ボクたちはお客様から
「おごちそうさま、ありがとう」
と感謝されるために働いているのであって、
「ごめんなさい」と謝られるのは不本意なこと。
ましてや、テーブルクロスの上ならまだましで、
膝の上とかシャツの袖とか、
あるいはネクタイを汚してしまう
小さな惨事になることもあり、
お客様は悲しい思い出をもってお店をでることになる。
なんとかしなくちゃ。
ここは日本で、だからボクは日本のお箸を使いたかった。
お客様が使い慣れたお箸であれば、
快適に食事ができて
しかもテーブルクロスが汚れなくなる。
一石二鳥以上の価値があるだろう、と。
ただ、パートナー氏にはこだわりがある。
中国のレストランというもの、
どんな箸と匙を使うかで店格が決まるんだよ。
大衆料理のお店ならまだしも、うちのような店は絶対、
いいモノをつかわなくちゃあ、料理に対して失礼になる。
そう言って、一歩も譲らぬ。
ボクは彼にこう聞きました。
君は自分の家でもこうした箸を使っているの?
いや、家では日本のお箸を使ってる。
だって、そっちの箸の方が軽くて食べやすいし、
なによりテーブルが汚れるのって
見苦しいじゃない‥‥、
ってきれい好きな彼はボクに向かって真顔で言います。
言いながら、彼も見事な矛盾に気づいたのでしょう。
わかった、わかった、そうしようと笑いながら
その翌日から、細くて持ち心地のよい塗り箸を置く
中国料理レストランにボクらのお店はなったのです。
白い陶器の箸置きを枕において、
お客様の身体に対して水平に。
つまり中国風ではなくて日本の置き方。
実は、箸を持ち上げるというコトに関して
日本式より中国式の置き方が、
合理的だとボクは今でも思っています。
大きく持ち上がった箸の下側に指をくぐらせ、
スッと持ち上げそのまま食べる姿勢に入れる。
一方、日本式の置き方だと、
右手で上から持ち上げ左手を添える。
そして右手をそっとすべらせ箸を下から支え持つ。
この一連の流れるような所作が、
合理的な観点からすれば面倒臭く、
けれど無駄というにはあまりにステキでうつくしい。
ボクのお店にやってくるお客様に、
ボクはちょっとでもうつくしくあってほしいと思って、
それでお箸を日本式におかせてもらうことにした。
マナーというと堅苦しくなる。
けれど、レストランという公の場で、
うつくしく食べるというコトは
とても大切なコトだろうと思うのです。
そして同時にレストランは、
すべてのお客様がうつくしく食べることができるような
工夫をする必要があるのだろう、と思いもします。
|