『ゼロ・トゥ・ワン』という本は、
私がスタンフォード大学で2012年に行った
講義をもとにしたものなのですが、
起業について教えたり本を書いたりするとき、
ひとつ、大きな課題となることがあります。
それは、「起業は科学ではない」ということです。
科学というのは、同じ事象が再現できて、
はじめて成立するものです。
ある条件でくり返せるからこそ、
実験によって検証、分析できる。
それが、科学なのです。
一方、ビジネスやテクノロジーの歴史は、
厳格な意味での科学ではありません。
ビジネスにおいても、テクノロジーにおいても、
その歴史における一瞬一瞬というのは
もう二度とは起こらない、
ただ一度しか起こらないことだからです。
第2のマーク・ザッカバーグ(facebookの創業者)が
ソーシャルネット・ワーキング・サイトを
スタートさせることはないでしょう。
第2のラリー・ペイジ(Googleの創業者)が
検索エンジンをはじめることもないでしょうし、
第2のビル・ゲイツ(Microsoftの創業者)が
オペレーティング・システムをつくることもないでしょう。
ですから、もしもみなさんが、
こういった人たちのマネをしているのだとすれば、
それはある意味で、みなさんが彼らから
なにも学んでいないということです。
そういったことが、
起業について本を書くときの大きな課題です。
すべての事象が唯一無二のもので、
再現可能でないならば、
いったい何が語れるのだろうか? ということです。
そこで、私は、
ビジネスにおけるイノベーションやクリエイティビティ、
オリジナリティというものに、
間接的なアプローチをとることにしました。
間接的な質問をいくつか重ねることで、
読者に、あるいは起業家に、
自分で考えてもらうことにしたのです。
たとえば、逆説的な質問になりますが、こういうものです。
「まだ誰もはじめていない素晴らしい起業とは
いったいどういうものだろうか?」
もう少し概念的にするならば、こういう質問です。
「ほとんど賛成する人がいないような
大切な真実とは、なんだろうか?」
これは、ほんとうに難しい質問ですが、
企業の採用の面接にとても適していると思います。
たとえ事前にこういう質問があるとわかっていても、
なかなか答えられませんよね。
これらの質問に
答えるのが難しい理由はいくつかあります。
まず第一に、自分が相当優秀でないと、
「ほかの人たちが知らないような真実を
自分だけが知っているとはいえない」
と思ってしまうことです。
そしてもうひとつの理由は、
「自分だけが大切な真実を知っている」
と答えるのは、心理的にも社会的にも、
どこか居心地が悪いような気がする、ということです。
ここで要求されているのは、
たとえば「いまの教育制度に問題がある」とか、
「現在の政治が破綻している」とか、
お決まりの、相手が賛成しそうな答えではないのです。
ここで問われているのは、
「人が反対するような真実」です。
そういった、相手が反対するようなことを
あえて答えなくてはならないというのは、
非常に居心地がよくないものです。
そんなことを、はっきり表明したくはありませんよね。
しかし、これこそが、まさに、
「新しいことをはじめるときの本質的な課題」なのです。
新しいアイディアをかたちにするとき、
新しいビジネスをはじめようとするとき、
世界を新しい視点で見ようとするとき、
非常に居心地の悪い思いをすることになります。
そこでは、聡明さよりも、
定説や常識を打ち破る勇気が必要になります。
そして、この世の中では、天才よりも
勇気のある人のほうが不足しているのです。
「ほとんど賛成する人がいないような
大切な真実とは、なんだろうか?」
それについて、私がどう答えるかということを
今日は、お話ししていきたいと思います。
(つづきます)