してないので。
この波を起こすために、
ずーっと水を流し続けていたりします。
カメラに写らないところで、
ラグビー部にありそうな巨大ヤカンで、
ジョーってやりながら撮った(笑)。
──
シュワちゃんが持ってたようなやつで。
名久井
そうそう(笑)。
──
ちなみに、このビジュアルそのものは、
撮影の前から、
名久井さんの頭の中にあったんですか。
名久井
そうです。これはもう、
ほぼほぼ脳内のとおりに撮ってますね。
──
バックを真っ白にする、ということも。
名久井
はい。それもたぶん、
代理店時代の撮影経験の蓄積があって、
こういう絵を手に入れるには、
こう撮ればいいな‥‥みたいなことが、
けっこうわかるんです。
──
すごいなあ。
名久井
写真を撮ってくれたのは
井上佐由紀さんという方なんですけど、
ふたりで変わったことをよくしてるんです。
マームとジプシーの『BOAT』という
舞台の宣伝美術を担当したときも、
ピンホールカメラで撮影をしたりとか。
──
レンズのついてない、
ただ穴を開けただけのカメラですよね。
名久井
そう、あれって穴を開いた状態で
光を取り入れている間は
シャッターを押し続けているのと同じで、
いわゆる長時間露光の状態になり、
動いているものは、ブレて写るんです。
──
ええ。
名久井
撮影本番では、一艘のボートと
俳優の宮沢氷魚さんを撮ったんですね。
ここで何秒、次にここで何秒立てば、
思った絵になるというテストを何度もして、
本番で立っていただく場所と時間を
細かく指定しました。
──
それで、何人もの宮沢氷魚さんが、
ボンヤリ写ってるんだ。
名久井
そう。ふつうに撮って
フォトショップでどうにかしたら
近いビジュアルは
つくれるかもしれないんだけど、
それじゃ嫌っていうか、
一発撮りの写真がよかったんです。
でも‥‥事前にテストしていたときに
わかったんですが、
人物つまり宮沢さんは動いてるから
ブレて写るんだけど、
置いてあるボートだけが動かなすぎて、
めっちゃピントが合っちゃうんです。
──
動かなすぎて(笑)、はい。
名久井
そこで、ボートの裏側に
小柄な方に隠れていただいて、
ずーっとボートを
ガタガタ揺らし続けてるんです(笑)。
──
裏側に、小柄な人のアナログな努力が。
何だか、お話をうかがっていると、
瀧本幹也さんに聞く
CМとか広告撮影の話みたいです。
名久井
あ、そうなんですね。
──
本のカバーの話に聞こえないというか。
瀧本さんが長嶋茂雄さんを撮ったとき、
時間がなくて、
空港で撮らなきゃなんなかったらしく。
名久井
ええ。
──
敷地内の一画を囲って
簡易のスタジオをつくって撮ろう、と。
でも、長嶋さんの「噂」として
「自分でOKを出しちゃうらしい」と
聞いていたそうなんです。
名久井
「もう、撮れたでしょ!」って?
──
はい。当時まだ若かった瀧本さんは、
有名なADの方に、
なるべく多く撮ってきてと言われて、
どうしよう‥‥と。
思案の結果、瀧本さんは、
7つのブースをつくったそうなんです。
そして、それぞれのブースに、
7脚の椅子を置き、
7つのライティングをセットし、
7台のカメラを三脚で立てて置いたと。
名久井
あー‥‥!
──
そして、現場に現れた長嶋さんに
「7つのブースで、順番に撮りますね」
と「今日のメニュー」を説明した。
すると長嶋さんも、
ああ、ぜんぶ回れば終わりなんだなと。
で、7台のカメラで撮ったらしいです。
フィルムチェンジしたかどうかは
聞かなかったんですが、
最低でもフィルム7本は撮れるわけで。
名久井
すごい。
──
その話を聞いたとき、
広告業界のみなさんって、
ときとして制約の多い撮影でも
いろんなアイディアで突破してるんだ、
すごいなあと思ったんですが、
それと似たような「創意工夫の魂」を、
名久井さんのお話に感じました。
名久井
いやいやいや、でも、おもしろいです。
そういう工夫をするのが、
わたしも、やっぱり、大好きなんです。

(つづきます)

2024-09-04-WED

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  • 名久井直子さんの装丁による最新刊は、 プレゼントブック、贈る本。 万城目学さんの「ちいさな物語」です。

    名久井直子さんの装丁による最新刊は、 プレゼントブック、贈る本。 万城目学さんの「ちいさな物語」です。

    直木賞作家・万城目学さんの小説で、
    誰かの誕生日を寿ぐような、素敵な物語です。
    題名は『魔女のカレンダー』。
    ちっちゃな本で、特製の箱に入ってます。
    ふだんから
    名久井さんとおつきあいのある製本屋さんで
    つくっていただいたそうです。
    コンセプトは「プレゼントブック」なので、
    この本そのものをプレゼントにしても、
    別のプレゼントに添える
    うれしい物語の贈り物にしてもいいですねと、
    名久井さん。
    ちっちゃいから本棚ではなく、机の上だとか、
    身近なところに置いておけたり、
    身につけておけそうなのもいいなと思います。
    もちろん、名久井さんのことですから、
    ただかわいいだけじゃなく、
    装丁にも、何らかの「意味」が‥‥?
    本屋さんには流通せず、ネットのみでの販売。
    詳しくは、公式サイトでチェックを。

     

    デザインという摩訶不思議。大島依提亜さんに聞きました編