おいしい店とのつきあい方。

102 お店の情報とのつきあい方。その28
なぜ和定食で汁椀が左手奥に置かれるようになったのか?

1980年から20年近く、
ファミリーレストランは外食産業の王様でした。
人気があってお店も年々、増え続けていた。
増え続けたということは
ファミリーレストランをやりたいと思う人が
沢山いたということで、
つまり「儲かるお店」でもあったのです。

人気があったのは「清潔で居心地がよかった」から。
儲かったのは「人の使い方が上手だった」から。

一見、まるで関係のなさそうなこの2つの事柄ですが、
実は互いに関係がありました。
お店が汚れる一番の原因が、
厨房の汚れが客席まで運び出されてしまうコト。
だからレストランは換気に気を使います。
調理と共に吐き出される煙や油、匂いが
客席のほうまで流れ出さないように注意する。
換気の悪い店はテーブルや椅子までベトベトしてしまう。
そんな店を誰も快適とは思わないから、
キレイな空気は
よき飲食店の要素のひとつなのです。

けれど空気がキレイな店なのに、
床がベタベタに汚れてしまっている店もある。
厨房の床には汚れがたまります。
どんなにキレイに掃除をしていても
調理をしていれば床に油がこぼれたり、
洗い物の水が床を濡らしたりします。

客席でサービスをするのが仕事のウェイトレスが、
お客様に提供すべき料理を厨房の中にまで取りに行って、
客席にまで運んでいったとしましょう。
彼女の靴の底は油や水で汚れる。
当然、客席の通路は汚れていくことになります。
お店をキレイに保つためには、
サービススタッフが厨房の中に
入らなくてもいいような店を
作らなくちゃいけなくなる。

一般的なレストランにあるデシャップという場所が
ファミリーレストランにも必ずあります。
料理を乗せたお皿(ディッシュ)があがってくるから、
ディッシュアップ=デシャップ。
厨房と客席の境目、
横長の大きなカウンターに、
厨房でほぼ完成した料理がそこに並べられます。
サービスをする人たちは、
その「デシャップ」に並んだ料理を
テーブルまで運べばいい。
だから厨房の中に入らず作業が済むので、
客席が汚れることがないという仕組みです。

革命でした。
しかもこのデシャップは、「人を上手に使う」という、
ファミリーレストランが他のレストランに比べて
すぐれた特徴が実践される場所でもありました。

デシャップは、
「ほぼ完成した料理が置かれる」場所なのですネ。
つまり最後の一手間をそこで加える。
誰が加えるかというと、
調理人ではなくサービスをしている人たち。
例えばコーンポタージュスープの
注文が入ったとしましょう。
コーンポタージュをあたためて、スープボウルに注いだら、
それをそのままデシャップにのせる。
サービススタッフがそれに下皿をつけ、
クルトンとみじん切りにしたパセリを飾る。
本来、それらの仕事は調理人がすべきコトだけど、
調理というには簡単な単純作業。
それをもしサービススタッフが肩代わりしてくれれば、
他の作業に手が回る。
しかも大体、サービススタッフよりも
調理スタッフの人件費のほうが高いのが
レストランの常識で、
低い人件費の人が調理の一部を助けてくれれば
生産性もあがろうもの。

そういう工夫が進みます。
するとスープも大量に作ったものをポットに入れて、
それを器に注ぐところから
サービススタッフにしてもらえれば、
もっと効率が上がるだろう。
サラダもドレッシングをかけるだけにして
コールドケースに入れればいいな‥‥、と、
次々、厨房の作業が
デシャップの客席側へと移ってきます。
第二の革命がやってきたわけです。

ただ、西洋料理のテーブルの上のありようには
寛容になれるのだけど、
日本料理のそれにはかなり厳しく見ちゃう。
お箸の位置や置かれ方。
食器の置き方。
料理の姿。

その流れの中で和定食が導入されます。
もう当然のように、味噌汁、お新香、
ご飯は厨房の中にはありません。
客席側に置かれてそれらを盛り付け、
配膳するのはサービス側の仕事です。
そろそろ料理ができあがるよ‥‥、
って厨房の中から合図があるとそれらの作業をします。
厨房からくるメインディッシュは厨房側。
つまりサービススタッフから見ると
奥に置かれることが合理的。
それ以外のご飯や汁は手前に置けば、
作業動線も短くできて合理性がますます高まる。
さて、ならば、お膳の手前の右手に汁、
左手に飯という普通の配膳になるのが自然。
前回お話した「左手側の奥に汁、手前に飯」という
あの奇妙な配膳は、
料理をお盆の上にのっける厨房スタッフにとっても
邪魔な配膳なのに、どうしてだろう?

答えはおそらくこうでしょう。
料理をのせる四角いお盆(トレイ)は
当然、横が大きく奥行きが狭くできている。
お盆を横に並べる時と、
縦に並べるときでどちらが沢山デシャップに並ぶか?
文句なく、縦にお盆を並べたほうが沢山並びます。
沢山並べる必要がなくとも、作業ができる部分は
大きく残るので、お盆は縦に置くようになった。
その手前。
右手に飯碗、左に汁椀を配膳すれば
その向こう側にメインディッシュをポンッとおいて
出来上がり。
それがあのときのあの配膳が決まった理由に違いない。
生産性が文化にまさる。
さみしいなぁ‥‥、としみじみ思う。
また来週。

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2017-03-09-THU