編集・濱田髙志、アンソロジスト。
装丁・祖父江慎、コズフィッシュ。
版元・吉田宏子、888ブックス。
あきれるほどすごい手塚治虫さん本を
つくったのが、この3人。しかも3冊。
天才漫画家の煌めくクリエイションを
時空を超えて受け止め、
21世紀の世に放つ、現代の三銃士たち?
聞けば聞くほど「おそろしい」、
その本の制作過程を、
5時間がかりで、うかがってきました。
諸事情あって取材は実に1年半以上前。
時節柄、そろってマスク姿の三銃士よ。
担当は「ほぼ日」奥野です。
第11回
何、この「にょろ挟み」は。
- ──
- ちなみに『アーリーワークス』には、
手塚治虫先生の17歳のデビュー作から、
何歳までの作品が載ってるんですか。
- 祖父江
- いい質問ですね。
えーっと、1959年。30歳くらいです。
- 濱田
- 昔の「復刻本」の場合、編集者が勝手に
上から絵をなぞったりしてるんです。
手書き文字を活字に変えちゃったりとか。 - 以前に出ていた「マアチャン」は、
編集者が、
途切れた線を上からなぞっちゃってます。
つまり、手塚先生の線じゃないんです。
- ──
- えー、絵まで「修正」しちゃってた。
- 描き版のこともはじめて知りましたけど、
出版界の常識というものは、
時代時代で、こうも変わってるんですね。
- 濱田
- もうね、目を塗りつぶしちゃったりとか。
すごいんです、いまの感覚からすると。
- 祖父江
- ぼくは、何かの「復刻版」が出たときに、
現代の書体で
文字を打ち直してるのを見るたびに
読む気がヘナヘナしちゃうんです。 - どうして当時の文字で載せないんだろう。
読みにくくても、
そっちの方が「わかるの」に。
だから、
復刻版が出たら、まず「文字」を見ます。
編集でビジュアルを修正し過ぎてないか、
チェックから入るんです。
- ──
- その点、今回のシリーズは当然。
- 祖父江
- 「当時のまま」です。
- こういう書体を使ってたんだってことも、
疎かにしてはいけないポイントですね。
読みやすいようにと思って、
今風の書体を入れちゃったら、
それはもう、「復刻」ではなくなります。
- ──
- 編集者として肝に銘じておきます。
- 祖父江
- 直すにしても今風の書体じゃなく、
当時も使われていた書体にしたりとかね。
そのうえで、そのことを、
どこかに書いておかなきゃダメです。
- 濱田
- 変えてますよという合図を入れておく。
- 祖父江
- ぼく、吉屋信子さんが好きなんですよ。
で、吉屋さんの作品って、
当時の活字で、
当時の表記じゃないと読むが起きない。 - 『花物語』なんかも、
「そうですか、ありがとう」って文章は
「さうですか、ありがたう」って
当時の表記のまま、
当時の活字で打たれていないと、ダメ。
- ──
- ダメというのは。
- 祖父江
- 現代的フォントで、
現代表記にされちゃったとたん、
気持ち悪くて触れません。
- ──
- 触ることさえできないんですか!
- 祖父江
- なんでこの世界観なのにこの書体なの‥‥って、
思っちゃうんですよー。 - 吉屋信子のよさは、
ストーリーだけにあるんじゃないんですよ。
- ──
- なるほど‥‥。
- 祖父江
- 当時の文字に近いものを選ぶとかなら、
まだわかりますけどね。
- 濱田
- これね、版ズレとかも。
- 祖父江
- はい、ちゃんとそのまま残しています。
- 色も、刷りたてだったときは
こうだったんじゃないかなって感じに。
- 濱田
- 家電メーカーのPR誌に載ってたのは、
何て作品でしたっけ。 - ああ、『電子(でんこ)夫人』か。
- 祖父江
- そうですね。で、『ぐっちゃん』には、
ひらがなの『ぐっちゃん』と
カタカナの『グッちゃん』があります。 - 表記統一の歴史の短さがわかりますね。
表記がそろってるかどうかが
重要になったのって、最近なんですよ。
- ──
- われわれ編集者が
目を皿にしてチェックして、
それでも見落としちゃったりしている、
あの表記統一も、比較的最近の話。 - 祖父江さんとお話していると、
本や印刷の歴史が、ひもとかれますね。
- 祖父江
- ちなみに、ひとつ言ってもいいですか。
- 最近の風潮で、
ぼくが気になってるのは「記号」です。
- ──
- 記号。
- 祖父江
- つまりタイトルに「記号」が入ったら、
それも
タイトルの一部として扱ってることが、
すごく多いんですよ。 - わかりやすい例だと、
サブタイトルに「~(にょろ)」って、
入れたりしがちじゃないですか。
- ──
- しがちです‥‥はい。
- 祖父江
- しがちですね。たとえば
「ぐっちゃん、にょろ、春の嵐、にょろ」
(『ぐっちゃん~春の嵐~』)
みたいな感じで。 - これはですねえ、間違ってるんですよー。
- 吉田
- えー。えー。
- ──
- 間違っている、というのは‥‥。
- 祖父江
- 「にょろ」は文字じゃなく記号だから、
「デザインの1項目」なんです。 - ようするに、「春の嵐」の部分が
サブタイトルだとわかればいいわけで、
「~(にょろ)」を使う必然性はない。
デザインの中に
文字と記号を混ぜちゃいけないんです。
- 吉田
- あー、なるほど。
- ──
- サブタイトルとしてわからせるために、
編集側で「~」と指定するのは、
デザインの領域に
首を突っ込みすぎてるってことですね。
- 祖父江
- 記号とテキストが混ざりすぎてますね。
ま、最近そんなことを思うんです。 - この「にょろ挟み」なんなの‥‥って。
- 濱田
- 「にょろ挟み」(笑)。
- 祖父江
- 「にょろ挟み」は、レイアウトが
たまたまセンターぞろえのときの記号で、
頭ぞろえだったら「頭のみにょろ」ですし、
文字サイズや書体が変われば
「にょろなし」になります。 - これから編集のお仕事を志す若者には、
ぜひとも注意していただきたい。
- ──
- 若者ではありませんが、
いま、肝に銘じました。
- 濱田
- 銘じました。
- 吉田
- 銘じました。
(つづきます)
2024-11-07-THU
-
手塚治虫さん三部作、
888ブックスのサイトで
特典つきで販売中!新聞漫画集成『マアチャンの日記帳』と
初の商業出版となる 『ロマンス島』をセットにした
『手塚治虫アーリーワークス』(20000円+税)。
意欲作「タイガーランド」と
「アバンチュール21」をはじめ、
初単行本化作品を含む8作品を収録した、
3分冊からなる豪華作品集
『手塚治虫コミックストリップス』(12000円+税)。
そしてなんとなんと、
手塚先生が10歳から15歳のときに描いたという
『ママー探偵物語』(22000円+税)。
そんな、あきれるほどすごい3部作が、
濱田さん+祖父江さん+吉田さんの3人組によって、
つくられてしまいました。
手間とコストがかかりすぎているので、
このままのかたちでは増刷不可能だろうとのこと。
今回のインタビュー全編を通じて、
その魅力について語っていただいているのですが、
収録時間約5時間の全18回と、なにぶん長大。
いったいどんな3部作なのか、
スライドショーで、いちはやく、ご確認ください。
888ブックスさんのサイトで購入すると、
それぞれに、素敵な特典がついてくるそうです!