おいしい店とのつきあい方。

134 ごきげんな食いしん坊。その28
食べた痕跡を残さぬ食べ物。

実は、おみやげのサンドイッチを選んだのは
ボクじゃないんです‥‥。

「なんて粋なおみやげ」と、
持っていったサンドイッチのことを褒めてくれた
クラブのママに、ボクは正直に白状しました。

銀座のクラブに持っていくということは、
それを食べるのは当然女性。
だからケーキを買って行こうかとボクは思ったんです。
例えば、銀座でケーキと言えば、
マキシム・ド・パリのナポレオンパイ。
奮発して、長いのを一本、買って行きましょうか‥‥、
と言ったんだけど、
それだけはおやめなさいと言われたんです。
なぜなんでしょう‥‥、と。

ママはニッコリ。

「ケーキをもってお越しになったら、
『暇なお店って思われたのかしら?』
って心配になっちゃったかもネ」

そう答えます。

「ケーキはユックリ、
お茶を飲みながらたのしむものでしょ。
お客様商売をやっていて、
お茶をゆっくり飲んでいられるのって哀しいコト。
お客様が待てど暮らせど来ていただけないことを
『お茶をひく』っていうでしょう‥‥、
だからケーキをおみやげでいただくと、
ちょっとドキッとする。

忙しいとお茶を飲んで休む時間もないのが普通。
スゴく疲れたときには
甘いモノを食べたくなることもあるんだけれど、
時間をかけずにパパッと食べて
消化にいいものがありがたい。
例えば一口大のチョコレート。
小さなシュークリームとかが、
もしいただくのならウレシイお菓子。

ナポレオンパイ。
特に、切らずに一本丸ごとのナポレオンパイは、
おそらく最悪な選択でしょうネ。
だって、切らなきゃいけない。
切ってる最中に、ナイフで指を傷つけたりしたら大変。
ホステスさんの指はお客様の飲み物を作ったり、
タバコに火をつけたりするために
いつもキレイでなくちゃならないでしょ。
それに食べるとボロボロ、
パイ生地が砕けて洋服をよごしてしまうこともある。
大きなイチゴがのっかった
クリームたっぷりのショートケーキも
同じように厄介なお菓子。
贅沢であれば贅沢であるほど、その厄介さが増えていく。
そういうお菓子をおみやげでおもちになるお客様って、
私達のことをわかってないわねぇ‥‥、って思うのよネ」

‥‥、と。

「そういえばサカキさん。
お持ちになったサンドイッチを
召し上がったことはないんですよね。
どんなサンドイッチか試してごらんになりますか?」

そう言いながら、
サンドイッチの包みをひとつ開けてボクにそれを差し出す。

箱の中には小さなサンドイッチが几帳面に並んでいました。
おひとつどうぞと促され、
つまみ上げたサンドイッチはパンはフッカリ。
焼かないままの食パンで
マヨネーズあえの茹でた玉子が挟まれている。
耳はキレイにとっていて、
サイズは一辺4センチ足らずの小ささで、
パンも玉子サラダも薄くて、
たまごサンドというよりも玉子サラダを塗った食パン。
随分、たよりないサンドイッチだなぁ‥‥、
と思って口に運んで食べようとする。

「噛まずに舌の上にのっけてごらんなさい」。

ママに言われて舌にのせると、
ストンとのっかり口の中にキレイにおさまる。

「この大きさだと、唇を汚さないから
私たちにはうれしいのよネ」

なるほど。
噛み切らなくてすむこの大きさは女性にやさしい。
しかもパンで挟んだ玉子サラダは最小限。
だから指でつまんで持ち上げても、
パンの間からこぼれおちたり
指をよごしたりしないというのも、
キレイなおねぇさんたちが
仕事の合間に食べるのにいいのでしょうね。

玉子サンドイッチで
なくてはならない理由があったのです。
ハムやレタスを挟むと、
みずみずしくて歯ごたえがたのしめるけれど、
そのみずみずしさが仇となる。
ケチャップなんかを使っていると、
垂れてドレスをよごしてしまう。
具材と調味料が一体となり、しかもパンとも一体化する。
刃を使わなくてもとろけていくような口溶けの良さで、
見た目を裏切る玉子の風味の力強さにもびっくりします。
バターをたっぷりパンに塗り込め、
塩と胡椒がしっかりしている。
マヨネーズを食べているって感じじゃなくて、
茹でた玉子を食べている。
たった一枚でも小腹が満ちるような味わいに感心します。

「匂いも強くないし、
歯に何かがくっつき残ることもない。
食べた痕跡を残さぬ食べ物ってそうそうないでしょ。
食べてる最中にお呼びがかかっても
ゴクンと飲み込めばホールに笑顔で出ていける。
今晩も重宝させていただきますわ」

大人の勉強となりました。

サカキシンイチロウさん
書き下ろしの書籍が刊行されました

『博多うどんはなぜ関門海峡を越えなかったのか
半径1時間30分のビジネスモデル』

発行年月:2015.12
出版社:ぴあ
サイズ:19cm/205p
ISBN:978-4-8356-2869-1
著者:サカキシンイチロウ
価格:1,296円(税込)
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「世界中のうまいものが東京には集まっているのに、
 どうして博多うどんのお店が東京にはないんだろう?
 いや、あることにはあるけど、少し違うのだ、
 私は博多で食べた、あのままの味が食べたいのだ。」

福岡一のソウルフードでありながら、
なぜか全国的には無名であり、
東京進出もしない博多うどん。
その魅力に取りつかれたサカキシンイチロウさんが、
理由を探るべく福岡に飛び、
「牧のうどん」「ウエスト」「かろのうろん」
「うどん平」「因幡うどん」などを食べ歩き、
なおかつ「牧のうどん」の工場に密着。
博多うどんの素晴らしさ、
東京出店をせずに福岡にとどまる理由、
そして、これまでの1000店以上の新規開店を
手がけてきた知識を総動員して
博多うどん東京進出シミュレーションを敢行!
その結末とは?
グルメ本でもあり、ビジネス本でもある
一冊となりました。

2017-10-19-THU