編集・濱田髙志、アンソロジスト。
装丁・祖父江慎、コズフィッシュ。
版元・吉田宏子、888ブックス。
あきれるほどすごい手塚治虫さん本を
つくったのが、この3人。しかも3冊。
天才漫画家の煌めくクリエイションを
時空を超えて受け止め、
21世紀の世に放つ、現代の三銃士たち?
聞けば聞くほど「おそろしい」、
その本の制作過程を、
5時間がかりで、うかがってきました。
諸事情あって取材は実に1年半以上前。
時節柄、そろってマスク姿の三銃士よ。
担当は「ほぼ日」奥野です。
第12回
やっと『ロマンス島』の話。
- ──
- あまりに長時間トークに及んだため、
吉田さんが帰ってしまいました。
- 濱田
- 次の予定があるそうです。
- ──
- 企画編集、ブックデザイン、版元の
三位一体が崩れてしまいましたが、
今日の話、まだ、先は長いですよね。
- 濱田
- そうですね。そろそろ
次の『ロマンス島』の話をしないと。
明日になっちゃう。
- 祖父江
- これ(『ロマンス島』)って、
いつからやろうってなったんだっけ。
- 濱田
- つくっている最中ですね。
せっかくだからこれも出したいねと。 - 何時間か前にも言いましたが、
文庫の全集を全巻予約した方だけが
もらえる特典だったので、
いずれ何かの単行本に入るだろうと
思ってたんだけど、その気配がない。
- ──
- たしかに聞きました。数時間前に。
- 濱田
- そこで、原稿が残ってるのなら、
あらためて
本にしたいという話をもちかけたら、
吉田さんも「やりましょう」と。
- ──
- そのときの気持ちを
吉田さんにコメントしてほしいけど、
彼女はもういない‥‥。
- 濱田
- まあ、躊躇はなかったと思いますよ。
たぶんですけど。 - 祖父江さんにお願いして、
やっちゃえみたいな感じになってた。
このときも
スキャンにはこだわったんです。
原画ではベタを塗ってない「頭」が、
特典本では黒くなったりしてる。
つまり、さっき言ったように、
編集者が塗っちゃってたんですよね。
- ──
- 逆に、頭、白くてOKなんですか?
- 濱田
- 未完成の原稿なんです。
- ぼくらも最初、何で頭が白いのかと
いぶかしんでいました。
でも「未完成」だと判明したので、
あえて黒くは塗らず、
祖父江さんに、
原稿のままに再現してもらいました。
- ──
- どうして未完成だったんですか。
- 濱田
- 発表しようと思って描いていたのに、
結局、発売されなかったんです。
なぜかと言うと、この「薄墨」が、
当時の印刷技術で再現できなかった。 - そのために、
「全ページがボツ」になったんです。
- ──
- ええっ、それだけで‥‥というのは、
あまりに印刷やデザインに対して
失礼な発言だと思いますが、
でも‥‥完璧には印刷できないから
「全ボツ」に!
- 祖父江
- そうなんです。
- 濱田
- 当時の出版社の判断で。
- 祖父江
- で、出版されなかったことによって、
「原画が残ってた」んです。
- 濱田
- そう。当時、出版されていたら、
原稿たぶん戻ってきてないんですよ。 - 漫画家の手元には。
- ──
- 原稿をきちんと保存したりとか、
漫画のギャラリーをつくったりとか、
そのあたりのことを
もっとちゃんとしようという動きは、
ここ最近のことですもんね。
- 祖父江
- ごぞんじ『新寳島』って、
印刷物を復刻して出してるんですが、
もくじのページに、
版画版作画「佐々木正敏」さん、
というクレジットがあります。
- ──
- あ、ホントだ。つまりこの方こそが、
先ほど話題に出てきた描き版師さん。
- 祖父江
- そう。他の漫画に比べると、
丁寧に絵が起こされているようには
見えるんだけど、
やっぱり、ところどころ
手塚先生じゃないタッチがあります。
- ──
- 何かがちがうぞ‥‥と?
- 祖父江
- 絶対描かないじゃん、こういう線。
- 濱田
- このへんの顔とかも、ちがいます。
- 祖父江
- 脇役で、描き版師の絵かどうかが
よくわかる。
ちょっと手を抜いちゃうんですよ。 - だから実際どんなタッチだったか、
そのへんは謎なんです。
印刷したあと、
もとの原稿は破棄されてますから。
- ──
- その点『ロマンス島』は、
オリジナルの原稿が残っていたと。
- 祖父江
- そう。印刷されなかったおかげで、
残されていたんです。
だからこそ、とても貴重なんです。
ただ「頭のほうのページ」だけがない。
人に見せたまま戻ってこなかった、
みたいな可能性もあるのかな。
- ──
- それで、物語が中途半端な場面から
はじまってるんだ。
最初のページには
「原稿不明」とだけ書かれています。
- 祖父江
- わからないですものね。
それと、
どういう紙に描いたかも気になりますね。 - 光にかざしたら、透かしが入ってた。
「MBS CHAMPION BOND」って。
つまり「ボンド紙」に描いたんだと。
- ──
- ボンド紙。
- 祖父江
- 海外の、手紙用のうすーい紙ですね。
ボンド紙って、
お習字の半紙のような薄さなんです。 - 透かしは透かしとして載せるべきだ、
ということで、
勝手に透かさせていただきました。
- ──
- 「再現」への飽くなき追求‥‥。
- 濱田
- この透かし、好評でした。読者から。
- 祖父江
- あ、ほんと。よかったー。
- 当時の紙のことはあまり知識がないんだけど、
詳しい人に聞いたときに
いろいろ教えてもらえるとうれしいんですよ。
- ──
- じゃあ、その「透け」感についても、
詳しい人にヒアリングして。
- 祖父江
- そう。ページをめくっていったとき、
どんなふうに透けたか‥‥
裏面がこんな感じで透けてたとかの写真を
載せてます。
すっごく薄い紙に描いてるんですよ。 - あと、薄墨の表現がデリケートだったので、
そこを大切に製版するべきだと思い、
中でも「ここは!」ってところは、
暗い薄墨の中に、
ベタで描いてるコマもあるんですよ。
- ──
- 薄墨の中に、ベタ?
- 祖父江
- そこは、どこかと、言いますとー。
さ、が、す、と、で、な、い。
探すと出ないー。探すと出ないー。
- ──
- 薄墨の中に、ベタ‥‥。
- 祖父江
- 探すと出ないー。探すと出ないー。
とんとん拍子で出ない。
あ、出た! これだ! ここここ。
- ──
- あー、本当だ! 腕のところ!
- 祖父江
- 背景を、かなーり暗く薄墨で塗って、
そこにベタで腕を描いてるんです。 - この見た目を実現させるためには
1色では無理だと思い、
まさかの2色刷りいいですか、と。
- 濱田
- そう。吉田さんに。
- 祖父江
- えっ、なんで2色、必要なんですか。
原稿は1色ですよ!
‥‥って言われたんだけど、
結局は2色を許してもらったんです。
- ──
- そのときの気持ちを
吉田さんにコメントしてほしいけど、
彼女はもういない‥‥。
- 祖父江
- 薄墨をどう製版するか、
黒をどう表現するか、
濃いところは、どれくらい刷るか。
ライト部はどうするか。
そのテスト見本が、これ。
- ──
- 2、4,6‥‥8パターンもある。
- 祖父江
- 淡さをどれくらい拾うか。
濃い部分と黒ベタの差をどうするか。
このコマで
製版の方向性を考えたんです。
- ──
- ‥‥‥‥‥神が宿るほどの微妙さです。
- 濱田
- ぼくらも、これを見せられて、
どれがいいでしょうって‥‥ねえ。 - 最終ジャッジは、
祖父江さんにお願いするしかなく。
(つづきます)
2024-11-08-FRI
-
手塚治虫さん三部作、
888ブックスのサイトで
特典つきで販売中!新聞漫画集成『マアチャンの日記帳』と
初の商業出版となる 『ロマンス島』をセットにした
『手塚治虫アーリーワークス』(20000円+税)。
意欲作「タイガーランド」と
「アバンチュール21」をはじめ、
初単行本化作品を含む8作品を収録した、
3分冊からなる豪華作品集
『手塚治虫コミックストリップス』(12000円+税)。
そしてなんとなんと、
手塚先生が10歳から15歳のときに描いたという
『ママー探偵物語』(22000円+税)。
そんな、あきれるほどすごい3部作が、
濱田さん+祖父江さん+吉田さんの3人組によって、
つくられてしまいました。
手間とコストがかかりすぎているので、
このままのかたちでは増刷不可能だろうとのこと。
今回のインタビュー全編を通じて、
その魅力について語っていただいているのですが、
収録時間約5時間の全18回と、なにぶん長大。
いったいどんな3部作なのか、
スライドショーで、いちはやく、ご確認ください。
888ブックスさんのサイトで購入すると、
それぞれに、素敵な特典がついてくるそうです!