今となっては、ボクが子供の頃のサカキさんちは、
田舎町の家族としては
かなり変わった生活様式をもっていた‥‥、
と確信できる。
1970年代の地方都市です。
今のように西洋料理が生活のすみずみにまで
行き渡っていた時代じゃなかった。
マクドナルドはまだ東京の一部の場所にしかなかった。
家の隣にデイリークイーンができたときには、
街中大騒ぎになるほどで、
ファミリーレストランなんて影も形もなかったのです。
東京のひばりヶ丘という住宅地に、
すかいらーくというレストランができた。
家族で気軽に車で行ける場所にある
居心地の良いレストランで、
ハンバーグが売り物。
結構繁盛しているという。
これからはそういうお店が
日本中に増えるかもしれない‥‥、と、
勉強会で聞いてきた父は見よう見まねで、
ボクらの住む街の郊外にそういうお店を早速建てた。
でも、都会のブームが地方都市へとやってくるのは
5年、10年先のコト。
思ったほどはお客様が来なかった。
少ないながらも来ていただいたお客様の
感想を書いてもらったアンケートの中で
一番目立ったご意見が
「ナイフ・フォークで食事をするのは堅苦しい。
慣れていないからできればお箸があるとうれしい」
というようなモノ。
そういう時代のコトでした。
多くのご意見に反して、父は
「ナイフ・フォークで食べることこそが
新しいレストランのムード作りに不可欠だから」
と、それで頑なにお箸を供することはなかった。
平皿の上に盛られた料理はナイフ・フォークで食べること。
ご飯もしかり。
だから家でも、今日は洋食よ‥‥、というときには
ナイフとフォークがお箸の代わりに置かれてた。
お手伝いのタマ子さんだけは
ナイフとフォークじゃご飯を食べた気がしないからと、
別の献立を作ってお箸で食べていたほど。
一ヶ月に一度。
月の終わりの日曜日には、
家の中にあるナイフやフォーク、スプーンの類を
みんなで磨く。
そのためネルのタオルを人数分、常備していたサカキ家。
進んでいたのか、
それとも何かにかぶれていたというべきなのか、
レストランビジネスの家であったということを差し引いても、
一風変わった家族だったんだろうと思う。
でも、そこに生きてるボクは
あんまりそれをへんてこりんだと思わず生きてた。
ボクが小学校の高学年のときのことです。
社会体験のような名目で
レストランで食事をするという授業があった。
いつもはしない体験を、
みんなでして社会経験を増やそうというのが目的で、
中でも一番念入りだったのは
ナイフやフォークの使い方を学ぶというコト。
今で言う、テーブルマナーの体験授業のようなもの。
ボクにとってはお茶の子さいさい。
こんなに簡単な体験学習ってなかったよ‥‥、
って生意気にも母に報告。
ナイフ・フォークが使い慣れないで
苦労している子も何人かいたけど、
びっくりしたのがナイフやフォークを
見たことがないって子がいたんだよね。
あの子の家って、一体、何を食べてるんだろう‥‥、って、
そう言ったところで母がボクの名前を呼んで、
ココに来なさいとボクを母の前に座らせ
厳しい表情でこういいます。
「あなたが今言ったことはつまり、
その子の家にはナイフもフォークもないから、
ろくなものも食べていないんじゃないか‥‥、
ということなのかしら?」
「ろくなもの」というわけじゃなくて、
例えばステーキなんか
食べたコトがないんじゃないかなぁ‥‥、と思って。
だって、ステーキはナイフとフォークで食べるものだよね‥‥、
って答える。
母は大きく息をつき、ユックリ、
けれど力強い口調でいいます。
「そう推察することはあなたの勝手。
でもこう考えることはできないかしら。
そこの家のおかぁさんはとてもやさしく、
料理が上手で、家族思いのおかぁさん。
作るすべての料理を、
ナイフやフォークがなくても食べられるように、
食べやすいよう手を加えてお皿に盛ってた。
だからナイフやフォークを見たことがなかった。
だって必要がなかったんだからと
考えることができなかったのかしら?」
って。
大体そもそも、ナイフやフォークは
食べる道具というよりも調理器具。
それをテーブルの上に持ち出して、
ワザワザ食べる人に切らせるなんて、
なんて不親切なんだろうってワタシは思う。
自分で切り分けるたのしみもあるだろうけど、
日本の食はもっと繊細でやさしいものだと思うのよね‥‥、
だからお父さんの新しいレストランは
流行らないのも当然かしら‥‥、って。
コレはお父さんには内緒だけれど‥‥、と。
そのときボクは、母が
「一つの価値観ですべてのモノをみてはダメ」、
どんなときでも相手の立場に一度立つコトの
大切さを教えてくれたんだ‥‥、と思いました。
ボクの人との接し方、人の見方が変わった出来事。
そして今。
再びこのときの話を思い出してびっくりするのが、
今の日本の外食産業は
ナイフフォークで食べる業態が苦戦して、
みんなお箸や指で食べられるものに気持ちが向かってる。
なんだか母の言うとおり‥‥、
って思って先日、母と笑った。
さて来週から、サンドイッチは切り方次第で
違う料理になるんだと、そういう話をいたします。
発行年月:2015.12
出版社:ぴあ
サイズ:19cm/205p
ISBN:978-4-8356-2869-1
著者:サカキシンイチロウ
価格:1,296円(税込)
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「世界中のうまいものが東京には集まっているのに、
どうして博多うどんのお店が東京にはないんだろう?
いや、あることにはあるけど、少し違うのだ、
私は博多で食べた、あのままの味が食べたいのだ。」
福岡一のソウルフードでありながら、
なぜか全国的には無名であり、
東京進出もしない博多うどん。
その魅力に取りつかれたサカキシンイチロウさんが、
理由を探るべく福岡に飛び、
「牧のうどん」「ウエスト」「かろのうろん」
「うどん平」「因幡うどん」などを食べ歩き、
なおかつ「牧のうどん」の工場に密着。
博多うどんの素晴らしさ、
東京出店をせずに福岡にとどまる理由、
そして、これまでの1000店以上の新規開店を
手がけてきた知識を総動員して
博多うどん東京進出シミュレーションを敢行!
その結末とは?
グルメ本でもあり、ビジネス本でもある
一冊となりました。
2017-10-05-THU