ロゴで大事なコンセプトを伝えたり、
色で心をつかんだり、
字詰めや書体で何かを予感させたり。
デザイナーさんの仕事って、
じつに「ふしぎ」で、おもしろい。
でもみなさん、どんなことを考えて、
デザインしているんだろう‥‥?
職業柄、デザイナーさんとは
しょっちゅうおつきあいしてますが、
そこのところを、
これまで聞いたことなかったんです。
そこでたっぷり、聞いてきました。
担当は編集者の「ほぼ日」奥野です。

>名久井直子さんプロフィール

名久井直子(なくい・なおこ)

ブックデザイナー。1976年岩手県生まれ。
武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業後、
広告代理店に入社。2005年に独立し、
ブックデザインをはじめ、紙まわりの仕事に携わる。

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第6回 暮らしの中に、溶ける本。

──
1冊の本のために紙をつくるというのは、
どれくらい
ポピュラーじゃないことなんでしょうか。
名久井
うーん‥‥ほとんど聞いたことないです。
もちろん、大きな単位ではありますよね。
新潮文庫の本文用紙は
新潮オリジナルだったりとかしますけど、
ロットがぜんぜんちがうので。
──
そうですよね。
名久井
いろんな会社が、オリジナル用紙を
つくっていたのですけどね。
でも、たぶん見合わなくなってきて、
オリジナルをやめていったんだと思います。
本じゃないけど、
「亀の子たわし」をくるんでいた紙には、
亀の透かしが入ってましたし。
──
へええ、そうなんですか。
名久井
いまは、ふつうのプリントなんですが。
オリジナルの紙をつくるようなことは、
昔からあったんですが、
本1冊のために‥‥というのは、
あんまり聞いたことないかもしれない。
──
造本家の町口覚さんが、
この山に生えている木でつくってほしい、
ということで
自分で木を伐りに行かれたというお話は、
聞いたことありますが(笑)。
名久井
そうですね(笑)。
材料については、あるのかなと思います。
ワインのメーカーさんが
ブドウを原料にしてラベルをつくるとか。
ただ「自ら伐りに行く」デザイナーは、
マッチさん以外いないと思います(笑)。
──
名久井さん装丁の谷川さんの詩集は、
ぼくも持ってるんですが、
このためにつくった紙なんだって知ると、
いっそう大事にしたくなりますね。
名久井
そう言っていただけると、うれしいです。
あと、この本のすごいのは、
表紙にタイトルが入っていないことです。
──
はっ‥‥そうですね。言われてみれば。
名久井
本の表側にタイトルが書かれていない本、
というのも、ほとんどないと思うんです。
この本の場合は、
「背」にしかタイトルを入れてないので。
──
カバーにタイトルが書かれていなくても、
流通上は大丈夫なんですね。
名久井
帯に入ってますから。バーコードもあるし。
版元のナナロク社の村井さんとは
同い年ということもあって、
何かにつけて会って相談する間柄なんです。
このときも
「カバーにタイトル入れたくないね」って。
その代わりと言ってはなんですが、
金と青と白とで特別な箔押しをしました。
中の紙もブルーだし、
これも他に類のない本になったと思います。
──
そもそもどうして
タイトルを入れたくないと思ったんですか。
名久井
本って、本屋さんにたくさん並んでますが、
買って家に帰ってきたら、
自分と「1対1の関係」になりますよね。
谷川さんの詩集と、わたし。
いったん、そこに関係性ができてしまえば、
カバーにタイトルがなくたって、
別にいいんじゃないかなって思ったんです。
──
あー、なるほど。
過剰に「わたしの名前は何々です!」って、
主張しなくてもいい。
だって「もう知ってる人」になってるから。
名久井
家の本棚で面陳して売るわけでもないし。
わたし、以前から
「本屋で目立って家では目立たない本」を
つくりたいと思ってるんです。
本屋さんでは、「わたしを見て」みたいに
みんなの目を引いてほしいんだけど、
家に帰ってまでも
「見て、見て、見て!」ってなってると、
ちょっとうっとうしいかもと思っていて。
──
おもしろいなあ。
デザイナーさんならではの視点でしょうか。
名久井
むしろ、家の中では、
ふだん使ってるマグカップなんかと同じく、
何気ないものであってほしい。
カバーに文字が何も書かれていなかったら、
帯さえ外してしまえば、
そういう存在になるかなあと思ったんです。
──
たしかに、カバーからタイトルをなくせば、
そういう本になる気がする‥‥。
タイトルのない本は本屋さんでは目立つし、
家では暮らしの風景になじみそう。発明だ。
名久井
テーブルにポンと置かれてても嫌じゃない、
そういう存在になったらいいなって。
──
そういう本もつくりつつ、
『ドラえもん』の豪華なセットなんかは、
また別のベクトルですよね。
どっちの方向もOKなところが、
ぼくは、名久井さんのすごさだと思います。
最初は『100年ドラえもん』ですか。

名久井
はい。ぜんぶで45巻ある『ドラえもん』に
おまけをつけて、
それらを箱に入れた受注版の豪華な本です。
カバーは、
クロスにシルクスクリーンで印刷してます。
──
紙にオフセット印刷じゃなく、
布クロス装にシルクスクリーン印刷ですね。
いまどき、なかなか見ない仕様です。
名久井
表面に防水防汚加工を施しているので、
うっかり水をこぼしても、
コロコロコローンって、転がっていくんです。
見返しの紙も、ドラちゃんのオリジナルです。
これ‥‥ここ。うまく写るかなあ?

