おいしい店とのつきあい方。

089 お店の情報とのつきあい方。 その15
中国料理が分業制じゃない理由。

レストランを1軒つくるとしましょう。
いろんな作業が必要となります。
インテリアを考える。
どんな椅子を置こうか、
テーブルはどんなサイズのものを何卓くらい並べようか。
テーマカラーはどうしようか‥‥、と、
考えることはたくさんある。
けれど中でももっとも重要で、
手間をかけなくてはならないことは何か?
というと、それは文句なく「厨房造り」。

どんな調理器具を選ぶのか。
調理をどう組み合わせて、配置すればいいのか。
特にフランス料理のような西洋料理では、
厨房機器が変わるとできる料理の種類が変わる。
作ろうと思っても作ることができない
料理があったりもする。
調理器具の配置が悪いと調理するのに時間がかかったり、
よい状態で提供することができなくなったり
することもある。
だから厨房設計を入念にする。

メニューが決まらないと
厨房が設計できないことがほとんど。
何人働くか。
しかもその人たちがどういうバックグランドをもって、
どんな厨房で働き慣れているのか。
いろいろヒアリングをした上で厨房を作らないと、
出来た厨房がむしろ
そこで働く人の実力を阻害することになることすらある。
それが西洋料理における厨房作りの難しさ。

それが当たり前だと思い込んでいた
まだかけ出しコンサルタントだった時代のボクが、
はじめて自分の店を持つことになった。
それが中国料理のお店だったということは、
以前、ココでも紹介したと思います。
飲食店を指導するのでなく、
経営するということがまず未知の領域。
しかも、そこで出会った「中国料理の厨房」という
摩訶不思議な世界にふれて、
それまでの自分の経験や知識が
まるで歯が立たない世界があるんだと、
それはそれは勉強になった。

ボクはシェフに、メニューを早くださないと
厨房設計ができないから‥‥、とせっつきます。
ところが彼は、中華レンジ(火力の強いガス台)と
鍋とまな板、包丁さえあれば
どんな料理だって作ることができるんだ‥‥、と言う。
ボクはにわかに信じがたく、
彼が働くお店の厨房に半日入って様子をみた。
するとなるほど‥‥。

中国料理に直火調理はほとんどなくて、
焼くのも炒めるのも基本的に中華鍋の中で仕上がる。
フライヤーなど必要なくて、
中華鍋に油を多めに入れれば揚がって、
油を少なめにすれば炒まる。
油の代わりにお湯をはれば茹でるコトができ、
そのお湯の上にせいろをのせれば蒸し器になる。

しかもおどろいたコトに、
下ごしらえと本調理が一つの鍋で行われるのです。

例えば野菜を湯通ししたものを、
油で下ごしらえした肉と一緒に油で炒める。
それは同じ鍋を使いまわしてつくる料理で、
たとえば「回鍋肉」のような人気の料理もその作り方。

それを西洋料理でしようとしたら、
まず下働きのスタッフが野菜を湯通し。
ザルにあけて粗熱をとり、
シェフのポジションに持っていきます。
肉の方はと言うと、フライヤーに軽く沈めて
これも下働きの仕事になりますが、
お皿にとってシェフの手元に。
それらが揃ってはじめて
シェフがフライパンでソテして仕上げる。
分業です。
西洋料理の世界では、
調理人と食材が厨房のいろんなところをグルグル回って
料理を作るのです。

ところが中国料理なら、
すべての作業がひとつの鍋で出来ちゃう。

調理人がまず中華鍋でお湯を沸かして野菜を茹でる。
茹でたら鍋の横に置かれたザルの上から、
お湯ごとザザッと中身を移し、
続いて鍋に多めの油を注いで肉を揚げてザザッ。
別のザルの上に油ごと移して
それらを再び鍋に戻して調理。
スープをとるのも、中華鍋の上においた
蒸し器の中で素材をジックリ蒸せば味が整っていく。
贅沢を言えば、チャーシューや鶏を焼くための
大きな専用釜があれば、
他にはなにも言うことはないと言われて、
それはさすがに買えないと
我慢してもらうことにしたのだけれど、
開業したらなんと窯焼き叉焼なるメニューが出てきた。
どうやって作ったのと聞けば
中華鍋の上にドラム缶を置いて
そこでいぶしたんだ‥‥、と。
なんと合理的な調理形態‥‥、と感心しました。

分業を前提としない中国料理という世界では、
何年たっても最終調理に携われない、
というようなコトが極めて少ない。
だから中国料理の人たちは
若くして独立しても苦労をしない。
ひとつの場所で料理ができる中国料理。
なんでそんな独特な調理スタイルができたんでしょう?

また来週。

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博多うどんの素晴らしさ、
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グルメ本でもあり、ビジネス本でもある
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2016-12-08-THU