ボクの友人に、
みんなで飲みに行くときには誘われるけれど、
食事するときにはあまり誘われない男がいます。
経済的に成功をして金の不自由をまるで感じぬ鷹揚な奴。
しかも、人におごるのが大好きなんですネ。
サッパリとした性格で、食べるモノの趣味もよく、
ただ声がでかくて思ったコトを
ズバズバ言うコトくらいが欠点。
だからいろんなところに誘われて当然なのだろうけど
なぜか、一緒に食事をしようとみんな思わない。
理由は彼のこんな口癖。

「ココもいいけど、
 あそこの店にすればよかったかもしれないなぁ‥‥」

この一言を必ずテーブルについた直後に吐く。
それも彼の大きく通る声で言うものだから、
みんなの気持ちがさみしくなる。

たくさんの店を知っている、
ほぼ一年365日外食をする彼だから、
いろんなお店を知っていて、
たしかにそうかもしれないなぁ‥‥、
って納得させられるようなコトをいつも言う。
けれどボクらはココにいて、そこにはいない。
だからボクらはココをたのしむ努力をしなくちゃ損で、
だけど彼はあっさり努力を放棄する。

勿体ないなぁって思います。
毎日の食事の中には、たしかに期待外れなお店や
料理に出会うコトがあるけれど、
それをそのまま受け容れたらば、
自分の失敗を認めることになってしまう。
期待外れの食事にまみれて終える人生。
なんてかなしく、不幸せ。
ボクの食事はひとつたりとも期待外れにならぬよう、
どんなお店もどんな料理も、
たのしいお店でたのしい料理になるように、
たのしみ方を考える。
それがボクが食べるというコト。

一番好きなお店はどこなの?
彼に聞きます。
彼の答えは必ず次のワンフレーズからはじまります。

「今のところの一番は‥‥」

そしてその質問の答えは聞くたび変わるんですね。
おなじみのお店ってあるの? って聞くと、
うーん、なかなか出来ないネ。
運命の店ってどこかにあると思うんだけど、
まだ巡り合えない。
オレって運が、悪いのかねぇ‥‥。
そう言う彼はまだ独身で、
いまだ運命のお店に出合えぬようにおそらく、
運命の女性にも出会えていないに違いない。

そんな彼が、なんで飲みにいくときだけは
みんなに誘われるのでしょう?



みんなが彼と一緒に
「飲みにいくコト」を心待ちにする場所。
飲むといっても、居酒屋でもなくバーでもなくて、
「クラブ」なんです。
踊るクラブじゃない。
ドレスや和服に身を包んだキレイなおねぇさんが
ニッコリ微笑む「あのクラブ」。
なにしろ彼の知識と経験は見事なモノで、
こと銀座や赤坂のクラブのコトで、
彼に聞いてわからぬものなしのような状態。

あるときボクは、クラブの女の子たちに
差し入れをするとしたら
どんなモノがいいのかなぁ‥‥、
って彼に聞いたコトがあります。
答えは明快。

タマゴサラダのサンドイッチを作ってもらえよ。
パンは焼かずに、そのまま使って一口大に切ってもらう。
消化にいいし、ソースや具材が不意に落ちて
ドレスを汚すコトがない。
噛み切らなくていいから
口紅が落ちるようなコトもないから、
休憩途中にちょっとつまむのにピッタリなんだ。
もっていくなら10人前。
男を上げるのにほどよい出費で、
受け取るお店の方も負担にならない。
銀座だったらどこそこの店で、
ピッタリのサンドイッチを作っているから
なんなら電話をかけてやろうか?

旅の楽しみ方に習熟し、
目的地までの知識が豊富な添乗員さんと共にする旅は
失敗がない。
それと同じで彼と一緒にする夜遊びは
この上もなくたのしかった。
それに加えて彼の性格。
レストランのテーブルにつくなり、
別の店に行けばよかったというあの性格が、
クラブ遊びでは決して不快に思えなかった。
お店に入る。
着席するやもう次の店のコトを考えはじめる。
横についてお酒を作ってくれる女性のコトも上の空。
グラスを何度か空にして、
ほどよく話題が盛り上がったら次のお店へと移ってく。
何度かはしごを繰り返し、店は変われど
そこでたのしむ楽しみ方はまるで同じの繰り返し。

彼はこう言う。

気がそぞろだからこそ、はしごはたのしい。
どこの店とも仲良くならない。
どの女の子とも懇意にならない。
だから行く店、行く店、新鮮な気持ちで心置きなく
おんなじコトをくりかえせるんだ。
どこかのお店と結婚しちゃうと、
恋はできなくなるもんな。

今でも遊び人を演じるときには彼の教えをボクは守る。
移り気で不誠実であることが、
美徳と言われる場所や時があるものなのです。
けれど無責任に遊んでばかりいるわけじゃない。
この店とずっとつき合っていきたいなぁ‥‥、
と思うようなとき、ボクは誠心誠意、
他のお店のコトは考えず、
どうたのしめばいいのだろうかって思いをめぐらす。
ステキなトコロを探して認め、
そこに自分の好みをくわえ「ボクの店」、
「ボクの料理」と胸をはって言えるようになる
さまざまを、これからしばらく考えてみようと思います。

ところで、とっておきの朝食を
楽しむコトができるお店を知っていますか?

 



2010-10-14-THU
 
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN