ロゴで大事なコンセプトを伝えたり、
色で心をつかんだり、
字詰めや書体で何かを予感させたり。
デザイナーさんの仕事って、
じつに「ふしぎ」で、おもしろい。
でもみなさん、どんなことを考えて、
デザインしているんだろう‥‥?
職業柄、デザイナーさんとは
しょっちゅうおつきあいしてますが、
そこのところを、
これまで聞いたことなかったんです。
そこでたっぷり、聞いてきました。
担当は編集者の「ほぼ日」奥野です。

>名久井直子さんプロフィール

名久井直子(なくい・なおこ)

ブックデザイナー。1976年岩手県生まれ。
武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業後、
広告代理店に入社。2005年に独立し、
ブックデザインをはじめ、紙まわりの仕事に携わる。

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第5回 オリジナルの紙からつくる。

──
ナナロク社の谷川俊太郎さんの詩集
『あたしとあなた』では、
「紙からつくった」そうですね。
名久井
そうなんです。
このときの谷川さんの詩の特徴は
改行が多くて、
1行の文字数も少なかったんです。
多くても10文字ちょっとかな。
だから、本文用紙の上の方だけで
詩が終わっちゃうんです。ほら。

──
ほんとだ。
名久井
最初、谷川さんに、何ページか分、
レイアウトをお見せしたとき、
もうひとつ、
横長の本のパターンも出しました。
余白の分量が、少なくなるように。
自分としては横が選ばれるかなと
思っていたんですが、
谷川さんは、
縦のバージョンがいいです‥‥と。
「えっ、こっちかー!」って。
──
事前の予想とは、うらはらに。
名久井
そう。で、「わあ、どうしよう?」
と思ったんです。
下が、めっちゃ空いちゃうじゃん、
って‥‥。
──
わかってはいたことだけど(笑)。
名久井
そうです(笑)。
どうしよう、空いちゃう‥‥って。
でも、そこに、たとえば
お花の絵とか、挿絵を入れて埋めるのも、
ちょっとちがうなと思って。
──
ええ。
名久井
空いた部分の情報量を高めるには、
どうしたらいいだろうって
いろいろ考えたとき、
空いた部分を構成するものは、
ほぼぜんぶ「紙」じゃないですか。
──
そうですね。
余白に存在するのは、紙のみです。
名久井
あっ、だったら
紙がよければいいんじゃないかと。
で、紙をつくろうと思ったんです。
──
そういう発想だったんですか‥‥。
おもしろいなあ。
余白を埋めるために紙をつくった。
名久井
で、そこからは
「じゃ、どんな紙にしようかなあ」
ってはじまるわけですが、
これ、透かすと、
レイドといって簀の目が‥‥ほら。

──
あー‥‥ほんとだ。しましまの柄。
名久井
いいホテルに置いてあるような
いい便箋とかに見られる仕様です。
写真に、写るかな。
わたしは、
このレイド紙が大好きなんですけど、
本文用紙としては、
取り扱いがあったのは当時1社だけ。
でも、その紙だと、
ちょっと雰囲気がちがったんです。
さらには、紙に色もつけたかった。
小林秀雄が翻訳したランボオの
『地獄の季節』って、
青山二郎が装丁しているんですけど、
本文用紙が「黄色い」んです。
──
あ、そうなんですか。
きっと、すごく古い単行本ですよね。
名久井
あの本を読んだとき、
最初「えっ、まっ黄色なんだ」って
思ったんだけど、
読んでいてもストレスがなくて、
「黄色でもいいのかあ」
って、思ったことがあったんですね。
そのことを思い出して、
ああ、色がついていてもいいのかも、
だったら、
谷川さんの詩のイメージが、
わたし的にはブルーだったので‥‥。
──
青くて、柄入りの紙をつくった。
名久井
そう。わたし、本に関係する工場に、
けっこう行ってるんですね。
──
はい、そのようすが、
本になっているくらいですもんね。
名久井
本に載っていない工場にも、
あっちこっち行ってるんですけど、
これまでに「抄造機」といって、
紙をつくる機械を、
もう、たくさん見てきてるんです。
大きいものから、小さいものまで。
いろいろ見てきて、
「つきあいたい抄造機ランキング」
があるくらいです。
たぶん気持ち悪いと思いますけど。
──
いやいや(笑)。
でも、そんなに種類あるんですか。
抄造機って。
その中に「推し」ができるくらい。
名久井
そうなんです。あるんです。
紙って、巨大なトイレットペーパー、
みたいな状態でできてくるんです。
日ごろ、みなさんが使っている
コピー用紙とかも「ドーン!」って。
──
はい。「ドーン!」って。
名久井
でも、その、ふつうの機械、
つまり「ドーン!」とつくる機械には、
この仕事は頼めない。
つくる用紙の切り替えに時間がかかるし、
イレギュラーな仕事を入れてもらえる隙間も
なかなかなさそう。
そもそも、1回のロットが多すぎるんです。
「うーん」と思ってたら、
「あ、あの子ならつくれるかも!」って。
──
そんな子が!? なんていい子!
名久井
はい、いたんです(笑)。そんな子が。
編集者に相談する前に、
まずはその工場の社長さんに電話して、
「こういうことがしたいんですけど、
突っ込めますか」と聞いたら、
「いいよー!」って言ってくださって。
それから、担当の編集者さんに
「今回は、紙からつくりたいです」と。
──
できるって言われてますんで‥‥と。
名久井
ナナロク社の担当編集の川口さんも、
社長の村井(光男)さんも
おもしろいですねって言ってくれて。
それで、つくれることになったんです。

──
村井さんってナナロク社の社長だから、
そこの判断もスピーディですね。
会社に持って帰ります、とかじゃなく。
ちなみに、
その子‥‥は、どういう子なんですか。
名久井
ちいさな機械で、
つくれる紙幅も狭いんですけど、
いろんなことができる器用な子ですね。
もともと和紙をつくる機械なんです。
ふすま紙から、お習字の紙くらいまで、
いろんな厚さの紙をつくれます。
ふだんから、色つきの紙だったりとか、
細かくたくさんつくっていて、
切り替えも早い機械だったんですね。
だから「いけるかな?」って。
──
すごい。あらゆる抄造機の特徴と、
所在と連絡先とを熟知するデザイナー。
ちなみに、その機械って、
他の工場には、あんまりないんですか。
名久井
ないですね。
しかも今回は、本文に使う紙だったので、
表面を潰してあるんです。
そうじゃないと字を印刷できないので。
──
あ、なるほど。
名久井
なので、最後に「表面を潰す工程」も
ついている機械じゃないと無理だなと。
──
電話の時点で、そこまで想定に入れて。
プロフェッショナル‥‥!
名久井
小回りがききつつ、紙の両面を潰せる機械って、
知るかぎり唯一その子しかいなかった。
紙の厚さもオリジナルなんです。
紙って、原料を流して乾かしてつくるんですが、
指先でさわりながら
「この厚みがいい!」というところで
止めてもらった厚さなんです。
──
えっ、つまり「いまです!」と?(笑)
そのようすを
具体的にはイメージできないのですが、
名久井さんのすごさだけが伝わる。
何たるゴッドフィンガー。
わかるんですか、指先で、紙の厚みが。
名久井
わかるようになってしまいました。
ふつうに売っている紙の「斤量」とか、
さわったら「何キロかな」くらいは。
──
すごい。そして、おもしろい。
ロット的にも許容範囲だったんですか。
名久井
オリジナルで紙をつくるにしては
小ロットで対応してもらっていますが、
それでも、
5000冊分の紙ができちゃうんです。1回で。
だからここはナナロク社の村井さんが
すごいところなんですが、
増刷が「5000冊単位」なんですよ。
──
うわー、なんと。
増刷のたびに5000冊できちゃうんだ。
名久井
そこも含めて、引き受けてくださった。
でも、うれしいことに
いま「5刷」まで来ているんですね。
1回の増刷で、5000部ずつ刷って。
──
カッコいいなあ。
名久井さんも、村井さんも。
名久井
まだまだ重版しそうな勢いです。

(つづきます)

2024-09-06-FRI

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  • 名久井直子さんの装丁による最新刊は、 プレゼントブック、贈る本。 万城目学さんの「ちいさな物語」です。

    名久井直子さんの装丁による最新刊は、 プレゼントブック、贈る本。 万城目学さんの「ちいさな物語」です。

    直木賞作家・万城目学さんの小説で、
    誰かの誕生日を寿ぐような、素敵な物語です。
    題名は『魔女のカレンダー』。
    ちっちゃな本で、特製の箱に入ってます。
    ふだんから
    名久井さんとおつきあいのある製本屋さんで
    つくっていただいたそうです。
    コンセプトは「プレゼントブック」なので、
    この本そのものをプレゼントにしても、
    別のプレゼントに添える
    うれしい物語の贈り物にしてもいいですねと、
    名久井さん。
    ちっちゃいから本棚ではなく、机の上だとか、
    身近なところに置いておけたり、
    身につけておけそうなのもいいなと思います。
    もちろん、名久井さんのことですから、
    ただかわいいだけじゃなく、
    装丁にも、何らかの「意味」が‥‥?
    本屋さんには流通せず、ネットのみでの販売。
    詳しくは、公式サイトでチェックを。

     

    デザインという摩訶不思議。大島依提亜さんに聞きました編