ずるい、ひどい、よすぎる、ええーーっ! 
‥‥そんな悲鳴が聞こえてくるのは当然です。
だって、いまどき、どういうわけか、
ロサンゼルスで大谷翔平選手の試合を
観られることになったのです! ほんとごめん! 
もともとは、糸井重里がロサンゼルスに
お住まいの方とSNSを通じて知り合い、
「いらっしゃいませんか?」というお誘いに
応えて渡米することになったわけです。
で、糸井さんひとりで行くのもあれだし‥‥
という非常にぼんやりとした理由で
突然、この超幸運な任務に抜擢された
ラッキークルーが俺、ほぼ日の永田泰大です! 
ごめん、ほんとごめん! でも超うれしい! 
せめて現地で毎日書くよ、レポートを。
どうぞよろしくお願いします。ほんとごめん。

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#04

ドジャースタジアム!

野球場というのは、いつ来ても、何度来ても、
わくわくするものである。
正直、年に何度も訪れている東京ドームでさえ、
ぼくはいまだにわくわくしている。

ありがちなフレーズを適当に書いているのではない。
ほんとうに、いまだに、
ぼくは野球場へ行くとわくわくする。
東京ドームも、神宮球場も、横浜スタジアムも、
高校野球の試合を観るために
訪れた地方球場だってもちろんわくわくする。

さすがにそれはどうかと思うけど、
近所の少年野球をやっているグラウンドで
公式戦らしき真剣な試合をやっていると、
やっぱりちょっとだけわくわくする。

そんなぼくが、
ドジャースタジアムを訪れればどうなるか。
自分ですら、結果はあきらかである。
なんならもう、書かなくてもいいくらいだ。

野球場に行って、
気持ちがぐわっっっと最高に盛り上がる瞬間は、
個人的にふたつある。

ひとつは、視界に野球場が入ってきたときだ。
ああ、あれだ、でかいな、と思う瞬間だ。

ドジャースタジアムは高台にあり、
ほぼすべての人が車でやってくる。
周囲は広大な駐車場に囲まれている。
ドジャースタジアムの敷地が広い、というよりも、
そもそもロサンゼルスという街が広いのだ。

ちなみに球場の名前は、
「ドジャー・スタジアム」であり、
「ドジャース・スタジアム」ではない。
あと、「ドジャース」は「ドジャーズ」ではなく、
「ドジャース」であることにも注意しよう。

「スウェーデン」の表記が
書いてみると意外に難しいことに似て、
「ドジャース」も「ドジャー・スタジアム」も難しい。

「ドジャース」は濁らない。
「ドジャースタジアム」に「ス」は1回。と覚えよう。

いや、そういう話じゃないだろう。
野球場に来たときのわくわくする気持ちの話だ。
盛り上がる個人的なポイントのふたつ目はこれだ。

グラウンドのグリーンが目に飛び込んできた瞬間。
ああ、あそこだ。あそこで野球をやるんだ、と、
不思議な気分になる瞬間。
いまだに、ほんと、うわあと思うんだよ。

試合開始までは1時間ほど余裕があった。
ぼくはひとりでスタジアム内をうろうろする。
そりゃあ、するよ、うろうろ。

ああ、すごいな、ドジャースタジアムだ。
まわりに高い建物がないから、
球場の上がすぐに空だ。

スタジアム内のあちこちにある
チームの歴史的なディスプレイのなかで、
感動したのはこれである。

いまチームに在籍する大谷翔平と山本由伸に加えて、
かつてドジャースに在籍した
日本人選手のレジェンドふたりの写真。

ひとりはもちろん野茂英雄さんである。
野茂英雄が海を渡っていなければ、
日本人選手のメジャーリーグ進出は
数年遅れたのではないかとしばしばいわれる。
そして、黒田博樹さん。
4年間、ドジャースの先発の軸として活躍し、
開幕投手も務めた。

特別に見学できた場所には、
数々のトロフィーが飾られていた。
こちらは歴代のゴールデングラブ賞の展示。

そして、ワールドチャンピオンシップのトロフィー! 
極端にいえば、すべての野球選手が
目指しているのがこれである。
大谷翔平の挑戦もここへ向かっている。

ああ、これは、
ジャッキー・ロビンソンのユニフォームだ。
近代メジャーリーグ初の黒人選手として、
ドジャースでプレイしたジャッキー・ロビンソン。
メジャーリーグでは、
彼がデビューした「4月15日」を
ジャッキー・ロビンソン・デーに制定し、
選手全員が彼の背番号「42」をつけてプレイする。

ああ、なんだか、試合がはじまるまえから、
感動的な気持ちになってきちゃったなあ‥‥。

と、しみじみしたぼくを
現実世界へグイと引き戻すものあり。
なんだ、このソースのにおいは‥‥。

銀だこである。
ドジャースタジアムには銀だこもある。
もしもあなたがアメリカを横断するような
クイズ番組に出て、
「ドジャースタジアムには、たこ焼き屋がある。
 ◯か? ×か?」という問題が出たら、
迷わず◯を選んでいただきたい。

そうこうしているうちに時間は過ぎて、
なんだか球場がざわざわしてきましたよ。
え、みんな立ち上がって、どうしたの? 
ははあ、なるほど、そうか。

国歌斉唱! アメリカの国歌『星条旗』です。
アメリカの国歌の題名は、
しばしば『星条旗よ永遠なれ』と間違われますが、
正しいタイトルは『星条旗』です。

ですから、アメリカを横断するようなクイズ番組で、
「アメリカの国歌は『星条旗よ永遠なれ』である」
という問題が出たら、迷わず×を選んでください。

それはそうと、
歌っていたのがどなたか存じ上げませんが、
『星条旗』、感動的でした。

糸井さん、はじまりますよ! 

