「みなさん、眠気覚ましに、
外の空気をちょっと吸いにでませんか?」
前菜がすべて片付いたそのタイミングで、
ボクはメンバーに声をかけます。
あぁ、それはいいねぇ。
座っていると、どうにもこうにも眠たくなるから、
眠気覚ましにありがたい。
そういいながら、ホッとした表情で
みんなは椅子から立ち上がります。
ボクたちが使っていた半個室の客席の奥に開いた
サービス用の跳ね扉。
そこを通って通用口から表に出れば、
他のお客様の邪魔にならない。
しかも通用口に向かう通路の片側にはキッチンがある。
次々料理が出来上がっていく様子を
間近に見ることもできるという、給仕長の粋な計らい。
一所懸命、働く料理人にあいさつされると
自然と背筋が伸びるというモノ。
表にでるとひやっと夜の空気が頬に心地良く、
眠気も失せる。
みんな大きく背伸びしながら息を吸い、
「気持ちイイね」「生きかえったね」と口々にいい、
笑顔になります。
そしてホテルの裏口であるにもかかわらず、
周りがとてもにぎやかなのに気づきます。
数週間ほど前にできたばかりのクラブの入り口。
平日の夜というのに50人ほどが行列をして、
入る順番待ちをしているまさに、
今が旬というクラブの前に、
結果、ボクらは放り出されるコトになった。
「行列しなきゃいけないクラブってすごいなぁ」
「中はどんなになってるんだろう?」
「有名人やモデルだったら
すぐに入れてくれるんだろうけど、
さすがに待つのはちょっとねぇ」と、みんな興味津々。
「入れてくれないかどうか、
ためしに交渉してきましょう」
と、ボクはクラブのドアの前に立つ
体のおっきなゲートガードに近づいて、
お願いをするフリをします。
実はこの店。
ボクが今まで食事をしてたレストランが
ケイタリングを担当しているクラブだったんですネ。
だから給仕長が事前にクラブの支配人に連絡をして、
ボクらを入れてくれるコトになっていた。
だからボクは交渉をする「フリ」をするだけ。
その成り行きを心配そうに遠巻きに見る
みんなに向かって、ゲートガードが
「こっちにおいで」の手招きをする。
みんなは襟を正しながら、入り口に向かってやってくる。
なんでこんなおじさん達がって、
怪訝そうに見る順番待ちの人たちを横目でみながら
ドアの中に忍び込んでいく、
その優越感に目がキラキラです。
「どう言って入れてもらったの?」
って聞かれてボクはこう答えます。
あまりにホテルのレストランが退屈で、
眠ってしまいそうになったから
裏口から逃げ出してきたんです。
ココで目を覚ましたいんですけど、
入れてくれませんか? って言ったんです。
「そりゃ、嘘じゃない、傑作だな」
ってみんな一同、大笑。
それからほぼ1時間。
みんなは眠ることを忘れて、
踊って飲んで、笑って話して。
大音量の中、眠ろうとしても眠れるわけもなく汗をかき、
そして自分が空腹だってことをしたたか思い出す。
そろそろレストランにもどりませんか‥‥、
とみんな集まり、そして再び通用口から
ホテルの中に戻ってく。
その時間でもまだクラブの前には順番待ちの行列でした。
たのしかったネと言いながら、
ステップを踏むような軽い足取りで
レストランに戻ってくると‥‥。
ボクらは一瞬、目を疑いました。
テーブルの上一面に、
料理がズラッと並んでボクらを待っていた。
まだ食べていなかった前菜以降の料理すべてが、一堂に。
しかもどれもがフォークやスプーンで食べられるよう、
適度なサイズに切り分けられて
まるでバフェのように並んでたのです。
クラブで遊んでいた1時間ほど。
それがすべての料理の調理時間に当てられて、
ボクらは食べることに専念すればよい状態に
なっていたというこのありがたさ。
椅子は全部片付けられて、小さな立食パーティーのよう。
当然、寝てしまうなんて心配もなく、
同時に寝てしまうのが勿体無いほどに会話ははずみ、
料理に集中できもして、気づけば12時ちょっと前。
もうおいとまの時間でしょう‥‥、と、
デザートは食べずに、店をあとにしました。
これで今夜はぐっすり眠れる。
そう言いながら、みんな自分の部屋に入って、
そこで今夜の余韻に出会う。
レストランで食べるはずだったデザートが、
それぞれの部屋のテーブルの上にセットされ
「Have a nice dream」のカードと共に、
ポット一杯のカモミールティーが添えられていた。
こんなステキな夜に寝るのは勿体無くて、
けれど気づけば深い眠りに落ちていました。
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