たのしく味わう。その2
たのしいお酒とおいしいお酒。

おいしいお酒って、どういうお酒なのでしょう。

たのしいお酒はどういうお酒‥‥、と問えば
スッと答えが出ます。
それもいくつも。

友人たちと酌み交わす酒。
ウレシイコトがあったときに飲む酒だったり、
大切な人との再会を祝って飲む酒。
あるいは大きな仕事が終わって、しみじみ一人で飲むお酒。

どれもたのしい。
明るい気持ちを一層明るくしてくれる。
落ち込みそうになった気持ちを、フワッと軽くしてくれる。
そんなステキな力をお酒はもっているのでしょう。

けれどたのしいお酒とおいしいお酒は
似ているようで、違ったお酒。

たのしく飲んで、ついついお酒がすすんでしまい、
翌日、頭が重たくなる。
そんなお酒は結局、おいしいお酒じゃなくなってしまう。
二度と酒を飲むもんか‥‥、なんて猛省。
ただ、それもしばらくすると、
また性懲りもなく飲んでしまっちゃったりするのですけど。
けれどこの世の中には、飲み過ぎたワケじゃないのに、
いつの間にか飲むのがたのしくなくなるお酒があるのです。



日本の食品業界において、
最も熾烈と言われるのが「ビールのシェア争い」。
4つの大きなビールメーカーは、
ちょっとでもシェアをとろうと
自社のビールの特徴をわかりやすく説明しようと一生懸命。
コクがある。
キレがある。
旨みがある。
‥‥、とまぁ、その特徴のほとんどは味に関して。
で、正直なところ自分の会社のビールと
他の会社のビールの味って、
飲み比べすることができるの?
って、営業の人たちに聞いてみます。
すると大抵の人は胸をはって「わかります」と答えます。
答えたあとで、正直な人は
「でも、わかるのは一口目だけで、
 たくさん飲むとどれもおんなじ味なんですけどネ」
‥‥、っていう。

人の味覚とはそういうモノでしょう。

ただ、一社だけ。
ちょっと変わった方法で、
自社のビールのおいしさを説明してた。



実験用のマウスのケージにビールを置く。
4社のビールを同じ容器に注いでおくと、
最初はまんべんなくマウスは飲む。
ところがそのうち、とある会社のビールを
マウスがメインに飲むようになり、
それは「香りが華やかでコクがある」と言われるビール。
ところがそれもつかの間で、しばらくすると、
今度はそれまであまり減りはしなかった
当社のビールばかりを飲むようになる。
うちのビールは添加物が少なくて、
水にこだわり体にやさしいようにできている。

ちょっとだけ飲んで、「おいしく感じる」ビールと、
ずっと飲み続けても「おいしい」ビールは
違うんですよ‥‥、と。

それが彼らの殺し文句だったのです。

果たしてこの話が本当だったのかどうかはわからない。
けれどこの話の説得力は抜群で、
少なくともボクのしっている飲食店では
かなりのシェアを獲得することに、
彼らは首尾よく成功しました。

ずっと食べ続けておいしい食べ物。
ずっと飲み続けて、それでもおいしい飲み物のコト。
それを次回から、考えていってみたいと思います。



2015-03-19-THU



     
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN