ほぼ日でデザイナーをしている土屋が
子どもの頃に、表紙の絵に惹かれて
夢中で読んでいた本は
挿絵画家・三木由記子さんが描いたものでした。
その頃から、何十年も時が経って、
あの絵を描いていた三木さんにお会いしたい、
お会いしてどんな気持ちで描いていたかを知りたい、
という思いからスタートした、このインタビュー。
2024年の初夏、土屋が三木さんの仕事場に伺い、
じっくりお話を聞きました。
文章の担当はほぼ日のかごしまです。
三木由記子(みきゆきこ)
1952年広島生まれ。
東京芸術大学美術学部工芸科卒業。
デザイン会社勤務を経て、1978年に独立。
児童図書の仕事に専念する。
福永令三氏の青い鳥文庫「クレヨン王国」シリーズの装画を手がけるほか、「魔法のベッド」、「アンデルセン童話集」(講談社)、絵本に「宮沢賢治どうわえほん3・6」、「詩画集・クレヨン王国ファンタジーランド」(いずれも講談社)などがある。1992年から2000年まで光村図書の小学校6年生の国語の教科書に掲載された作品「赤い実はじけた」(名木田恵子・作)の挿絵も担当した。
- ──
- 三木さんの絵が好きだった人に向けて一言ありますかと
事前に質問をしていたんですが、
以下のようにお答えいただきました。 - 雨の日に小さな女の子が傘をさして
じっと立っていました。
その女の子のなんと幸福そうな顔!
お母さんが呼んでも動こうとしません。
お母さん曰く、
彼女は軒先から傘に落ちる雨の音を
うっとりと聞いているのだと。 - そのときわたしは愕然として気づきました。
その女の子の幸福な顔が
全てを語っていました。
女の子は人生で初めて聞く、
空から水が落ちてきて傘にあたって弾ける音に
新鮮な驚きや喜びを
全身で感じ取っていたのでしょう。 - いったいわたしは何に囚われていたのだろうか、
毎日あくせくして、悩んだり迷ったり‥‥ - 以来、世界は新鮮さに
満ちあふれていることに気づきました。
雨の音や風の音、たった1枚の葉っぱにも
驚きと秘密がいっぱいだったんです。 - このエピソードを読んで
なんだか涙が出そうになりました。
- 三木
- わかります?
この女の子はうちのお嬢さんです。
孫なんです。 - 子どもを育てているときはただただ大変でした。
皆さんそうだと思うんですが忙しくて余裕がない。 - 雨音なんて当たり前のことだと思うでしょうが、
あれはわたしにとって奇跡のような瞬間だったんです。
当たり前のことが当たり前じゃなくなりました。
- ──
- それはいつ頃の話なんですか?
- 三木
- 孫は5歳だから2、3年前です。
- ──
- では三木さんはこのときに変わったんですね。
- 三木
- うふふ‥‥そうとも言えますね!
なんて新鮮なんだろうと思って。
目の前に在るのに見えてなかったというショックでしょうか。
- ──
- 最後のこのエピソードが、
ちっちゃな女の子の話だったことと、
児童文学の挿絵をずっとやってこられたことと
すごく関係をしているんじゃないかなと思うんですけど。
三木さんの中にも、
やっぱり小さなときの鋭い感覚みたいなものが
残ってらっしゃるというか。
- 三木
- そうであってほしいですね。
2〜3歳ぐらいの子がいちばんなにかあるのかもしれないです。
- ──
- 三木さんの出雲の原風景も3歳くらいのときですしね。
- 三木
- そうなんですよ。
それがとても鮮やかだけど、
でもウソじゃないとは思うんです。
あまり人には言わないで、
心に温めて、ときどき小出しにしています。
3歳までが神様の子ですから。
- ──
- 「3歳までが神様の子」とおっしゃるのはどうしてですか?
- 三木
- まだ人間になっていない、
半分天使のような存在かなって思うから。
3歳までにいろいろ経験して、
「この子、天才?」と思うのがこの時期らしいですよ。 - 眼の前を通った車の名前を全部言えるとか。
すべて吸収して全部覚える。
そして6歳ぐらいで吸収してきたものをセレクトしていって、
少しずつ人間になっていく。って
- ──
- 聞いたことはあるような気がします。
- 三木
- 小さい子と接するのは面白かったです。
純粋な魂と接しているって感じで。
ほんとに宇宙人か天使か、みたいな。 - そういう体験はもう絵本の世界ですよね。
- ──
- 2歳から3歳までは感覚を開いていて、
その後は取捨選択していく。
そう思ったときに、
絵本を読んで字がわかるようになってくる
捨てている年齢の子どもに、
絵本が小さなときの感覚を改めて教えてくれるという
役割があるかもしれませんね。
- 三木
- あると思いますよ。
絵って大事なんですよ。子どもは絵にすごく反応しますね。
文字よりも、写真よりも、絵に、
それも手描きの絵に反応しますね。
絵本はいっぱい見たほうがいいと思う。
- ──
- 世界はやっぱり美しいんだよっていうことを、
絵本を通して学ぶ‥‥。
絵本を作るって素敵なお仕事ですよね。
- 三木
- そうですね。
わたしも過去にそういうことがわかって
描いていたらいいんですけど、
わたしの場合はまったく考えてなかった‥‥。
- ──
- 3歳までの子のように
世界を新鮮に感じることを、
大人の自分もできるといいですよね。
- 三木
- これがあるとね、日々が楽しくなる。
見るものすべてがどんなに新鮮に見えることか。 - 葉1枚、その辺に落ちている石ころ1個、
それがどんなに新鮮か、豊かかわかってきて、
こんなにいい世界に生きているんだなと思えて、
わたしには大発見でした。
- ──
- 今されているジュエリーのお仕事でも、
自然をテーマにしていますね。
- 三木
- そうなんですよ。
「NAZUNA」のジュエリーは
花とか葉っぱとか自然のもので、
本当の花とか葉っぱから型を取って、
ジュエリーを作っているんです。 - わたしは、普通のジュエリーには興味がないんですが
このジュエリーは小さいけれど
世界に誇れるジュエリーなの。
ほんとです!
- ──
- お花など柔らかいものを型にしているんですね。
- 三木
- これはうちしかできない技術なんです。
例えば葉っぱなら表側だけでなく
その裏側も葉脈までがそのまんま出来上がってくる。
実在した植物の不思議な存在感のあるジュエリー。
最初は技術的になかなかうまく形にできなかったんですが
今はスムーズにすすむようになりました。 - 絵本や『クレヨン王国』の柔らかく包み込まれるような
感覚の仕事もとても好きですが、
今やっているジュエリーの仕事も心が研ぎ澄まされた
シャープな感覚で好きですね。
- ──
- 三木さんのお話を聞いてると、
語り口はやさしい感じの印象を受けるんですけど、
物を作ることにはアグレッシブだなと思いました。
この絵本もジュエリーも、情熱を感じます。
すごくクリエイティブな人なんだなって思いました。
- 三木
- そうですか、ありがとうございます。
でも私は全然アグレッシブじゃないです。 - 『クレヨン王国』を長く担当していた編集者の
大平さんからはいつも
「三木さんはすごくシャイですね」と言われていたんですよ。
恥ずかしがり屋っていうことらしいです。
あまり表に出ないタイプなので、
こういう絵を描きたいという主張もしないし。
描くときは周囲からなるべく離れてやっていましたしね。
アグレッシブな性格なら
もっと期待にこたえられたかもしれませんね。
- ──
- 三木さんが、ジュエリーの仕事を
お嫁さんたちに引き継ぐことで
これから自分のやりたいことにフォーカスする時間が
できそうですね。
どんなチャレンジをしたいですか?
- 三木
- 今やっている仕事はグラフィックデザインなんですが、
それをひろげていきたいですね。
今の仕事でつくったものを見てみます?
- ──
- はい。
- 三木
- ジュエリーとマーガレットやタンポポやバラなど、
実際の花とジュエリーの画像を合わせて
イメージを作っていくんです。
写真はわたしが撮影して、
別々に撮影したものを合わせるんです。
絵本に近い仕事かも。
大人の絵本を作っているような感覚なんですよ。
- ──
- きれいですね。
- 三木
- これはカタツムリとジュエリーを組み合わせて
つくりました。
デザイン科出身だからこういうことを
やっているんだと思うんです。
やっているうちに組み合わせることって
面白いと思っていて、
この路線で創作をやっていこうかなと
思っているところです。 - 振り返れば、『クレヨン王国』が私の人生で
とても重要な時間を占めているので、
関わらせてもらってよかったなと思っています。 - 絵本の仕事から離れて何年も経つけれど
結局ずっとわたしの仕事は
絵本に関連していたような気がします。
ほぼ日さんの取材の準備をする中でそういうことに気づいて
もういちど自分の絵に本気で向き合ってみたい、
という想いが小さく灯りました。
- ──
- 三木さんがこれから描く絵がすごく楽しみです。
ずっとお会いしたかった三木さんとお話ができて胸がいっぱいです。 - 今日はたくさんの絵を見ながらお話を聞かせていただき、
どうもありがとうございました。
(おわります)
2024-11-02-SAT
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クレヨン王国ワールド2024展示会開催のお知らせ
「クレヨン王国ワールド2024展示会」にて
三木さんの原画が見られます!
『熱海芸術祭』にて“クレヨン王国ワールド2024展示会”が開催されます。中国での刊行を記念して中国語版原本や表紙絵、挿絵の原画、アニメ「夢のクレヨン王国」関連グッズなどの資料を展示します。
[クレヨン王国ワールド2024展示会]
日 時 2024年11月13日(水)〜 25日(月)*火曜休催
会 場 熱海の癒 新かどや 熱海市小嵐町 14-8
入場料 100円(未就学児無料)