中沢 |
この映画が「すばらしいな」と思ったのは、
現代に生きているふつうの人たちが、
けがらわしいと感じたり、
遠ざけたいと思っている事柄を、
絶妙なバランスで、
美にまで昇華してるところだと思うんです。 |
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糸井 |
なるほど‥‥うん。 |
中沢 |
たとえば、ボランティアの人たちが
善意で、同じような仕事を手伝っていたとして。 |
糸井 |
はい、はい。 |
中沢 |
そのこと自体、すばらしいと思うんだけど、
「物語」としては、
ちょっと、ちがってくると思うんですよ。 |
糸井 |
そうだね。 |
中沢 |
社長である山崎努さんのもとには
うなるほどお金が入ってくるのかもしれないけど、
そのかわり、まわりの社会からの
偏見や差別には、
やっぱり、いろいろと、あるはずなんです。
そういう、いろんな事情が渦巻いてることを
匂わせながらも、
あの美しい儀式を静かに行うからこそ、
納棺師という職業の
深みとかすごみが、よく描けてるというかね。 |
糸井 |
それに、山崎さんは「拡声器」持ってない。 |
中沢 |
うん、そうそう。 |
糸井 |
ののしられても、頭を下げるだけ。 |
中沢 |
うん。 |
糸井 |
本木さん演じる主人公も、
妻役の広末さんにわかってもらえないときでさえ、
「オレは、正しいんだ」って
大きな声を張り上げてはいないんです。 |
中沢 |
そうだね。 |
糸井 |
むかしなじみの友だちに、
「あんな仕事、辞めろよ」なんて言われても、
「オレは、正しいことをやってるんだ」って
ことさらに、言わないんですよ。 |
中沢 |
そこに、真実味があるんだよね。 |
糸井 |
うん。 |
中沢 |
最初、この映画の話をうかがったたときに、
もっと「地味な広がりかた」をする
作品なんじゃないかなと、思ったんですよ。 |
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本木 |
はい。 |
中沢 |
内容的には、とってもいい映画だし、
一部の人には高い評価を得るんだろうけれど、
一般の人まで巻き込んで
大ヒットするような作品じゃないだろうなって。 |
本木 |
ええ、ええ。 |
中沢 |
でも、観てみたら、すっごくおもしろかった。
小山薫堂さんの脚本、山崎努さんの存在感。
もちろん、それらもすごかったんだけど、
やっぱりこの映画を成り立たせたのは、
本木さんのまじめさ‥‥だったなぁって思います。 |
糸井 |
ああ‥‥そうだね。 |
中沢 |
まったくね、てらいがなかった。
シュールな表現をするわけでもなく、
かといって
派手な演技をするわけでもないんだけど、
ぐんぐんぐんぐん、
ぼくら観るものを引き込んでいった。 |
糸井 |
うん、うん。 |
中沢 |
小山さんの脚本も、ほんとにうまいんだけど、
本木さんの演技には
それにすら動じない「まじめさ」があった。 |
糸井 |
とにかく、モックンが「その人」に見えたよね。 |
中沢 |
納棺師にね。 |
本木 |
ありがとうございます。 |
糸井 |
インドで「死を想った」15年前から
ずっとこころに描いてきた「納棺師」という役柄に
真っ正面から真剣に取り組んでいるんだなって、
ほんとうによくわかりました。 |
本木 |
でも、現場は、
「どこまでコメディーで、皮肉で、
劇的で、優しく」なのか‥‥
監督とともに、最後まで迷っていました。 |
中沢 |
ああ、そうですか。 |
本木 |
なにしろテーマが重すぎるから、
より「笑い」でいくべきだという意見もあって。
でも、やっぱり、
「まじめがゆえの笑い」を探しつつ、
現実感から離れないまなざしで‥‥という感じに
着地していきました。 |
糸井 |
そういう全部が、吉と出たんだろうね。 |
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本木 |
納棺師についてだけでなく、
人間の営みのなかには
本人たちがまじめであればあるほど、
こっけいに見えてしまう場面が
客観的には、あるわけじゃないですか。
でも、実際に、納棺師の人たちの話を
お聞きしていると、
やはり映画では語りきれない、
厳しい現実や、きつい現場があるわけです。 |
糸井 |
うん、うん。 |
本木 |
ですから、そのあたりのバランスといいますか、
表現上の「あそび」と、リアル感と‥‥
なんども、立ち位置をたしかめながら。
つくりながら、つねに「怖さ」がありましたね。 |
糸井 |
なるほど。 |
中沢 |
でも‥‥本木さんの、
その真剣な演技を観せられたからこそ
ひょっとしたら、この映画、
ヒットするかもしれないって思えたんだよ。 |
糸井 |
うん。そうだね。 |
中沢 |
だから、いろいろな要素が絡みあって、
まるで奇蹟のような、
不思議な成功のしかたをしたんだと思います。
この『おくりびと』って映画は。 |
糸井 |
強運も味方につけてるしね。 |
中沢 |
ベナレスのほとりで「死を想った」旅から、15年。 |
糸井 |
その15年の時間があったからこそ、
小山薫堂さんの脚本や、
山崎努さんの存在感と、めぐりあったわけで。 |
本木 |
ええ、そう思います。 |
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中沢 |
いやぁ、今日は、たのしかったです。 |
糸井 |
本当に、ありがとうございました。 |
本木 |
いえいえ、こちらこそ。 |
中沢 |
いまもまだ、ロングラン中でしょう? |
本木 |
はい、おかげさまで。 |
糸井 |
ほんと、おもしろかったです。 |
本木 |
でも、さすが、ことばのプロというか、
これだけ、たくさんの言葉をあやつれるかたに
語ってもらえるなんて、ほんとに‥‥。 |
中沢 |
いやいやいや、
本木さんがいちばんしゃべってましたから(笑)。 |
本木 |
え、そうですか? |
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中沢 |
ねぇ? |
糸井 |
うん(笑)。 |
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<おわります>
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