編集・濱田髙志、アンソロジスト。
装丁・祖父江慎、コズフィッシュ。
版元・吉田宏子、888ブックス。
あきれるほどすごい手塚治虫さん本を
つくったのが、この3人。しかも3冊。
天才漫画家の煌めくクリエイションを
時空を超えて受け止め、
21世紀の世に放つ、現代の三銃士たち?
聞けば聞くほど「おそろしい」、
その本の制作過程を、
5時間がかりで、うかがってきました。
諸事情あって取材は実に1年半以上前。
時節柄、そろってマスク姿の三銃士よ。
担当は「ほぼ日」奥野です。
第10回
いかに未来の漫画だったか。
- 濱田
- 祖父江さん、『珍念と京チャン』って、
最初
あんまり好きじゃなさそうでしたよね。
- ──
- 戦後すぐの、京都日日新聞での連載ですね。
どうしてですか。
- 祖父江
- いや、貴重だってのはわかるんだけど、
何だか、いろいろ雑なんです。
たとえば20回と21回で、
まったく同じ漫画が掲載されてたり。 - これ、間違ってるんじゃないかなあ。
- ──
- ほんとだ。
- 濱田
- 間に合わなかった可能性もありますよね。
- 祖父江
- 名前の読み方を間違えたりもしてるんで、
間違えて載せちゃった可能性も、
ぼくは、ゼロではないんじゃないかなと。
- ──
- なるほど、「雑」というのはようするに、
手塚先生じゃなくて、
当時の新聞誌面をつくっていた側が。 - でも、その同じ内容の20回と21回を、
今回の本では両方とも載せてるんですね。
- 祖父江
- そう。同じだからって省かずに、
ちゃんと、その時代の風がわかるように。
- ──
- 同じ漫画が届いちゃったこともあると。
このころは。
- 祖父江
- そうです。
- 20回目はこれ、21回目もまた同じこれ。
そういうところも大切にしてます。
- 濱田
- ただタイトルの部分だけ、ちがうんです。
- ──
- あ、本当だ。
- 祖父江
- ここも、どうしてこうなったのか、
けっこういろいろと調査したんですよね。
- 吉田
- スクラップにはタイトルがなかったり、
ミニコミ誌に
いちどまとまったことがあったので、
それと照合させたり、
いろんな証拠をかき集めて調べました。
- 祖父江
- たとえばミニコミなんかで
手塚ファンの人たちがまとめた場合は、
研究者とは考え方がちがうので、
ベタが薄くなってるようなところは、
読みやすいように
スミで塗り潰しちゃったり、
きれいにしちゃってる可能性もあるなと。 - そのへんが難しいんですけど、
ぼくらは、
なるべく「最初に印刷された状態」を尊重して、
オリジナルの原稿が
どうだったかっていうよりも、
「この状態で、読者に届いたんですよ」
という方針を大事にして、つくりました。
- ──
- 徹底してます。いつもながら。
- 祖父江
- まあ、あまりにもゴミだらけだったので、
あるていどはきれいにしてますが。
- 濱田
- で、話を戻すと祖父江さん、
その後『珍念と京チャン』のことは、
好きになったんですよね。 - 読んでいくうちに。
- 祖父江
- うん、好きになったんです。
かわいいもんね。
- 濱田
- だんだん愛着が湧いてきたらしい(笑)。
- 祖父江
- これって、京都の新聞社でしょ。
- 京都ならではの漫画を描いてくれって、
頼まれて描いてるんじゃないかなあ。
ご自身で考えたのか、編集の人から、
一休さんみたいな‥‥って言われたのか、
そのへんはわかんないんですけど。
- ──
- 祖父江さんが「研究者」ですね。
- 祖父江
- いやいやー、本物の研究者さんのために、
この本では
細かいことをいろいろやってるんだけど、
なかでもね、とくにおもしろいところは
「左横組み」が「早い」の。
- ──
- あー、タイトルの‥‥。
- 祖父江
- そうそう。このころの新聞を見ると、
広告なんかは、
まだまだ「右横組み」が多いんですよね。
そこで『マアチャンの日記帳』を見ると、
「左横組み」でしょ。ほら。ほらほら。 - ここ、がんばっているんじゃないかなあ。
- ──
- がんばってる?
