hobonikkanitoishinbun
 『音楽堂』ができるまで。  矢野顕子さんと吉野金次さんの、この10年。

その4  まだまだだな、まだまだだ!

ほぼ日 トレーラーには、
何度も何度も弾き直し、歌い直す、
矢野さんの姿がうつっていますね。
篠崎 矢野さんは、いいフレーズを思いついたら、
そっちへどんどん行く
タイプだと思うんですよね。
なので、回を重ねるごとに、
本当に、整っていくんですよ。
ほぼ日 じゃ、終わりがない‥‥?
篠崎 ないですね、多分。
ほぼ日 だから、吉野さんに最後を託すのかな。
最後は吉野さんに判断を委ねるじゃないですか。
「これでいい?」
「‥‥OK」。
篠崎 そうですね。
根本的には、その手前では
「こんなのダメ、あんなのダメ」とかって
(紙を丸めて捨てるしぐさ)
くしゃくしゃパーン、
くしゃくしゃパーンという感じで
どんどんどんどん行って、
ある程度のとこまで来たものに関しては、
もう、委ねていますね。
「いい日旅立ち」の時に
アレンジをどんどん変えていったんですよ。
どんどん作り上げていってて、
すごく新鮮にあの曲をあの場で
作っていったって感じだったんですけども、
その最後のほうに「♪いい日」って
(オリジナルとは異なる)
半音で下りるフレーズにアレンジして、
矢野さんがちょっと歌い、
何回かトライして、まだ完璧にならない時、
「どうかな、吉野さん」という矢野さんに、
吉野さんがこうおっしゃったんです。
「あの『♪いい日』って
 半音で下がるとこがとても面白い」。
そしたら、その次のテイクから
後半のアレンジがとんでもなく
発展していきました。
ちいさなこころみを、
エンディングにふさわしいほどのフレージングに
アドリブで発展させる感じとかが、
2人のコミュニケーションの面白さです。
ポンと投げた石がバーッと
音楽的に広がっていくというのが面白いんです。
そういうクオリティで、
すぐに対応できる矢野さんも面白いし‥‥
ほぼ日 「面白いね」って石を投げられる吉野さんも。
篠崎 そう、そうなんです。
ポンと面白いところを引っ張ってくるんです。
ほぼ日 それにしても矢野さんが
「いい日旅立ち」を
歌うとは思いませんでした。
ご自分で選ばれたんですか。
篠崎 そうです。
大阪のフェスティバルホールがなくなる、
一番最後に、南こうせつさんとかいろんな方々が
一堂に会したコンサートがあって、
その時に久しぶりに谷村さんと
矢野さんが会ったんです。
ほぼ日 面識があるんですね。
篠崎 すごく昔から関わりがあったみたいで、
谷村さんは矢野さんのことを
音楽的にとてもいいと
思ってくださってるみたいです。
その時に「『いい日旅立ち』っていい曲だよね」
みたいなことを
ちょっと矢野さんが言ってたなと思ったら、
ここで突然バッと出て。
ほぼ日 はぁ‥‥これ意外でした。
好きな歌ですけど、ビックリしました。
篠崎 でも、全然悲壮感がなさ過ぎて、
いいのかって(笑)。
ほぼ日 明るい旅立ちですよね。
「あれ? メジャーだっけ、この曲」って(笑)。
篠崎 じつは谷村新司さんが、
「いい日旅立ち」を聴き、
コメントをくださったんですよ。
ほぼ日 わぁ、読ませてください!

初めて逢った40年程前の夜、
赤坂の小さなジャズクラブで
弾き語りをしていた少女に驚きました。
その存在感と歌声に吸い込まれるように、
ただじっと君を見つめていました。
その時から君は
世界にたった一つのものを持っていました。
こうして時が流れても、
どんなに世界が変わっても
キラキラしている君が大好きです。
音の吟遊詩人の歌声に包まれて
あの日が一瞬で甦りました。
これは40年過ぎて初めて書く
尊敬する君に贈るラブレターです。
歌ってくれていてアリガトウ!
やさしい音をアリガトウ!
またいつか偶然のように逢いましょう。

谷村新司

ほぼ日 うわぁ。
谷村さんといい、吉野金次さんといい、
矢野さんの歴史をすごく感じますね‥‥。
あの、話がトレーラーにもどりますが、
矢野さん、『ピアノが愛した女。』のときは
もっと厳しかったですよね。
篠崎 私、怖くて見れないくらいです。
ほぼ日 ものすごく厳しいですよね。
撮ってる人に対して
カメラの音が気になるということについて
はっきりおっしゃったりもして。
その点、『音楽堂』の
レコーディング風景は、
じんわり、やさしかった気がします。
篠崎 でも今回も、まず矢野さんに
映像を撮りたいという話をした時に、
「うーん?」って言われたんですよ。
ほぼ日 やはり、あまり好ましくはなかった?
篠崎 「カメラマンがいるってことは
 気になるのよ、それだけでも」
「じゃあ、全部据え置きにします」
ということで、無人カメラなんです。
ほぼ日 へぇー! そうか!
篠崎 無人のカメラの据え置きだから、
矢野さんがカメラを考えずにいられた、
というのもあると思いますし、
休憩時間などをハンディで追っかけてるのは、
昔から矢野さんをよく知っている
ウェブデザイナー兼カメラマンの方でした。
その彼が本当にプライベートな
矢野さんの顔を撮ってくれるオフというのが
入ってるから、
「やさしい」という印象が
強いかもしれないですね。
ヤマハさん あの、いいですか。
ほぼ日 どうぞどうぞ。
ヤマハさん 僕も『ピアノが愛した女。』を見てたので、
とても現場には近づけないなと
思ってたんです(笑)。
だけど、厳しさの内容が違うというか。
まわりのスタッフも、
矢野さんが苦しむってことがあるというのを
知らなかったという者がけっこういました。
「矢野さんとピアノが向き合えば、
 自然ともうメロディが湧いてきちゃうとか、
 曲ができちゃうとかって
 そういうイメージがあったけど、違うんだ」
──そういう感想を何件か聞きました。
篠崎 いまの矢野さんは
「音楽堂」のトレーラーの印象ですよ。
みんなに対しての気遣いもこまやかだし、
音楽的な部分では、
「ああ、まだまだだ!」って。
ほぼ日 その自分を責めてる姿にも、
ちょっとビックリしたんです。
篠崎 ほとんどいつも、
そういう姿のほうが多いです。
「まだまだだな、まだまだだ!」
と言ってる。
ほぼ日 えぇー。
ほぼ日 自分に対してあんなに厳しいんだ。
ヤマハさん 地方を回ってても、
「どこかに音楽教室あいてないかな」って、
ピアノの弾ける練習場所を探したりしますよ。
篠崎 さらに、キーボードはホテルには
必ず持ち歩いてますしね。
ずっと(ピアノのことを)
考えてるんじゃないかな。
好きだからだと思いますけど、根本的に。
ものすごく本当に。
ほぼ日 トレーラーの矢野さんを見ていると、
「そういったものがおまえにはあるか」
って突きつけられる気がします。
篠崎 ああ‥‥。
ヤマハさん 最近ちょこちょこインタビューで、
「私はこれしかできないから」
とおっしゃっています。
「だから、これを一所懸命やるんだ」と。
「お店に勤めたこともないし、
 何か物を売るとかそういうこともしたこともないし、
 私は音楽しかできない人間だから」って。
ほぼ日 でもほら、吉野さんの復帰を
成功させてますよ!
篠崎 ああ、そうですね。
本当、すごく、ありましたねえ‥‥。
あとね、私、今回のことで
ほんとうに驚いたことがひとつあって、
それは何かというと、調律なんです。
ほぼ日 調律?

(つづきます)

2010-02-09-TUE

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