池谷 |
ところで、海馬は記憶に大切だといわれますが、 実は、どんなタイプの記憶にも 海馬が大切というわけではありません。 動物の目に空気を吹きつけるという、 記憶に関する実験がよく行われます。 人間でもそうですが、 目に空気がパッと入ったら嫌だから、 まばたきのように一瞬目を閉じますよね? そういう実験です。 まず、動物に音を聞かせてから 目に空気を当てるようにします。 ブーッと音が鳴ったら空気がパッと当たる。 「ブーッ・パッ 、 ブーッ・パッ」 これをくり返します。 そうすると、音を聞いただけで 目を閉じるようになります。 いわゆる「パブロフの条件反射」ですね。 「音が鳴ったら空気が来るぞ」とわかるのは、 記憶があるからです。 脳のどこかでそのことを覚えているんですが、 意外なことに、この記憶には 海馬は必要ありません。 そこで、ひとつ段階を増やします。 まず、音と同時に、動物に光を当てておきます。 その後に、さきほどの 音+空気の組み合わせの 「ブーッ・パッ」をやります。 そうすると今度は、 光を当てられたら、それだけで 目を閉じて待つようになります。 この記憶には海馬が必要なんです。 このふたつは一見よく似ていますが、 何が違うかというと、 「空気が出る」ことと 「光が当たること」のふたつが 同時には与えられずに、 時間的に離れている、ということです。 時間的に離れた事象を結びつけるのは、 脳にとって、ものすごく難しいことなんです。 光と音は同時に与えられて、 音と空気は同時に与えられる。 しかし、光と空気が 同時には1回も与えられていません。 よく考えると、これは三段論法なんですよ。 光ならば音、音ならば空気、 よって光ならば空気、ですよね? |
糸井 |
なるほど。 |
池谷 |
三段論法は、海馬がないと 理解できないんです。 ここで、さきほどの 眠りの「ABCD」の話に 戻しますよ。 ネズミが歩いて経験したAとBとCとDは、 実際には離れた地点です。 しかし、深い眠りのときに 記憶を圧縮して送るリップルは、 これを「ABCD!」と、ほぼ同時に出します。 A→B→C→Dは時間的に離れていますから、 本来なら経路として、 まとめて記憶できるはずがないんです。 場所的に離れた経路を「ABCD!」と バッと圧縮できると、 これが一連の道筋になっていることがわかる。 海馬は三段論法を使って、 時間的に離れたものに いかにして気づくかを 睡眠中に行っているということです。 コップを倒したら水がこぼれることは 目の前にあって起こることだから 海馬がなくてもすぐに因果がわかるけれども、 私たちの住んでる世界の因果関係は、 なかなか、そういうことばかりじゃない。 ときには、 次の日にやっとわかったりすることだって あるわけです。 一見、離れた場所に遠くにある事象でも、 因果関係に気付くのは、 おそらく海馬があるからなんです。 因果関係をつなげて、 情報を圧縮できるのは 睡眠のなかでも、深い睡眠のときです。 これはすごくシンボリックだと思います。 ですから僕は、「寝る」ということは、 あれこれ離れた現象について 「これとこれ、意外と関係あるかもしれない」という いわば「気づき」を与えるんじゃないかな、 と思うんです。 (つづきます) |
2007-11-29-THU