おいしい店とのつきあい方。

015 おいしいものをちょっとだけ。その12
「館」とけんかした話。

新宿三丁目のとある「館」で
飲食店を経営していたときのことです。
沖縄料理の店でした。
観光で沖縄に来る人たちを相手にした飲食店で
売ってるような料理ではない、
モダンで健康的な料理を売る店でした。

もともと沖縄には「ヌチグスイ」という考え方が
料理の世界にはずっとありました。
「ヌチ」は「命」。
「グスイ」は「薬」。
つまり、料理というのは、
命を作る薬のようなものなんだ‥‥、という考え方で、
医食同源だとか、薬膳だとかと同じ発想です。

プロデュースした自分が言うのもおかしいけれど、
それはそれは洗練されていて、
力強いのに、やさしい味わいの料理でした。
体が内側からキレイになることを実感するような料理。
しかも気持ちが豊かになれて、
食卓が自然な笑顔で包まれる。
そんなレストランでしたから、人気もあって流行りました。

使っていた食材の6割以上を沖縄から空輸していました。
特に沖縄の野菜はおいしい。
たくましくて力強くて命を蓄え、滋味にあふれてる。
なにより香りが強烈にして鮮やかで、
ただの野菜なのにまるでハーブのようにふるまったりする。
沖縄にしかない香辛料も多く、
それらを使うといつもの凡庸な料理が特別なものなりました。

ヒバーチという八重山でとれる胡椒があります。
唸るようなどっしりとした辛味と、
シナモンのような甘い香りが特徴的。
コーヒーにパラッとふりかけたりすると
コーヒー自体の苦味、甘みがひきたって、
得も言えぬ味にしてくれる不思議なスパイス。

地元の人が「ヒル」と呼ぶ島ニンニクは
小ぶりで一片が小さくやわらかい。
春先の若い頃はみずみずしくてシャキシャキとした、
新玉ねぎのような食感があり、にもかかわらず辛い。
そして香りが強くて鮮やかで、
薄切りにしてオリーブオイルでコトコト炊き、
ヒバーチをくわえると、
ペペロンチーノのベースのようになってくれる。

それでパスタを作って春のメニューとして売り出しました。
細めのスパゲティーニを硬めに茹でて、
たっぷりの島ニンニク、
エシャロット代わりに島らっきょうをみじん切りにして
風味をつけて、ヒバーチで辛味をくわえる。
上等な鰹節で旨味をととのえ仕上げたそれは、
泡盛をたっぷり飲んだあとのお腹をキリッとさせる、
最上級の〆料理になりました。
「島のペペロンチーノ」と名前もつけて、販売開始。
たちまち人気の商品になったのだけど、
「館」の人から叱られました。

あなたのお店は沖縄料理のお店として
テナントになっていただきました。
だからスパゲティーを売っちゃいけない‥‥、って。
沖縄料理にはゴーヤチャンプルーやフーイリチー。
ソーキにラフテー、タコライスと、
売るべきものは沢山あるんじゃないですか。
なのにスパゲティー。
もっと本業を大切にされたらどうですか? と言うのです。

ボクたちは伝統料理や郷土料理といわれるものを
そのまま売って、それが沖縄の料理ですと
甘えるようなことはしたくなかった。
沖縄でしか作ることができない料理が沖縄の料理。
沖縄の食材の魅力を最大限に活かしたこのスパゲティーは、
イタリア料理では決してなく、
沖縄の料理とわたしたちは思って作っているのですけど‥‥、
と釈明するも答えはつれない。

この「館」にはスパゲティーを売りにした
イタリアンレストランに入店していただいている。
そのお店と不必要な競争をしなくてすむように
気を配るのが「館」の管理者、
ディベロッパーの仕事なんです‥‥、と。

それで結局、その自慢のレシピはお蔵入り。
でもくやしいからスパゲティーをそうめんに代えて、
ソーミンタシヤーのように仕立ててメニューに入れた。
でもそれじゃぁ、なんだか負けた気がして、
沖縄そばをフェットチーネになぞらえ、
アグーで作ったベーコンとラード、
沖縄の海の塩を使って作ったカルボナーラ仕立ての料理を
「そばカルボナーラ」って名前で売った。
そしたらまた「館」の人がまたやってきて
「うちにはお蕎麦屋さんのテナントが
入ってらっしゃるんですけれど」という。

そうきたか‥‥、といじめっ子魂、爆裂しました。

沖縄そばと日本のそばは違った料理。
前者は小麦粉だけで作られた中華麺のような食材で、
そば粉を使った日本のそばとはまるで別物。
しかもボクたちが扱っていたそばは、
焼いたガジュマルの灰を水に沈めて、
その上澄みをかんすいがわりに使ったもので、香りも独特。
しかもそれをカルボナーラのように仕上げた
オリジナルの料理です。
そば屋と競合するから売ってはいかん、
イタリア料理のようにも見えるから売っちゃならんと
おっしゃいますか‥‥、
と、大人気なくも喧嘩腰で言っちゃった。

それがすべての理由ではなかったのでしょうけれど、
結局、「館」の契約更新がなされることはなく、
閉店の憂き目にあいました。
これ以外にも、お客様想いのサービス精神が旺盛すぎて、
「館」と喧嘩をしてしまうことが多くって、
おそらく面倒くさいテナントと思われたのでしょう。

「館」にとって大切な、まず第一のお客様は、
実は「テナント」。
「街」とはそこが一番違うところなんだなぁ‥‥、
とそのとき思いました。
また来週。

2020-06-25-THU

  • 前へ
  • TOPへ
  • 次へ
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN