- 糸井
- まず、ぼくがここにいる理由について、
簡単にご説明いたします。
ぼくはこの『ゼロ・トゥ・ワン』という本を
去年読んだんですけど、
そのころ、状況にちょっと退屈してたんですね。
いろんな物事の進化に
びっくりするようなことがなくなって、
ちょっとずつ、ちょっとずつ、
あらゆることがぜんたいに親切になってる。
「ぜんぶ、やっておいてあげますよ」
っていうものばかりが進歩してるんだけど、
でも、それ、ほんとうは進歩って
いわないんじゃないかなぁ、って思ってたんです。
インターネットの世界なんて、
とくに親切のかたまりなんですけど、
それがものすごくうれしいことかっていうと、
ぼくにとっては、そうではない。
いま、ティールさんが講義のなかで
Googleがスタートしたときの話を
されてましたけど、ぼくらの前に
Googleという検索エンジンが登場したときは、
みんな「速いっ!」ってびっくりしたんです。
そういう驚きがどこにもなくなって、
ちょっとずつよくしたものばかりがある時代が
長く続くと、退屈してくるわけです。
そんななかでティールさんが書いた
『ゼロ・トゥ・ワン』という本を読んだら、
本のいちばん最初のところに
「賛成する人がほとんどいない、
大切な真実はなんだろう?」という
あの問いかけが書いてあった。
それで、ショックを受けたんですね。
「ぼくはそんなテーマを持ってるだろうか?」
って自分に問いかけましたし、
「この本の著者はそれを持ってるだろうか?」
ということにも興味を覚えた。
で、読んでいって、
「たしかに、この人は、
ほんとうに現実を変えようとするような
大きなつかみ方をしているな」
と思って、その日から、
「俺、仕事、もっと一生懸命やろう」
と思ったんです。
- 一同
- (笑)
- 糸井
- で、ご本人を前にして、
なにから聞こうかなと思ったんですけど、
起業家であり事業家である
ピーター・ティールさんが、
なぜ、こういう、自分の知っていることを
人に教えるための本を出したんでしょうか?
ということを訊いてみたいと思います。
自分の知ってることをしゃべって、
それを本にして、その本を届けるために、
いまこうして世界を回ってるのはなぜでしょう。
投資家、起業家としては、
そういうことをしなくてもいいわけですからね。
- ティール
- まず、知っていることを
すべて書いたわけではない、ということを
最初にお断りしておいたほうがいいと思います。
そのうえで、お答えすると、
私は、多くの人たちに成功するビジネスを
はじめてもらいたいと思っています。
最初に糸井さんがおっしゃったとおり、
イノベーションが足りない、
たいした進歩がないという感じが
いまの時代にはありますよね。
イノベーションはもっとたくさん、
いろいろなところから起こせるはずです。
政府の新しい計画ができるような
大きなイノベーションもあるし、
小規模なビジネスが生まれるような
小さなイノベーションもある。
私は、おもに新規事業の立ち上げに注力してますが、
そこでもイノベーションは起こせます。
多くの企業に対して、もっといろいろな
技術的ブレイクスルーを実現するよう、
試みてもらいたいと思っています。
ですから、私がビジネスについて学んできたことを、
こうしたかたちで皆さんに伝えるのは
非常にお役に立つのではないかと考えています。
世の中には、いろんな秘密があります。
そのなかに、目の前にあるのに
誰も気づかないようなタイプの秘密、
というのがあるんじゃないかと思うんです。
大勢に秘密をはっきりお伝えしているのに、
なかなか信じてもらえない。
はっきり話しているのに、
ほとんどの人が信じない、気づかない。
ごく一部のひとしか、
気づいて行動を起こすところまでいかない、
そういうケースがあるとおもいます。
先ほどの講演のなかで
「賛成する人がほとんどいない、
大切な真実はなんだろう?」
という質問を最初に提示し、
それに対する私の答えをいくつかお話ししました。
私の答えをひとことで言うならば、
「これは一見簡単な質問なようだが、
じつは非常に難しい質問だと思うよ」
ということです。
そういうことをお伝えしていると思います。
- 糸井
- もう少し、詳しくお訊きしたいんですが、
起業家という人と、作家という人、
そして研究者という人は、
本来はそれぞれ違うと思うんです。
で、『ゼロ・トゥ・ワン』にしろ、
今日の講義にしろ、ぼくは、ティールさんが
研究者であり、作家であるように思えたんです。
起業家でありながらも、
研究者であり、作家でもあるような要素が
ティールさんのなかには、たっぷりある。
単に起業家であるだけなら、
自分の企業を成長させることに
注力していればいいんですけれども、
ティールさんは、いわば、文明史的に
「私はなにをするべきか?」ということと
向き合ったから、『ゼロ・トゥ・ワン』を
書いたんじゃないかと思ったのです。
- ティール
- そうですね。たしかに本を出したのは、
いくつもの動機が重なっていると思います。
まず、狭義の、直接的な動機としては、
スタンフォード大学で教えることになり、
学生に向けてビジネスについて
私がこれまで学んできたことを
説明する機会があったということ。
これが大事な動機のひとつです。
なにか、自分がよく知っていることから
はじめなければ、おもしろい本を書くには
至らなかったでしょうから、
それがはじまりになったというのは
大きなことです。
実際に本を出版しよう、
自分の考えを書こうと思った動機は、
人々と対話したかったから、
人々を自分の関心事に巻き込みたかったからです。
トム・ウルフというアメリカの作家が
私に話してくれたことがあります。
「世の中にはこれまで、
いろいろな新しい考えが出てきているが、
どれも、まず書くことからはじめたから、
十分に掘り下げられたんだと思う」
と彼は言っていました。
つまり、頭の中で考えているだけでは、
考えは十分にふくらまない。
紙に落とすことが必要なんです。
自分だけにとどめておくような考えでも、
書くことで、ずっと深めることができます。
それに加えて、他の人たちと
対話することによって、反応をもらえます。
たとえば、
「あなたの独占に関する考えは変だ」とか、
「独占は悪いことだ」というような。
そうすることによって
考えが掘り下げられると思います。
つまり、考えを書くこと、明確に表現することが、
考えを掘り下げるのに不可欠だと思います。
この数年間、簡単な講演や質疑応答を
いろいろな場で行ってきました。
それを煮詰めて本にまとめたのですが、
考えを掘り下げるために
非常に強力な方法だと思いました。
インターネットの時代においても、
本にはなにか特別の価値があると思います。
考える、ということに関して
非常に力を持ったメディアなんです。
本は、読者にも「一緒に考えよう」と誘います。
その意味で、読者は、
本を読んでも決してその本に
100パーセント同意すべきではありません。
読者として、本が提示する考えに対し、
挑むような姿勢で臨むべきです。
この部分は賛成、この部分は意見を異にする、と
本としっかり対話することで、
考えを深めることができると思います。
- 糸井
- うん。とてもよくわかりました。
(つづきます)
協力:株式会社タトル・モリエイジェンシー
2015-04-27-MON