- 祖父江
- いろんなことが、想像できるんですよね。
- 当時、一般的には、まだ横組みは右から書いてる。
でも、手塚先生は、いちはやく
左横組みという意思を貫いたのかもとか。
- ──
- ああ、そのあとの『珍念と京ちゃん』は、
「右横組み」に戻ってますもんね。
『マアチャンの日記帳』では
「左横組み」にしたい気持ちがあったと。 - 掲載媒体のちがいとかも、あるのかなあ。
- 祖父江
- 『マアチャンの日記帳』という作品が、
いかに、手塚少年の思い描いた
「未来の漫画」だったか。
そのことが、わかるような気がします。 - 「マアチャン」の連載予告が載ったのは、
ちょうど1946年の1月1日の「人間宣言」で、
天皇も人間になっちゃったときなんです。
どんどん世の中に英語が出てくるときに、
これからの日本はきっとこうだ、
という気持ちのあらわれなのかなあって。
- ──
- すごい。まだ10代の少年が、そんな。
- 祖父江
- で、このあとはどうなっていくでしょう。
作品名は『ロストワールド』です。
- ──
- 英語だから、左? あ、タテになった。
- 祖父江
- そうなんですよ。
なんでここでタイトルをタテにしたのか。
やっぱり手塚先生は、
右横組みが嫌いだったんじゃないかなあ。 - 日本語を、右からは並べたくない。
そういう気持ちがあったのかも。
- ──
- これ『ロストワールド』の「ロスト」が
「R」になっていて、
コナン・ドイルの
「失われた世界」が念頭にあったのなら
まちがってるのかもしれないけど、
でも、そんな言葉を、
戦後すぐの10代が使ってるなんて。
- 祖父江
- この『火星から来た男』という作品だと、
最初はタテ書き、
途中の‥‥ここから左横組みになってる。 - この歴史よ。
- ──
- 「前回のあらすじ」が入ってる回もある。
あ、四コマだけど続きものなのか。
- 祖父江
- もしかしたら、展開によっては、
読者から「意味わかんない」みたいな
クレームが来たのかなあ。 - でも、そのへんは、
読む人によって解釈は自由だから、
なるべく当時、連載されていた状態に
忠実につくりました。
- ──
- ここの青字は「注釈」ですか。
- 祖父江
- はい。あまりに字が読めなかったんで。
読みやすくしています。
- 濱田
- 文字が飛んじゃってるんですよ。
たぶん、はじめの新聞の印刷の段階で。
- 祖父江
- 「アッ目が回る」
「ちょっとの心棒ですよオ」
「もう三次元へもどれました」 - 読めない人もいるだろうということで、
そこは解読した文字を青で入れました。
- ──
- いたれりつくせり。色までわけて。
- 祖父江
- ファンの方々はもちろんですが、
研究者の人にも伝えたいなあと思って。
(つづきます)
2024-11-06-WED
-
手塚治虫さん三部作、
888ブックスのサイトで
特典つきで販売中!新聞漫画集成『マアチャンの日記帳』と
初の商業出版となる 『ロマンス島』をセットにした
『手塚治虫アーリーワークス』(20000円+税)。
意欲作「タイガーランド」と
「アバンチュール21」をはじめ、
初単行本化作品を含む8作品を収録した、
3分冊からなる豪華作品集
『手塚治虫コミックストリップス』(12000円+税)。
そしてなんとなんと、
手塚先生が10歳から15歳のときに描いたという
『ママー探偵物語』(22000円+税)。
そんな、あきれるほどすごい3部作が、
濱田さん+祖父江さん+吉田さんの3人組によって、
つくられてしまいました。
手間とコストがかかりすぎているので、
このままのかたちでは増刷不可能だろうとのこと。
今回のインタビュー全編を通じて、
その魅力について語っていただいているのですが、
収録時間約5時間の全18回と、なにぶん長大。
いったいどんな3部作なのか、
スライドショーで、いちはやく、ご確認ください。
888ブックスさんのサイトで購入すると、
それぞれに、素敵な特典がついてくるそうです!