メニューはもう決まっていました。
このレストランで食事をすることを決めてから、
ずっとシェフとやりとりをして
ここのお店で食べたいモノと、
ここのお店が食べさせたいモノを
ほとんどすべて網羅した、前菜だけで12皿。
メインやデザートをくわえると
優に20皿を超えるという壮大な献立。
もともとムニュデギュタシオンという
「たおめしポーション」の料理を
皿数たくさん提供するのが得意のお店。
日本のレストラン経営者が
ここでの食事をたのしみにしてやってくるんです、
といったら彼らも気合が入って、
驚くべきメニューが次々、提案された。
Eメールの普及が本格化しはじめた頃でした。
だから数カ月間、ほぼ一週間に一度の頻度で
メニューに関するやりとりをして、
最終的にすべて決定したのが前日。
キャビアとリーキのピュレを
楡の木を削り出したスプーンにのせて、
オリーブオイルと一緒に
舌の上に滑りこませる一品目から、
怒涛の美味のパレードになる。
めでたく最後のチーズのプレートにたどり着き、
ソーテルヌとともに葉巻をくゆらせていただけるなら、
今日のディナーは大成功。
参加者ひとりひとりの好き嫌いも、
あらかじめ聞いていて
それに合わせたメニューを考えてもらってもいて、
あとは料理と料理の間をつなぐ会話を
みんなでたのしむだけ。
だったはずなのですが、会話がまるではずまない。
集まった人が退屈な人ばかりというワケではないのです。
互いに見知った間柄。
いつもならばたのしい会話が尽きないみんなが、
今日は無口にただただ料理を口に運んで飲み込むばかり。
睡魔が邪魔をするのです。
疲れた体。
それをやさしく受け止める、
座り心地の良い椅子とシャンパン、
それからほどよいワイン。
すべてがボクらを夢に誘う。
そのおいしさと独創的な盛りつけに、
ボクらを夢心地にしてくれるはずの料理に
集中することが出来ない悔しさ。
考えてみれば、調理人がワザワザ料理を
食べに来るようなレストラン。
そこは、体調を万全に整えて、
戦いを挑むような気持ちでこなくてはたのしめない。
ひとつひとつの料理が完璧な状態で提供される。
つまり時間がかかるというコトです。
調理するのに時間がかかり、
提供するのにも時間がかかれば、
食べ、味わうのにも時間をかけて
評価しあったり語り合ったり。
気づけば、前菜を全部やっつけるのに
1時間以上を必要とした。
低温でじっくり時間をかけてスモークした、
まだ生々しい色を残したアトランティックサーモンを、
口に含んで本当だったら目を閉じ味わいたいところ。
目を閉じてしまうと寝てしまう。
だから両目をしっかと開けて、必死に味わう。
互いに、眠らないようにしましょうネ。
今、眠ったら負けですからネ、と勇気づけあいする食事。
これはいけない、と思いました。
みんなが「食べたいだろうモノ」のことばかりに
こだわって、アレンジをした会食が、
今、まさに失敗しようとしているのです。
食べたい「モノ」も大切だけど、
食べる「シチュエーション」を考えないと、
ひとりよがりの食事になっちゃう。
困ったボクは意を決し、
レストランの給仕長に相談しました。
この疲れ果てたジェントルメンを、
元気でゴキゲンなジェントルメンに
変えて差し上げる方法がないでしょうか?
と尋ねるボクに、彼はニコッと笑っていいます。
「ちょっとたのしいアイディアがあるのですけど、
ご協力いただけますか、ミスターサカキ?」
そして彼は、とんでもなくたのしい企みの一部始終を、
ボクにそっと耳打ちしたのでありました。
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