194 レストランでの大失敗。その14 玄関でお待ちください。

「お客様、お待ちいただけませんか」という声の主。
それはお店の入り口で、
お客様を出迎える役目を果たす支配人。
どうしたことか、と声の方向をみると
そこは、玄関ホールからダイニングルームに入って
2、3歩歩いたところ。
テーブルとテーブルに挟まれた通路に
男女2人が突っ立っている。

男性は50代半ばくらいでしょうか。
トレンチコートに帽子をかぶり、
腰のところでコートのベルトをギュギュッとしめた、
当時流行りの冬のスタイル。
「♪ボギー、ボギー、って
 あれで『カサブランカ・ダンディ』を歌ってくれたら
 たのしいのにネ」と母が小声でクスッと笑う。
まぁ、そんな感じの紳士風。
同行の女性は毛皮のコートをきてる。
手にはひと目でわかるブランドバッグ。
お化粧がとても上手な、
推定年齢40前後というとこでしょうか。

なんて無防備なんでしょう‥‥、
と、母がポツリとつぶやいた。



確かに人というもの。
何かの目的に向かって歩いているときは、
人の視線に対して無防備になってしまうモノなのですね。
目的に到着したとき。
あるいは、途中でなにかの拍子に立ち止まったとき
ショーウィンドウに写った自分の姿をみて、
はじめて人の視線を意識したりする。

レストランという空間。
そこは人と人とが見合う空間、見られあう空間でもある。
しげしげと他の人が食べてるところを観察することは
無礼で、慎むべき行為。
けれど、人に見られているかもしれないなぁ‥‥、
と思って背筋を伸ばして食事をする気持ち。
あぁ、あの人たちって
本当にたのしそうに食事をしてる‥‥、
とステキなテーブルからシアワセのオスソワケを頂戴する。
それがレストランという空間を
たのしむというコトでもあって、
だからどこかで「無防備で無意識」な自分を捨てて、
「見られてもオッケー」な自分に
ならなきゃいけないのです。

さぁ、どこで。

それが実はエントランスホールという場所。
ドアを開けます。
とても高級な、それこそ一生に一度の経験で
思い切って行かなきゃいけないようなお店。
その入り口にはドアを開けてくれる人がいたりして、
ドアを開ける前にすでに自分のコトを意識させられる。

まぁ、そんなお店は数少なくて、
だからほとんどの場合、
自分でドアを開けて中へとはいってく。
いらっしゃいませ‥‥、とお店の人がでむかえます。

予約のお客様がいらっしゃる時間が近づいてくると、
案内係や支配人のようなお客様を出迎える
仕事をする人たちはそわそわ、
入り口に方に気持ちをやります。
ドアがカチッとあく気配。
それを感じてすかさずドアに近づいて、
開きかけた扉に手を添え、やさしく開くのを手伝いながら、
「いらっしゃいませ」。
ここで「見られる自分」の準備ができる。

しかもその後、コートを預け、
帽子を預け、手荷物を預けと、
「街を歩く人」から「レストランで食事する人」へ
変化を遂げる。
そのひとつひとつの作業の中で、
やはり「見られる自分」ができるのです。



ところがちょっとしたタイミングのいたずらで、
ドアが開いたコトに
お店の人が気づかぬコトがあったりします。
とても忙しくて、
気持ちを入り口付近に集中できなかった時であったり。
あるいは、予約の時間よりも大幅に早かったりしたとき。
そもそも予約がなかったときも、
そういうバッドタイミングのひとつに
数えるコトができるのでありますけれど‥‥。

そんなとき。
どんなにお店の中がにぎやかで、
早くこちらにいらっしゃいと誘っているように見えても
絶対、そこを動かず、立ち止まる。
そしてしばらく。
背筋を伸ばして声をかけられるのを待つのです。
上等なお客様というのは、
自ら声をかける存在であってはならない。
お店の人から、声をかけてもらえるコトが、
大切なお客様であるコトの証なわけですから、
じっと動かず、たじろがず。

なのにのこのこ、
お店の中へと入っていってしまった2人。
どんな哀れがこれから彼らを襲うのでしょう。
また来週といたします。

 

2015-01-08-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN