おいしい店とのつきあい方。

001 おいしいものをちょっとだけ。その1
ロンドンの回転寿司。

いまや「Sushi」は
世界中で食べられる料理になり、
世界で通用する言葉になりました。
それぞれに日本の寿司とは違った
Sushiがあるのもたのしく、
海外に出て現地ならではのSushiをたべるのも、
旅のたのしみのひとつになりました。

今から20年以上前、20世紀末のコト。
ボクのお客様がサンフランシスコで
回転寿司のお店を開業したいとおっしゃった。
物件はある。
息子さんが現地の大学をまもなく出るので、
彼の武者修行の場所にもしたいという
かなり真剣なプロジェクト。
ただ当時、アメリカには
まだ数えるほどの回転寿司しかなく、
しかもどれもがアジア人やヒスパニックを
ターゲットにした、
お腹いっぱいになるための店って
位置づけになっちゃっていた。
日本では
「目の前を料理が流れてくるのは便利」な
システムとしての回転寿司を受け入れた。
けれどアメリカでは
「英語を読んだり話したりできない人に便利」な
システムだと思われてしまっていた。
実際、そういうお店に行くと
寿司と一緒に春巻きや餃子、
タコスなんかが流れてたりした。

その方が作りたかったのは
ちょっとした贅沢な体験をしたい人たちに向けて、
新しい提案のできる店。
そんな回転寿司はあるんだろうか‥‥と探してみると、
ロンドンにあると小耳に挟んで、
ボク達はイギリスに飛んだ。

その店の場所にいってびっくり。
その店は、ハーヴェイ・ニコルズという百貨店の中。
ロンドンで最も感度の高いファッションを扱う
百貨店として有名で、
日本でいうならさしずめ伊勢丹新宿店の
レストランフロアの核テナントとして出店している‥‥、
って感じになりましょうか。
しかも回転寿司という不思議。

確かにベルトコンベアが動いていて、
上にカバーのかかった寿司がのっかり、回ってる。
それはまるで日本の回転寿司のような景色で、
けれど客席側には黒いボウタイをキリッとしめ、
黒いベストを着たサービススタッフが立っている。
座るとまず「お水はスティルにしますか、
スパークリングになさいますか?」と声をかけられる。
普通の水ですか? 発泡水ですか? という、
ロンドンのレストランではサービスの最初の言葉。
日本ならばお茶を淹れるための
熱湯がでてくるノズルが数席ごとに1個づつついている、
その場所にロンドンではノズルが2つ突き出していて、
1つが普通の水、もう片方がスーパクリングという構造。
そして続いてこう聞かれます。

「お茶は何をお持ちいたしましょうか?」

緑茶、ほうじ茶にはじまって
ジャスミン茶やアールグレイ。
洋の東西を問わず40種類ほどのお茶が揃っていて、
当然、それは有料なのですけれど、
みんな迷わず何かをたのむ。
たのんだお茶は鉄瓶に入れられてやってくるのですネ。
当時、パリでもミラノでも
お茶を鉄瓶に入れてサーブするのが流行っていたのです。
ただ流行っていた場所はカフェ。
ケーキやサンドイッチのお供に鉄瓶に入れたお茶。
それがおしゃれな「虫養い」のお供だった。

虫養い。

人間はお腹の中に虫を飼っていて、
その虫が腹が減ったと暴れないよう、
その空腹を一時的にしのぐことを指して「虫養い」。
昔の人は粋なことを言ったものです。
実は世界中にこの「虫養い」と同じ
習慣というか、概念がある。

ハーヴェイ・ニコルズの回転寿司もそうでした。
みんなゆったりとしたムードでお茶をたのしみ、
1皿とってはまたお茶を飲み、
おしゃべりたのしみまた1皿。
40分ほどかけて平均ひとり3皿弱を食べて
お帰りになるんです‥‥、ってお店の人が言う。
それじゃぁ、お腹いっぱいにならないでしょうって聞くと、
お腹いっぱいになりたい人は
フィッシュアンドチップスを食べれば
油で胸焼けして夜までお腹がすかないで済む。
うちのお店はアフタヌーンティーをたのしまれるように、
お腹いっぱいにならないことをたのしむお店。
だからお茶のメニューが豊富なんです‥‥、と。

お腹いっぱいにならないことをたのしむ食。
これほど贅沢なことはないだろうなぁ‥‥、
とそのとき思い、
けれど果たしてアメリカで
そういうたのしみを求めるお客様が
どのくらいいるんだろう‥‥、と、
そのプロジェクトはそのままフェイドアウトしちゃった。

歳をとったからでしょうか。
最近、お腹いっぱいになることよりも、
おいしいものをちょっとだけ‥‥、
という食べ方の方が心地よく感じることが多くなった。
そういう目線で飲食店を眺めると、
結構、あたらしい発見がある。
それも世界のそこここに。
お腹をいっぱいにしない贅沢のお話に、
しばらくお付き合いいただきたく存じます。

2020-03-19-THU

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© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN