いきものの先生 野村潤一郎
第7回 ものを言わない動物だから。
野村 職業柄、悩みを聞くことが多いんですけど、
僕はすぐ感情移入しちゃうんですよ。

ほぼ日 それじゃ診察もたいへんですね。
野村 そうですよ。ですから、
飼い主が症状を話す前に
「こうでしょ?」「ああでしょ?」って
言い当てられます。

「朝から晩まで、水飲んでるんじゃないですか?
 おしっこが近いでしょう」
「生理が長かったんじゃないかな?」
「最近、ちょっと太り気味ですね」
全部当てます。
「毎日ドッグフード何粒に、
 鶏のササミのゆでたものを食べて、
 あとはおやつがビーフジャーキーなんじゃ
 ないですか?」
とかね。
ガッと、相手の立場になっていくと、
見えてくるんです。

ほぼ日 すごい。食べものも当たってるんですか。
野村 いろいろ言っているうちに、
「そうです!」って
立ちあがっちゃう人もいますからね。
「何で知ってるんですか!」
ほぼ日 完全に患者の気持ちになっていくんですね。
野村 うん。そこまで入りこまないと、
わからないことが多いからです。
飼い主は、動物を病気にさせてしまったという
良心の呵責からウソをつくものです。
しかも、動物は「こうなんです」と
口で言ってくれないんですよ。
だから、全部見抜かなきゃいけない。
ほぼ日 それは獣医になられてから
磨かれてきたことなんでしょうか。
野村 そうです。必要だからです。
この仕事をしていくうえで、
動物とも人間とも
つき合っていかなきゃいけないからね。
僕は、人間も好きなんです。
ほぼ日 両方と‥‥
それから、こんなふうに取材を受けたりして。
野村 それは、申し込んでくれる人たちがいるからです。
相手が本当に必要としていることを
断るということは、基本的にしません。
犬が「骨を折りました」って、病院に来て
「いやぁ、面倒くせぇな、やりたくねぇな」
なんて言ったりすることと同じことです。
そんなふうに思ったら、
全部やらなくなっちゃう、そんなの。

ほんとは、楽なことだけやって
稼いでりゃいいんだもん。
でも、それじゃ真心不在の人だと思う。

僕は、仕事というのものは
等価交換だと思ってます。
何かをしたことで、感謝の気持ちが生まれて、
そこで出てくる何かによって
僕たちは生きてんじゃないかなと
思っているんですよ。

ほぼ日 でも、何でも引き受けていると
重荷になることもつけ込まれることも
あるんじゃないでしょうか。
野村 うん。でも、
許せなくちゃいけないと僕は思います。
僕の好きな人間は、許せる人間です。
「許せる」ということは、まさしく人間が
ほかの動物と違うところでしょう。
まぁ、許せることにも限度はあるけどね(笑)。
ほぼ日 人間らしさとは、
「許せること」‥‥。
野村 ゴミみたいな人間のほうが
絶対に楽です。
でも、それじゃ人間でいる意味がない。
ほぼ日 いやぁ、「いきもの」を軸にして
どんどん人間が見えてきますね。
野村 そうでしょ?
人間も含めたいきものの、
それぞれの持つ独特の十字架──つまり、
きまりごとのようなものを
全部ひっくるめて丸裸にして、
分析していくとわかるんです。

そうやってわかることを
整理していきます。
そして、ひとつひとつの事象について
結論を出し、納得し、整理整頓します。
それが、即座に戦力になって
僕の仕事に役立っていくんです。

ほぼ日 先生は獣医──というより
「いきものの先生」と呼ぶのが
ぴったりですね。
野村 うん。
その根底には、自分で言うのは何ですが、
やさしさがあると思います。
ほぼ日 そうなんですか。
野村 そうじゃなかったら、
脳みそを開ける研究をすると思います。
このやさしさは、
僕のおふくろからもらいました。
でもいまは、やさしすぎて、痩せちゃって、
ヨレヨレのライオンみたいに
なっちゃったよね! あーあ!
ほぼ日 ははははは。
先生は、この病院の院長ですが、
いつもむずかしい手術を
ご担当なさっているとか。
野村 僕は、言うなれば
ここの病院の最終兵器なんですよ。
うちの勤務医や
ベテランの看護婦さんたちが
「はぁ〜だめだ」と言って次の人に相談し、
「私でもだめだ」って、次の人に相談する。
もう「どうにもなんねぇ!」っていうときにだけ
「院長〜」って、やってくるんです。
そしたらボスキャラが
「ど〜れ〜?」って出ていく。
ほぼ日 ああ、だから手ごわいものが。
野村 そう。みんな、むずかしい症状ばかり。
全部手術になるんですよ。
ほぼ日 なるほど。
野村 今日も手ごわいのが3件ありました。
多いときは
1日で手術を12件やるんです。

1991年から2003年までの間には、
合計1万6000件の外科手術をやりましたよ。
そのうちの80%が、ガン・腫瘍の摘出でした。
だからほら、手術ダコできてんの。

必ずここに力がかかります。
人間の手術でも同じ。
だから病院で
「私が外科を担当します。安心してください」
なんて言われたら、
「先生、手、見せて」って言うといいですよ。

ほぼ日 手術ダコができているかどうか?
野村 「先生、利き手右? 左?」
「右ですよ」
「どれ?」
って、利き手の人さし指の第一関節を
見てください。
タコができてなかったら、
あんまりやっていない人です。
ほぼ日 そこで判断していいんですか?
野村 だってさ、
ヨレヨレのタケヒゴみたいな体の人が
「僕は関取なんだ」って言ったって、
信じられないでしょう?
ほぼ日 そりゃそうですね。
野村 ものすごーく太った人が
「中国雑技団です」と言ったって、
「どうやってそんな体で
 アクロバットするんだよ」
と思うでしょう? それと同じ。
カモシカは走るのが速いから
ああいう格好をしてるんです。
チーターも速く走るから、
頭がちっちゃくて、しっぽなんて縦に細くて、
10頭身をしてるんです。
外科医はやっぱり、
手術ダコができていないと。
  (つづきます!
 次回は最終回です)
2008-05-16-FRI
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