母は裕福な寺の娘でした。
子沢山な家で大家族。
しかも檀家さんたちが集まる場所でもあって
食卓の上にはいつも食べ物が溢れてた。
さすがに戦時中は
食べるものに困るようなこともあったけれど、
貧しい食事でも家族みんなで創意工夫をしながら、
食事をたのしむということを忘れないという育ち方をした。
だから母にとって、結婚というのは新しい食卓を
新しい家族とたのしく囲むためにするモノ。
そう思って、父と結婚したんだという。
嫁いだ先は生まれ育った街で
長らく人気の飲食店を経営している一族、
夫になったのはそこの次男坊。
結婚を機に、経済的にも独立しなくちゃいけないだろうと、
暖簾を分けてもらって、
生まれ育った街から遠く離れた場所で開業をした。
独立したばかりの小さな店です。
結婚したばかりの母も現場に立って父を助ける。
そこで直面したのは、とても厳しい現実でした。
飲食店というものは、
人が食事するときに食事ができない仕事であるというのは
重々承知。
仕事の合間をぬって、そそくさと食事をすませる。
忙しいときには、厨房の奥で立ったまま、
ご飯に汁をぶっかけてサラサラ、
食べるというより飲み込むように
かきこむようなコトもある。
料理は「お客様からお金を頂戴するためのモノ」であって、
自らたのしむものではない思っているんじゃないか、
とさえ思えるほど、ただただ腹を満たすためだけに
みんなが食事をしている。
なんとかしなくちゃいけない‥‥、
と思ったんだと言います。
「それでね。
まずテーブルをひとつ買ったの。
折りたたみができる頑丈なテーブルで、それに椅子。
いつもは積み重ねて厨房の奥においておき、
食事時にはテーブル開いて椅子を並べる。
手の空いた人が順番にそこに座って
食事をするようにしたのネ‥‥。
どんなときでも一人で食事をしないよう、
必ず誰かを誘って食事をするルールも作った。
椅子に座って誰かと一緒に食事をすると、
自然、会話をするようになる。
仕事の話や、世間話。
今では飲食店でも
当たり前のようになったこういう習慣も、
当時はまだまだ珍しくって
最初は面倒臭いって言う人もいた。
でもネ。
1ヶ月、2ヶ月と続けるうちに、
みんなはまるで家族みたいになって
辞める人がすくなくなったの。
当時、飲食店は一生続けるような仕事じゃない、
水商売だって言われてた時代で、定着率は低かった。
やめさせないよう教育したり、
昇給のシステムを作ったりと、
お父さんも含めて男の人たちといっしょに
一生懸命仕組みを作った。
でもそんなコトより、
みんなが仲良く家族のようになることの方が大切で、
だから私がその時作った食卓が、
お父さんの会社を大きくさせた一番の理由だった‥‥、
って私はひそかに思っているのよ」
そう、母は小さいボクに良く言っていた。
そのせいもあってでしょうか‥‥、
父の仕事は順風満帆。
母がずっとお店の中で仕事をしなくても
すむ状態になってくる。
それまでアパート住まいだったボクたち一家も、
大きな家に引っ越すことになったのです。
場所は街一番の繁華街。
商店街の中にできたばかりのビルの一角。
経営していた店から等距離の
便利な場所にあったというのが、
そこを選んだ理由だったのでしょう‥‥、
オフィス仕様のフロアを改装して造った家だった。
コンクリートの箱のような空間を、
家に改装するにあたって、
見栄っ張りの父は応接間を大きく、
立派にすることにこだわった。
けれど母は、使い勝手のいいキッチンと
大きな食卓の置かれたダイニングルームを
作りたいと考えた。
2人は一歩もひかず、
設計士の先生を大いに困らせることになるのだけれど、
結局、家の中で一番大きな部屋は応接間に。
けれど一番日当たりがよくて気持ちのよい
風の通るスペースが、
応接間よりも小さいけれど、
じゅうぶんな大きさをもつ
快適なダイニングルームになったのでした。
昼間は忙しく仕事をする母でしたから、
昼ご飯は今まで通りタマ子さんがつくってくれる。
けれど朝ご飯は母が作るようになりました。
夜もよほどのコトがない限り母が料理を作ってくれるし、
そうでないときも母が考えた献立を
前回登場したタマ子さんが作るようになったのです。
それまでボクは母のコトが大好きだった。
母が働いていた父の店は、
鰻がおいしいので有名な飲食店のチェーンでした。
だから帰ってくると鰻のタレが焦げたような
こうばしい匂いが母の体からただよってきた。
まずお風呂に入って、
長い髪をタオルでターバン巻きにして出てきた母は
石鹸の香りがしていて、
なんてキレイな人なんだろう‥‥、
と誇らしくなるようなステキな人で、好きだった。
なのに、家で料理を作るようになってからの母。
ボクは、なんでこんなに
意地悪になっちゃったんだろう‥‥、
と思うようになったのです。
母が家族と一緒にたのしい時間を過ごそうと思って
作ったその食卓が、
しばらくボクにとってはとても厄介で
つまらない場所になっていたのです。
理由は来週。
ボクが6つになるちょっと前のお話です。
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