おいしい店とのつきあい方。

017 おいしいものをちょっとだけ。その14
ライバル店との切磋琢磨。

ライバル店の開店で、
ボクたちの店の売上は3割ほど減りました。

彼らの店はよく売りました。
なにしろ、飲食店の世界において
究極の販売促進は新規出店といわれるように、
新しいというだけでお客様は集まるものです。
ボクたちのお店と同じくらいの売上を
叩き出しているように見えました。

同じエリアの同じような店ですから、
1軒が2軒になったら
売上高が半分になってもしょうがないところ。
それが3割ほどしか減らなかった。
しかももう1軒も同じだけの売上をあげたとするならば、
その地域における沖縄料理の売上は
140%アップになったということです。

スゴイことです。
正しい競争によって新たな市場が作り出される。
これが「街」の商売のオモシロイところ。
同じような業態で
同じような料理を売ることを許さぬことで
不必要な競争が生まれぬように
ディベロッパーが気を配ってくれる
「館」の中では起こらぬ奇跡。
負けてなるものか‥‥、と
ボクらは闘志をかきたてました。

若い人たち向け、安売り、
それだけがその店の魅力だと思い込んでいたのが、
なんのなんの、
料理はかなり本格派でした。
やるべきことは間違いなくする。
やってはならないことは決してしない。
料理づくりの当たり前を、
当たり前にやり続けている姿勢は
ライバルとして頭の下がるものでした。

しかも、見様見まねの沖縄料理“風”の料理ではなく、
沖縄料理はどのようにすれば美味しくなるかを
熟知した人が作っている料理、
‥‥そのようにも見えました。
だから彼らの次の一手はどんなものかと
ちょっと怖くもあったのです。

彼らの開店から1ヶ月ちょっとのことです。
「ゴーヤチャンプルーがおいしくなりました」
というポスターが店先に張り出された。
沖縄から空輸した島豆腐を使った
本物のゴーヤチャンプルーを召し上がれという説明書きに、
あぁ、やられたとボクらは思いました。

沖縄独特の食材を空輸して使っていたボクたちにとって、
島豆腐を空輸すべきかどうかは
何度も議題にあがった課題でした。
それを使えば本場の味になる。
けれど、島豆腐独特のアクくささとでもいいますか‥‥、
特徴のある風味が、
それに不慣れなほとんどの東京の人たちにとって
いい特徴となるのかどうかわからず、
沖縄から運んできた本物のゴーヤを使えば
十分な差別化になるだろうと思って
そのようにしていたのです。

ボクらが考えたように、
島豆腐が嫌いでボクらの店に戻ってきた人たちもいました。
けれどそれを目当てに集まる人たちもかなりいたのです。
なにより「あの店は本物を作ろうと一生懸命になってる店」
という評価が、彼らのものになりはじめたのです。

さて、どうするか。
今さら島豆腐を空輸したところで、それは二番煎じ。
彼らがしないこと、
お客様の思いもつかないようなことをしないとつまらない。
あれやこれやと考えた末、そうだ! とひらめきました。

海水を運んでこよう!

‥‥、と思ったのです。

沖縄には海水をにがりのかわりに使って作る
豆腐があります。
豆を搾って作った豆乳を大きな鍋で炊いて、
そこに海水を注ぐと豆乳がかたまり、
ふわふわおぼろ豆腐が浮かんでできる。
それをそのままスプーンですくって食べるのが
「ゆし豆腐」という料理です。
そのゆし豆腐を型に移して搾ってできるのが島豆腐です。

ほのかな塩の味わいがおいしく、
飲んだあとのゆし豆腐は
お腹をあっため酔い覚めもよい。
東京の人に食べさせてあげたら
どれほどよろこんでもらえるだろう‥‥、
と、思ったのです。
ただ、当然、コストがかかります。

そもそも、外食の食材ロジスティックの常識において
なるべく避けるべし‥‥、と言われるのが
「水を運ぶ」ということ。
水は重たい。
タンクに入れて長時間運ぶと
交通機関の振動で品質劣化がおこることがある。
スープやタレはそのまま使える
ストレートの状態で仕入れることが
品質のことを考えれば一番いいのだけれど、
濃縮、あるいは粉末にしたものを流通させたがるのは
コストと品質安定のことがあるからです。
だからボクたちの決定は、本来やってはならぬことでした。

でも、宣伝にお金を使ったんだ‥‥、と思えば惜しくない。
それで水を空輸しました。
衛生管理は万全で、お店の厨房を見渡す
カウンターの2席を潰して
大きな鍋を置くスペースを設えて、
そこで毎日、豆腐を炊きました。
できたてのゆし豆腐を、
昼はランチの汁がわりに、
夜は〆に小さなお椀によそい、
試食を兼ねて振る舞いました。
たちまち人気を獲得し、
1日何度も炊き上げなくちゃいけなくなるほど売れました。

島豆腐を作ろうと思えばできはしたけれど、
そうする暇もないほど売れたし、
近所の店のお株を奪うようなことはしたくなかった。
それでずっとゆし豆腐だけ。

沖縄の海の水でつくるゆし豆腐が評判をとるようになって
1週間ほどしてのこと。
ライバル店の会社の社長から
ボクに会いたいと電話が入りました。

さて、また来週。

2020-07-09-THU

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© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN