おいしい店とのつきあい方。

078
ちょっと寄り道。その2
目をつぶって。

もう30年以上も前の話です。

‥‥、と書き始めてちょっとびっくりしちゃいました。
ボクが20代。
5つ違いの妹が学生の頃の話をしようと思って、
20年ほども前と書きはじめようとして
計算したらもう30年以上前。
どちらかと言えば40年近くも前だということに、
あぁ、歳をとったなぁとしみじみ思った。

日本における外食産業の歴史はまもなく50年を迎えます。
父の経営するコンサルタント会社で
インターンの学生バイトをはじめたのが19歳の頃で、
それが40年前。
コンサルタントになる前の父が飲食店の経営者として、
外食企業になろうと必死にがんばっていたのが
55年ほど昔のコトですから、
ボクの人生はほぼ日本の外食産業の歴史と重なる。

インターンをはじめた頃の外食産業は
若々しくて夢と希望にあふれる、
人間で言えば可能性に満ち溢れた青年のような存在でした。
強靭な筋肉とエネルギーに溢れた青年が、
無理して体を大きくしようと過食にふける。
他の人に負けまいと不眠不休で働き続けたはてに
深刻な生活習慣病に陥ったのが1990年前後の出来事で、
医者からこのまま言ったら死にますよ‥‥、
って言われて必死にダイエットする。
なんとかスリムになりはしたけど、
今度は無理なダイエットで体力なくして老化がはじまる。
それが21世紀になった頃合い。
老化は止まらず生き死にをかけた
闘病生活がはじまった‥‥、それが今の産業。
外食産業の人生をずっと見守り見届けてきたのが
ボクの仕事をする人としての40年間だったなぁ‥‥、
と、なつかしくさえ思った次第。

さてその外食産業の青年時代の話です。
妹がロイヤルホストでバイトをはじめました。
そもそも、妹のバイト探しに反対していた父。
娘を大事にするあまり、
「女子がバイトをするのは不良のはじまりで
ろくなことはない」
などと、ずいぶん無茶な言いようでしたが、
そんな父が唯一認めた先がロイヤルホストでした。
自分のよく知る外食産業ならば、
ということだったのでしょう。

彼女を面接した店長が
「サカキさんはいつかうちを辞めるでしょう。
やめてどこかに就職したとき、
あるいは社会にでたときに、
ロイヤルホストでバイトしていたよかったなぁ‥‥、
と思ってもらえるように教育するから厳しいですよ。
それでよければいらっしゃい」
と言われたんだということを聞いた父は、ますます感心。
彼女もそういう店長の心意気を粋に感じて仕事に励み、
たちまち優秀バイトになった。

つとめはじめて最初のゴールデンウィークのコトでした。
父がこどもの日にお前の店へ食事をしに行く‥‥、
いいだろうって妹に言う。
彼女は真剣に父にこう言う。

「忙しいときに来ないで頂戴。
どうしても忙しいときに来るんだったら、
片目をつぶる気持ちでいて。
忙しいときには問題が起きやすい。
実力のあるスタッフも、
その実力を出しきれなくて
お客様を失望させることがあるから、
お願いだからじっと見ないで。
失望しないで。
お父さんは飲食店のあら捜しをするプロだから、
できれば両目をつぶってただただ食べて帰って。
お願いだから」

意地悪な父はそう言われても
わざと忙しそうな時を狙ってこっそりと行く。
今のように外食する場所が
たくさんあるような時代じゃないから、
外食しようと思えば、
結果、妹がいる店を選んでしまうことになる。
しょうがないんだけど、
やっぱり何か足りぬことが起こるわけです。
そんな日に、アルバイトから帰ってきた妹は必ずこう言う。

「今日は本当に申し訳なかった。
でもあれが実力だとは思わないで。
私の出来不出来。
お店の状態を判断するなら、
“普通に”忙しいときにもう一度来て。
それはそれはすばらしいから。
両目をパチッと開けて見て、
やっぱりこの店はスゴイ店だと褒めてちょうだい。
それでも褒めれないような状態だったら、
私はバイトを辞めるから」
‥‥、って。

卒業するまで妹はそのロイヤルホストで仕事を続けた。
就職先は銀行でした。
本店勤務の役員付き。
人事の人に、
「サカキさんのお辞儀の仕方、声の出し方、挨拶の仕方、
歩き方から待ち方まで新人の中でもトップクラスで、
それが評価されたんですよ」
とそう言われたとき、
最初に出会った店長がした約束が果たされたんだと、
彼女は思った。
そういう時代があったのです。

さて、ゴールデンウィーク。
外食先では、
片目をつぶってのんびりかまえて食事をしましょう。
そしてもう一度、連休騒ぎが合わった頃合い。
5月中旬とか6月にその店に行き、
今度は両目をパッチリあけて働く人の仕事を見ましょう。
そのときお店の状態がいきいきしていてすばらしければ、
そういう店は長いおつきあいをしていいお店に違いない。

2019-05-02-THU