おいしい店とのつきあい方。

095 お店の情報とのつきあい方。 その21
焚き火のような灯の下で。

デジカメあるいはスマホのカメラにとっての
最強の敵がステーキハウス。
ボクもいつも苦労をします。
特にアメリカからやってきた
熟成赤身の肉を豪快に焼いて食べる趣向のお店。
高級であればあるほど苦労する。

どう苦労するのかというと、写真が絶対キレイに撮れない。

ムードもいい。
おいしい。
だから多くの人の憧れの店でもあって、
「来たよ!」って自慢をしたい。
なのに写真を撮ると
ステーキがどうにもキレイに撮れてくれない。

究極のステーキハウスってどういう場所か‥‥。
生の肉を塊のまま直火で焼きます。
長らく狩猟をごちそう獲得の最高の手段としていた
肉食文化の人たちにとって、
ステーキハウスというのは、
過去からの食の伝統の伝承の場所。

そのイメージは洞窟です。
まず薄暗い。
洞窟の中を照らすものと言えば
中で燃やされている焚き木くらいなものでしょう。
焚き木で照らされ、
洞窟の中はやわらかな灯でぼんやりつつまれる。

燃える木は照明として役立つだけでなく、
上に肉を乗せれば焼ける。
肉を焼けば煙が出ます。
煙で燻され、洞窟の中にはススがこびりつき、
かなりムードのある雰囲気になったに違いない。
もちろん原始の人が
それをムードがあると捕らえたかどうかは別として、
おそらく、その木の燃える灯が仄かに届く洞窟で、
おいしい肉が食べられるという記憶が、
未だに脈々と、肉食の人の体の中に
流れているんじゃないかと思わせるほど、
肉食文化の人たちは
「焚き火のような灯」に拘るのです。

電気が発明されるまで、
西欧の食卓を照らしたのは
「何かを燃やしたときに出る灯」でした。
焚き火、かがり火、たいまつ、ろうそく、
鯨油や石油のランプ、そしてガス火。
とくにろうそくは、テーブルの上の焚き木のようで、
ほどよく明るく、時折揺れて、
洞窟時代を思い出させてくれたのでしょう。
他のものに比べて煤も少なめだから都合がいい。

電球が発明されて、
夜でも昼のような明るさを
手に入れることが出来るようになったとき、
それは便利ではあったけれども
どこか非人間的な感じがしたのかもしれません。
勉強したり、仕事したりするときに
昼のような明るさは便利です。
けれど食事をするとき。
特に、「ステーキのようなゴチソウ」を食べるときには
洞窟の中のような自然な暗さが欲しくなった。
だから彼らはロウソクを未だに捨てず、
照度を落とした食堂に食卓を並べ、
そこにわざわざロウソクを置き、
揺れる灯をたのしんでいたりします。
その伝統はいまだにステーキハウスの
照明計画に受け継がれている。

焚き木やロウソクの炎の色は白くはなく、
黄色みがかったオレンジ色で、
だからステーキハウスを照らす照明も、
そのような色の電球が使われる。
この「黄色みがかったオレンジ色」が
デジタル写真にいたずらをするのです。

おいしいステーキは表面が焦げて仕上がり、
その断面はキレイなロゼ色です。
ミディアムレアとかミディアムだとか呼ばれる状態は、
切ると中からうつくしい生肉の色が顔を覗かせる‥‥、
はずなのだけれど、
赤色に電球の色が当たると、色がくすんで茶色っぽくなる。
だからステーキ断面はお世辞にも
食欲をそそるというような色じゃなくなる。
それでもお店のテーブルの上では、
人の目と頭は「これは赤い」と判断してくれるのでしょう、
その断面はロゼ色に見えておいしく感じる。
けれどデジタルカメラは正直というか、
そのあたりの補正はしてくれません。
だからステーキハウスのお店のSNSの写真欄には、
焼きすぎたんじゃないかと思う色黒ステーキ画像が並ぶ。
つまりその色黒具合が濃ければ濃いほどその店は、
おだやかで落ち着く照明のお店の証拠なのですね。

ときにステーキの断面が
紫色した写真が掲載されていることがあって、
それはカメラががんばって
補正をしたのが裏目に出ているから。
白いお皿が黄色い照明の下では黄色く写ってしまうから、
黄色を白に修正しようと、
色温度を青いほうに寄せる処理をします。
するとお皿は白くなるいっぽうで
肉の断面まで青みが乗ってしまう。
赤+青は紫。
これまたおいしそうに見えない写真の出来上がり。

そう言えば、食料品店の精肉売り場や
赤身の魚のための照明は、
赤がキレイに見えるような照明ですし、
鮮魚売り場には青身や白身を新鮮に見せる照明もある。
その色を目に焼き付けて、買って帰って
電球や蛍光灯の下で包みを開いたら、
鮮度がグッと落ちたように見えたりもする。なやましい。

明るい蛍光灯がメインの食堂は料理がキレイに写る。
雰囲気がよくて落ち着くお店は料理がすべてくすんで写る。
お店がウェブサイト用に用意している写真は、
キレイに写るように撮影用の照明機材を持ち込んで
撮った写真ですから、それを信じてお店に行くと、
「あれ?」って期待はずれになることが結構あります。

だから正確なお店の雰囲気を知りたければ
お客さんが撮った料理の写真から推察するしかない。

そういえば、こんな写真もありました。
次週へつづきます。

サカキシンイチロウさん
書き下ろしの書籍が刊行されました

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東京出店をせずに福岡にとどまる理由、
そして、これまでの1000店以上の新規開店を
手がけてきた知識を総動員して
博多うどん東京進出シミュレーションを敢行!
その結末とは?
グルメ本でもあり、ビジネス本でもある
一冊となりました。

2017-01-19-THU