4犯人を誰も知らない。


周防 僕らがドラマや映画で見る裁判は、
どこかでその人が
犯人かどうかわかるし、
「真実はこれです」というようなものがあって、
必ず真犯人が明らかになって終わる、
というのが多いですよね。
糸井 そうですね。
周防 最終的には誰がほんとうのことを言って、
だれが嘘つきだ、とわかるから
安心して観ていられるんです。
でもね、実際の法廷って
あたりまえだけど、一切
それは隠されてるんですよ。
誰も何も知らないんです。
少なくとも、知ってるのは被告人だけ。
被告人だけが、
自分が犯人であるかないかぐらいは
知っている。
ときどきそれすらも
わかんなくなっている人がいて
困るんだけど(笑)。

糸井 ああ、いるでしょうね。
周防 うん。取り調べや何かでいろいろ言われると、
「ほんとうに俺、やったのかな??」
と思う人もいる。
でも、まあ、ふつうなら、被告人だけは、
自分がやったかやんないかだけは
わかっている状況です。
あとは何も知らない人たちがよってたかって、
事実はどうだったかを言い合うんですよ。
考えてみればムチャクチャな、
すごいことをしてるんです。
でも、裁判所は正しいという、
その根拠はよくわからないけど
前提があるから、
そこで決められたことにはみんなが従う。
ま、ルールですよね。そういう約束なんですけど
‥‥ほんとうにそうかな?
と思っちゃう。
糸井 物理学みたいに
必ず当てはまるルールにならない
問題ばかりを争うわけですね。
周防 そうです。
糸井 ‥‥僕、今、急に思い出したことがあるんですけど、
父親が裁判所の中にいた司法書士だったんです。
お使いで物を届けるときに、
いつも裁判所に行ってたんです。
周防 へぇ! そうなんですか。
糸井 「金返してくれ」とか、簡単な案件だと
書士ですんじゃうようなことがほとんど。
上手に書類ができると
弁護士は要らなかったりするみたいなところが
あるらしくて。
周防 はい、わかります。
糸井 それがどうもうちの父親の誇りだったんですよ。
「俺がいると弁護士は要らないんだ」
なんて息子の俺には言ってたなぁ。
そのとき、不思議でしょうがなかったのは、
本棚のほとんどが判例集だったんです。
よくわからないけど、記憶にあります。
何だろうという疑問があって、
これまでずっと考えなかったんだけどね。
結局、前にだれがどうしたかということが
法律の実体なんですよね。
周防 そうです。
いちばん大事で、
裁判官もいちばん気にしていること。
弁護士が何か言うと、
「そういう判例はありましたか」
みたいなことを聞きますもんね。
糸井 それが世間ってやつの
代名詞でもありますよね‥‥。
周防 判例は、裁判官がいちばん気にしていますから、
逆に言うと、
歴史に残る判例を残すということは、
裁判官にとってはひとつの
誇りになり得るんです。
糸井 名誉と不名誉が両方あるんでしょうね、きっと。
周防 そう、両方あります。
糸井 何だろう……ほんとうにね、
何だろうと思っちゃう。

(つづきます)


2007-02-17-SAT


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