──
あっ。
名久井
いた?
──
いた! いました~。何だかうれしい(笑)。
こういう紙を「つくった」わけですか、また。
名久井
はい。そうです。またつくってしまいました。
ドラちゃんの顔を入れてるんですが、
紙って乾かしたときの「縦と横の伸縮率」が、
微妙にちがうんです。
なので、版のデータは
「ちょっと、顔のひしゃげたドラちゃん」で、
紙が乾いたときに、
ちゃーんと丸くなるなるようにしてるんです。
──
ひゃー、なんたる。生のデニムを家で洗うと
2インチくらい縮むから、
2インチ大きめを買うみたいなことですかね。
ちがうか。でも、すごい。
名久井
ありがとうございます。
ドラちゃんのお顔が切れたら悲しいので、
どういう間隔で配置すれば、
すべての本の見返しに
ドラちゃんの顔がちゃんと入るかを計算して、
慎重につくっています。
──
なるほど。
名久井
あと、見返しの紙って無地がほとんどですが、
その場合、紙の目は気にしても、
基本は天地左右って関係ないじゃないですか。
でも、この場合は、上下がはっきりあるんで、
紙をつくってから
製本屋さんに配送されるまでの間も、
天地がはっきりわかる工夫をして運んでます。
──
配送までも、オーダーメイド。
名久井
そう。中に使っている紙も、
「100年、もたせたい」というコンセプトを
まっとうできるよう、
数種類の候補の紙に紫外線照射テストをして、
いちばん退色の少なかった紙を選んでいたり。
とまあ、そんな感じの本ですね。
これでも、ほんのダイジェストなんですけど。
──
他にもいろんなすごい点があると思いますが、
ちょっと聞いただけで「あんぐり」です。
で、そのあとに「大長編ドラえもん」ですか。
名久井
そうですね。ドラえもんって
映画も公開されていますが、
その原作になった大長編のドラえもんが、
1冊に1作品ずつ、入っています。
これは『のび太の魔界大冒険』の巻ですけど、
布クロスもオリジナルでつくってますね。

──
国語辞典のような、どっしり感がありますね。
これは大切にしたくなるなあ。
まさに、次の世紀に届けたい『ドラえもん』。
名久井
箔は「彫刻版」といって、立体の箔。
通常の箔押しって、押してあるところは
均一な凹みになりますけど、
彫刻版は凹み具合が自由にできます。
ようするに、これは「版も立体」なんですよ。

──
なるほど。カッコいいです。
名久井
全体的には「継ぎ表紙」といって、
布クロスと紙とが接続されているんですけど、
その際(きわ)のところで‥‥
紙の断面のことを「小口」っていうんですが。
──
はい。
名久井
断面って「白い」じゃないですか。
それが見えちゃうのが嫌で、箔で隠してます。
──
え、つまり、箔でテーピングしてると。
名久井
そうなんです。
──
紙の小口なんて「1ミリ以下」とかですよね。
名久井
嫌だったんです。だから箔で隠しました。
──
ほんの些細な小口の白を、見せたくなかった。
名久井
はい。

(つづきます)

2024-09-07-SAT

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  • 名久井直子さんの装丁による最新刊は、 プレゼントブック、贈る本。 万城目学さんの「ちいさな物語」です。

    名久井直子さんの装丁による最新刊は、 プレゼントブック、贈る本。 万城目学さんの「ちいさな物語」です。

    直木賞作家・万城目学さんの小説で、
    誰かの誕生日を寿ぐような、素敵な物語です。
    題名は『魔女のカレンダー』。
    ちっちゃな本で、特製の箱に入ってます。
    ふだんから
    名久井さんとおつきあいのある製本屋さんで
    つくっていただいたそうです。
    コンセプトは「プレゼントブック」なので、
    この本そのものをプレゼントにしても、
    別のプレゼントに添える
    うれしい物語の贈り物にしてもいいですねと、
    名久井さん。
    ちっちゃいから本棚ではなく、机の上だとか、
    身近なところに置いておけたり、
    身につけておけそうなのもいいなと思います。
    もちろん、名久井さんのことですから、
    ただかわいいだけじゃなく、
    装丁にも、何らかの「意味」が‥‥?
    本屋さんには流通せず、ネットのみでの販売。
    詳しくは、公式サイトでチェックを。

     

    デザインという摩訶不思議。大島依提亜さんに聞きました編