13 そんな暇はない。


糸井 映画の公開がはじまって、
フタをあけたら満員ですよ。
ビックリしたんですけど(笑)、
初日の午後1時から、渋谷に観に行ったら、
席が前のほうしかあいてなくて、満員。
見事に固唾をお客さんは飲んでいて、
すばらしかったです。
周防 裁判官でも検察官でも
警察関係者でもいいんですけど、
この映画について、何か声を出してくれるかな、
ということを、楽しみにしてるんです。
糸井 今は、ないんですか。
周防 ないです。弁護士さんからは、
「刑事裁判の現状をリアルに描いている」
と、全面的に支持されてしまっています。
「こんなの嘘だ」と言われたほうが、
圧倒的にいい社会なのに、
どうもそうはならなくて。
糸井 元検事、元裁判官は発言できますよね。
周防 できますね。
してます、ええ。
糸井 すると、現役の人が黙ってるんですね。
周防 現役の人でもときどき、
新聞の読者の声欄とかに
投書される方もいるので、
そういうところで読めるのかな、とか、
あとは法律関係の雑誌で、
映画に触れられる方がいるかな、
と思って、見たりしています。
ただ、意見が出てきたりするまでには
おそらく時間がかかりますから、
すぐってわけにいかないでしょう。
そういう声が
どういうふうに聞こえてくるのか
聞こえてこないのか、ちょっと楽しみです。

糸井 同じ平面で「なるほど」と
言い合ってみたいですよね。
周防 そうなんです。
「監督にはそう見えたかもしれないんだけど
 そういうことじゃないんだ」
とか、聞いてみたいんです。
糸井 現役で裁判官、検事、警察の誰かが。
周防 はい。ぜひ。
糸井 誰かメールをくれるといいな。
家族の方でもいいかもしれない。
それに、法律に関する仕事の
研修生や法科の学生さんにも、
あの映画は団体で見てほしい。
周防 公開前に東北大学で、
年に一度模擬裁判をやって公開している
東北大学模擬裁判実行委員会の
皆さんを対象にした、試写をやりました。
試写をを見たあとに話をすると、
「僕は検察官志望です」って言うから、
「なんで検察官を志望したんですか」って訊いたら、
「恥ずかしいんですけど、『ヒーロー』の
 キムタクを見て、検察官になろうと思いました」
と言ってて、
ドラマの影響ってあるんだなぁと思って。
糸井 思えば昔、『大岡越前』に影響された人も
いるかもしれないですね。
周防 大岡裁きっていまだに称えられてますからね。
糸井 「手を離した親が」みたいな話は
「みんなが知り合いの場所」での
裁きとしては、よくできてるんですよね。
周防 日本の共同体というか、
まあいわゆる村社会ですけど、
そこでは罪を認めて深く反省すると
優しいんです、実は。
執行猶予がついて許してくれるんですよ。
もし苦しみたくないんだったら、
サッサと認めて反省したほうが(笑)。
糸井 水に流すっていう原理が働いてるんですね。
周防 痴漢事件だって早い時期に素直に認めちゃえば、
だれにも知られずに、
明日から同じように
会社に行けたりするわけです。
糸井 なるほど。
周防 これが、否認してるというだけで
勾留が続きます。
やってないからやってない、ということだけで
最長23日間留置場にいて、
起訴されればさらに続く。
やった人は、
「やりました。すいません」と言うと、
うまくいくとその日のうちに出てきちゃうんです。
糸井 そうですね。
そこまで問いかけられたうえで
もう話しましょうって感じで、
そういう人が1人、映画の冒頭で
描かれてたでしょう。
周防 はい。
糸井 あいつ、悪いですよねぇ〜〜。
周防 悪いんですよ。悪いんですよ。
糸井 あれがあるだけで
すーごく立体感がありますよ。
周防 自白をすれば釈放される。
だから、裁判になる前の冤罪もあるんですよ。
やってないんだけど
これ以上会社休むとわけにいかないから、
しかたなく認めて出ました、という人は
わりに多いんじゃないかと言われてるんです。
それが人質司法というものの怖さです。
だって、あの映画を観たあとに、
「僕だったら絶対自白して出ちゃいます」
っていう人が、けっこういますから。
そうなると僕は、あの映画で警察の片棒を
担いだことになる(笑)。
糸井 いや、僕もしょっちゅう揺れてましたよ。
「現実としては」と思うと、
1日休むだけで大変だ、というようなところに
みんな立たされてますから。
周防 そうですよ、ほんとうに。
糸井 交通事故だってあいたくないし、
病気でも病院から出てくる人がいる時代です。
それを、痴漢したとかしないとかで
勾留されるなんてさ、
「そういえば、ここは触ったかな」
ぐらいになったら、
俺は正義の味方ごっこを
ここでしてる暇はないんだ、って
ロジックになります。
痛いですよ。
周防 そう。そこでどう考えるかで、
その先がガラッと変わってしまうんですけど。

(つづきます)

2007-02-26-MON


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(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN