- ──
- 以前、石川さんに「山の怖さ」みたいな話を
うかがっていたときに
話題が『神々の山嶺』になったことがあって。
- 石川
- 夢枕獏さんの小説ですよね。読んだ読んだ。
- ──
- 僕は小説は読んでないんですけど
谷口ジローさんの描いたマンガ版を読んで、
大げさじゃなく
「山の怖さ」に震えた記憶があるんです。
- 石川
- あれは、怖いです。山のことを書いた物語を
山を知らない人が書いた場合、
「何だこりゃ」ってこともけっこうあるけど
あの小説は、
どうして、ああまでリアルに書けるのかって。
夢枕さん、登ったことないと思うんだけど
「登った人への取材」だけで
あんなにメチャクチャ怖いのは、すごいです。
- ──
- 石川さん、
あの本、エベレストで読んだんですよね。
- 石川
- あ、そうそう。よく覚えてますね。
- ──
- いや、そのときに石川さんが
「いま、自分は、話の舞台である
エベレストの吹雪のまっただ中にいるけど
この、いま読んでいる小説の世界のほうが
よっぽど怖いと思った」
っておっしゃっていて、
それが、すごく石川さんらしいなあと思って。
- 石川
- いやいや、だってほんとだから。
- ──
- 「当時の世界最年少記録で
世界七大陸の最高峰に登頂した」
って聞くと
「おー、かっこいい!」って憧れるけど
他方で、石川さんの
そういう「おもしろ成分」的なところは
一般に伝わってない気がします。
- 石川
- え、おもしろい‥‥ですかね?
- ──
- 程度の差はあれ
子どものころって「冒険的なるもの」に
憧れますけど
ほとんどの人が旅人にはなれませんよね。
だから、ぼくらからしたら
「すごいことするなあ」って思うのに、
石川さんご本人が
ひょうひょうとしすぎているというか。
- 石川
- そうかな。
- ──
- だって、外はエベレストで吹雪いてるのに、
「小説のほうが怖い」って
すごい感覚だし、仮にそうだったとしても、
あまりに正直すぎると思って。
- 石川
- まあ(笑)、たしかに
「当然、本物のエベレストのほうが怖い」
というのが、
求められているコメントかもしれない。
でも、それくらい、
あの『神々の山嶺』は、ふつうに怖かった。
- ──
- 石川さんが
エベレストのてっぺんに立ったときの動画、
見たことがあるんですけど、
それも、ものすごく「らしい感じ」でした。
さすがの石川さんも
上気して、高揚している雰囲気なんだけど
「やー、10年ぶり。うれしいなあ。
じゃ、今から降ります」みたいな(笑)。
- 石川
- 心のなかでは
すごくテンションあがってんですけどね。
- ──
- そんなに長いこと居られない場所だとは
思うんですけど‥‥。
- 石川
- うん、がんばって10分くらいですよ。
それに、頂上に立てたとしても
今度は、下へ降りていかなきゃならないから
テンションマックスになりきれなくて。
- ──
- エベレストのときは、何分くらいいました?
- 石川
- 7、8分ですかね。
でも、隣の山のマカルーに登ったときは、
夜中に着いちゃったんで
頂上直下で1時間くらい待機してたんです。
- ──
- 太陽が上ってくるのを。
- 石川
- 足の指先に血をめぐらせるために、
ずっと雪庇の根元を蹴り続けていました。
そしたら、一緒にいたシェルパが
「タバコ吸っていい?」って聞くんです。
- ──
- 地上8400メートル超ですよね、そこ。
- 石川
- うん。
- ──
- そんな高いところで
ひと昔前のレストランみたいな会話が。
- 石川
- だから別に、わざわざ聞く必要もないのに、
「タバコ吸っていい?」って。
それにちょっと俺、グッときちゃって。
- ──
- タバコなんて持って行くもんですか?
- 石川
- いやいや、
4つしかないポケットに何を入れてくか、
厳しく選別していく世界ですよ。
無線を入れて、カメラを入れて、
500ミリリットルのボトルを入れて‥‥とか
徹底的に、
ガッチガチに軽量化して頂上へ向かうんです。
- ──
- ええ。
- 石川
- タバコなんて
いちばんはじめに捨てていくものですよね。
でも彼は、バサン君っていうんですけど、
マカルーの頂上直下で
本当においしそうに、タバコを吸うんです。
- ──
- タバコは吸いませんが、さぞかしうまそう。
- 石川
- で、吸い殻を「ポイ捨て」した。
- ──
- おお。
- 石川
- そしたら、ちびた吸い殻が
チベット側にスーッと吸い込まれていって‥‥
その光景が
今も脳裏にクッキリこびりついてますね。
- ──
- うまく言えないんですが、
「高峰マカルーの思い出」として
そういうことを、うれしそうに話すところが
石川さんのおもしろさだと思う。
- 石川
- そうですかね。
- ──
- あの、石川さんって、これまで、
実にいろんなものを食べきたと思うんですが
いちばん不味かったのって、何ですか?
- 石川
- 突然ですね(笑)。知ってると思うけど、
ぼく、知り合いの間では
舌が肥えていないことで有名なんですよ。
味オンチっていうか、何を食べても
それなりに食えるじゃんって思うんです。
- ──
- 便利な体質ですよね(笑)。
- 石川
- 行列ができるラーメン屋のラーメンも
閑古鳥が鳴くラーメン屋のラーメンも
等しく「ラーメンだな」と思って食えるんだけど
20歳のとき、ミクロネシアで
「星の航海術」を学んでいたときに
カヌーの上で出された「保存食」は
「あ、これは食えない」って、瞬間的に。
- ──
- 石川さんをもってしても、無理。
- 石川
- この20年間、世界中あちこち歩いて、
ゲテモノから何から
出されたものはぜんぶ食べてきたんだけど
あれは、難しかったです。
- ──
- 具体的には、どんなものだったんですか?
- 石川
- なんか‥‥なんだろう‥‥
腐ったイモのような臭いの発酵食品で
全体的には
「噛みきれないガムがずっと酸っぱい」
みたいなシロモノでした。
- ──
- それは‥‥聞くだに厳しそう。
- 石川
- ネチャネチャ、ネチャネチャと
永遠に噛みきれないものが、ずっと酸っぱい。
でも、それ以外はたいがい食いました。
- ──
- ひとつ、石川さんのエピソードのなかでも
かなりの「鉄板」なのが
いわゆる「漂流カメラ」だと思うんです。
- 石川
- ああ。
- ──
- ご存知ないかたもいると思いますので
簡単に、ご説明くださいますか。
- 石川
- 2004年に
気球のスペシャリストの神田道夫さんと
気球で太平洋を横断しようとしたら
日本から1600キロくらい離れたところで
このまま飛び続けても
燃料が足らなくなることがわかって、
しかたがないから海に不時着したんです。
- ──
- 今、さらりと「しかたがないから」って
おっしゃいましたが、
そこ太平洋のど真ん中ですからね。大時化の。
- 石川
- マンションの屋上にあるような
貯水タンクを改造したゴンドラのなかで
何時間も荒波に揉まれて
ゲェゲェ吐いたいりして最悪だったんですが
幸い、パナマ船籍の貨物船に拾われて
生きて日本に還ることができたんです。
- ──
- そのとき太平洋に放棄したゴンドラが
4年半ののち、
地球を何周してきたのかわからないけど
日本の悪石島に漂着したんですよね。
- 石川
- 電話がかかってきて、びっくりしました。
ゴンドラのなかに残されていた荷物から
僕のことを割り出して
わざわざ連絡してきてくれたんですけど。
- ──
- そして、その荷物のなかから
石川さんが愛用していた一眼レフカメラが、
サビサビな状態で出てきたと。
それが「漂流カメラ」なんですけど。
- 石川
- ええ。悪石島というのは
鹿児島の先のトカラ列島にある島で
日食の観測ができたりするので
過去、何度か行ったことがあったんです。
- ──
- そのことを聞いて、石川さんのカメラが
4年半の地球漂流を経て、
主の通う、ちいさな島に帰ってきたんだと感動して
『はたらきたい展』という展覧会のときに
「はたらく道具」として
ぜひ、会場の一等地に展示させてくださいと。
- 石川
- ええ。
- ──
- お願いをして、快く、ご了解いただきました。
- 石川
- はい。
- ──
- ‥‥んですが、話はここからです。
展覧会初日の朝、石川さんから連絡があり
「例のカメラ、
絶対、家のどこかにあるはずなんだけど
見つからないんですよね」と。
- 石川
- そうでした‥‥ね(笑)。
- ──
- そうです(笑)。で、これから東北取材だから、
帰ってきたら探して見つけて連絡しますと。
だから、一等地にカメラの席だけ確保して
お待ちしていたんですが
待てど暮らせど
「お待たせしました!」の朗報は来ない‥‥。
- 石川
- あー。
- ──
- 会期終了3日くらい前の深夜、
僕も、石川さんのご自宅にうかがって
一緒に探したんだけど
それでも、見つかりませんでした。
- 石川
- そうでした。
- ──
- 太平洋を4年半も漂流して出てきたカメラを
石川さん、自分ちで失くしてる‥‥。
そのときは、そんなふうに思ったものです。
- 石川
- なるほど(笑)。
でも結局、その後、どうなったかっていうと、
「集英社の倉庫に
置きっぱなしにしていた」ことがわかって。
- ──
- ええ。すぐに、電話をくださいましたもんね。
「カメラがあったんですよ!」って。
展覧会は、すでに終了していたんですが‥‥。
- 石川
- ‥‥。
ええと、とにかく、
出てきたときは「失くしてなかった!」と
ものすごくホッとしたのを、覚えています。
だから‥‥うれしかったんでしょうね。
<つづきます>