「おう、どこ行ってたの」

うろうろしてました。

「おみやげ、買った?」

なんか帽子とTシャツばっかりで、
ほどよいものがなんにもなかったです。

「あ、そうなの?」

そうなんですよー。

というわけで、この場を借りて、
ほぼ日社内の野球好き仲間、
もっと具体的にいうと、
とみちゃんとすぎもとクラモチさんにお伝えします。
なんか、ほどよいドジャースグッズが
ぜんぜんなかったのよ。
おみやげ買おうと思ってたんだけど、ごめん。

そのようにして‥‥。

試合がはじまったのです。
その経過をここで細かくお伝えするのは
きっと役目が違うでしょう。
とっくに知っている人も多いでしょうし。

ドジャースが逆転勝ちし、地区優勝を決めました。
大谷翔平は3安打を放ち、勝利に大きく貢献しました。
すこし、感じたことを書きます。

ぼくも何度か「優勝が決まる試合」を、
日本で目撃しているのですが、
そういう日の球場って、
試合前からちょっと異様な雰囲気なんですね。

選手はもちろん、ひとりひとりの観客も、
なんだかちょっと重いものを背負ってる。
長いシーズンが決着するんだから、
どうしてもそうなってしまう。

ところが、この日のドジャースタジアムは
そういう雰囲気がまるでない。
いつもの試合を知ってるわけじゃないけれど、
おそらくいつもと同じようにみんな試合を観ている。

試合は投手戦で、4回を終わって両軍無得点。
5回と6回にパドレスが1点ずつ取って、
2点リードのまま後半へ。

ふつう、日本の球場だったら、
「なんとかしてくれぇぇぇぇ!!」ってなる。
ところが、メジャーリーグの観客たちはそうならない。

そして試合は7回に入る。
7回には、メジャーリーグ特有のイベントがある。
みんなで立ち上がり、
『Take Me Out to the Ball Game
(私を野球に連れてって)』を歌うのである。

これ、すごくいいんだよなあ。
日本のプロ野球でもチームの応援歌を歌うけど、
それとは違う、牧歌的な一体感が球場全体を包むんです。

で、悲壮感はぜんぜんないんだけど、
ぼちぼち行こうぜドジャース、という雰囲気になる。
メジャーの球場はトランペットや太鼓などの
いわゆる「鳴り物」がないんですが、
ところどころでDJ的な人が、上手に全体を盛り上げる。

で、7回裏、先頭のマンシーが
フォアボールで1塁に出た。

ぐわわわわっ、と、球場の雰囲気が変わった。
え、なんだこれは、とすこし戸惑うけれども、
そう思うぼくも球場にいる観客のひとりなので、
むしろ、よし、ここだ、行くぞ、というふうに感じている。

そして、スミスがセンターへ打つ。
快音を残して、ボールは黒い空を気持ちよさそうに行き、
バックスクリーンの前にあるネットを揺らす。

同点ホームラン、2対2。総立ち! 

もう、あきらかに、空気が違う。
なんというか、行き先の違うバスに乗り換えたみたい。

一死後、ヘルナンデスがセンター前ヒットで出塁する。
「あとひとり出れば、大谷だよな」とぼくは思う。
きっと、観客席のひとりひとりも思う。

9番パヘスが打撃妨害で出塁し、
一死、一二塁で大谷翔平に打席が回る。

おかしな言い方だけれども、
もう、打つことが決まっているみたいだった。
打つことは決まっているから、
ぼくらはホームランを期待してしまって、
打球が一二塁間を抜けたときに、
すこし物足りなく思ったくらいだ。

終わったあとだからすこし都合よく
記憶を装飾しているかもしれないけれど、
いま、その場面は、そういうふうに感じられる。

だからむしろ、拳を突き上げて絶叫したのは、
勝ち越したあと、一死、二三塁からの、
ムーキー・ベッツのタイムリーだった。

打球がセカンドの上を超えて、
ダメ押しとなる2点が入ったとき、
ぼくと糸井重里は周囲の観客たちと
大いにハイタッチを交わした。

メジャーリーグの観客には、独特の集中力がある。
グラウンドでくりひろげられている野球そのものも
日本とアメリカでいろいろ違うと思うけど、
観客席の野球もずいぶん違うとぼくは思った。

その後、さらにドジャースは追加点を加え、
7対2でパドレスをくだした。
日本と違って、胴上げはないけれど、
選手たちがおそろいのTシャツを着て
グラウンドに集まり、
長いシーズンの健闘を称え合うのを、
ぼくは感動しながら観ていた。

いや、こんなすばらしい場面に居合わせてしまって、
ほんと、ごめん。最高の時間だったよ、ごめん。

お祭りのあとみたいな不思議な虚脱感を感じながら、
ぼくらは球場をあとにした。
5万人の観客が一斉に車で帰るから大混雑するけど、
ふわふわした気持ちだったから気にならなかった。

そんなふうにして、
このすばらしい時間は終わった。
ああ、もっといろいろ思うことはあったけど、
わちゃわちゃしていてまとまらない。

思えば、それは昨日、ぼくが予想したとおりだ。
昨日のぼくが恥ずかしく思うくらい、
今日のぼくは舞い上がっている。

この日のテキストでこのコンテンツを
終わってもいいのだけれど、
なんだかわちゃわちゃしてうまく締められないので、
明日、あらためて最後の原稿を書こうと思う。

今日の原稿のオマケとして、
優勝を決める勝ち越しのタイムリーを打って
絶叫する大谷翔平の向こうに
映り込んでしまった糸井さんの写真をどうぞ。

それでは、また明日。
まずは、いまから大慌てで荷造りだ。

(つづきます)

2024-09-28-SAT

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