糸井 | 悠久の「悠」か。オリンピックのボルトは。 |
武田 | ふいにぽっと、出てきたんですけど。 |
糸井 | たしかに‥‥「遊」というより「悠」だよね。 なんか「自然の摂理」みたいな感じが。 |
武田 | ええ、「遊」のほうが、 より能動的で、自発的ですよね。 |
糸井 | 「悠」には「運命」を感じるというか‥‥。 |
武田 | ゆえに、もっと絶対的。 |
糸井 | 個人の意志を超えてる。 |
武田 | 人類が少しずつDNAを積み重ねてきた 「悠久のとき」を越えて、 人間の意志と神経と筋肉の組み合わせとして あの「横向き」が、出たと‥‥。 |
糸井 | オリンピックの決勝という、極限的な状況で。 |
武田 | 糸井さん、「ボルトの横向き」的なものを お仕事のなかで感じることは、ありますか? |
糸井 | ありますよ。 |
武田 | あります? あの心境を? |
糸井 | ありますよ、そりゃ。 つまり「うれしくてしょうがないとき」でしょ。 |
武田 | あ、そうか、そうか! あれは「うれしくてしょうがない!」ですね。 |
糸井 | たかが人間、全知全能の神さまなわけじゃなし、 「たかがオレだぜ」って気持ちは、 昔から、すごく大きなものとしてあるんです。 ‥‥にしては、 ちょいとうまくいくときがあるんですよ。 そんなときは‥‥うれしいんだよなあ。 |
武田 | ボルトみたいに。 |
糸井 | 横向いちゃう(笑)。 |
武田 | わかってないことが多いのか‥‥どうなのか。 自分が優れてるなんて思ってないんですが、 「オレって、大したことないな」とは おなじように、やっぱり、思えないんです。 それは「自分のこと」にすごく興味があって、 言い換えると、 「オレという人間」が研究対象なんですね。 だから「自分のこと」を 「大したことない」だなんて、絶対思えない。 |
糸井 | ああ‥‥。 |
武田 | だからいま、すごくビックリしたんです。 糸井さんが、 ご自身のことをそう思ってきただなんて。 |
糸井 | これはね‥‥説明するのが難しいんですけど、 すごく肯定的な意味なんですよ。 うちの社員なんかには、 全員にたいして言ってあげたくなるくらい。 大したことなくて、よかったなぁって。 |
武田 | つまり、卑下してるわけじゃなく? |
糸井 | 大したことのない、ふつうの人たちが がんばって、 「横向いた」ときのうれしさって、すごいよ。 で、それを見ているぼくのほうも、 当人たちと同じように、うれしいんです。 ああ‥‥よくやったなぁって。 |
武田 | なるほど‥‥そういう意味でしたか。 |
糸井 | ‥‥お話をしていて思ったんですけど、 武田さんは、いま、 とても「言葉」に興味のある時期でしょう? |
武田 | そうかもしれません。 |
糸井 | あばれたり、突っ走ったりね(笑)、 絶対、おもしろがってる時期だと思うんです。 でも、ひとつ思うのは‥‥ 言葉が書を「救っちゃう」ようなことがあったら、 ちょっとあぶないかもしれないね。 |
武田 | 言葉が? 書を? |
糸井 | 書の足りてないところを、 言葉が救っちゃうってこと、あると思うんです。 |
武田 | うん‥‥ある! すごいな‥‥。 |
糸井 | いや、そういうもんだと思うんです。 |
武田 | ぼくの弱さなのか、わからないけど。 |
糸井 | 弱さじゃなくて「言葉」が強いんですよ。 視認性は高いし、音声としても入ってくるし、 よくも悪くも、強烈なんですよね。 |
武田 | たとえば、個展をやるってときに、 書の作品に「詩」や「思い」を添えるどうか、 いつもけっこう悩むんです。 個展というひとつの世界に、 どこまで「言葉」を入れ込むのか。 「書だけでいいんだ」という意見だって、 とうぜんありますから。 |
糸井 | ‥‥井上有一さんという書家がいたでしょう? |
武田 | ええ、はい。大家です。 |
糸井 | その北京オリンピックのときも、 コムデギャルソンの川久保玲さんが 井上さんの書をつかった 競泳のレーザー・レーサーをデザインしてましたけど‥‥ インタビュー嫌いで有名だったみたいで、 ぼくくらいしか ちゃんと会ってないらしいんですね。 |
武田 | ええ。 |
糸井 | ほんとにもう‥‥すてきだった。 |
武田 | どのように? |
糸井 | もう、20年以上まえになると思うんだけど、 井上さんちは「禁煙」だったんです、当時。 タバコを吸っちゃいけないって 壁に貼り紙がしてあるほどで。 |
武田 | 書で? |
糸井 | そう、でも、ぼくがお宅に訪問したとき、 「ただし、 糸井重里さんはその限りに非ず」って 貼ってくださってたんです。 |
武田 | へぇ‥‥。 |
糸井 | 井上さんには、 そのときの2時間くらい取材しただけで、 その後いちどもお会いできないまま、 お亡くなりになられたんですが‥‥。 井上有一さんの展覧会のタイトルは、 ずーっとね、ぼくがつけてるんですよ。 |
武田 | いやぁ‥‥鳥肌が立つなぁ、その話。 |
糸井 | ちょっといいでしょう? で‥‥さっきの「言葉のちから」に話を戻すと、 表面的な見かたをしてしまえば、 その「井上有一」でさえ「貧」という一文字に、 頼り切ってたとも言えますからね。 ※井上有一氏は「貧」だけで数百枚もの作品を残し、 「貧」の個展を開いたり、作品集を出すなど、 大きなテーマとして「貧」に取り組んでいました。 |
武田 | そうなんですよね‥‥言いかたによっては。 |
糸井 | 「貧」という一文字が持つ意味を 世のなかの人たちは、知ってる。 そのことをあてにしなければ、 「貧」の一文字を あんなにも書き続けられなかったわけで。 |
武田 | うん。 |
糸井 | だから、たとえば武田さんが 「ひらひら」と書いたら。 その「ひらひら」という言葉のちからに 多かれ少なかれ、頼らざるをえない。 |
武田 | わざと頼ることもありますし。 |
糸井 | そうでしょうね。 かくも「言葉」は‥‥強烈ですから。 |
武田 | でも、あの、井上さんの「貧」は‥‥。 |
糸井 | かっこいいよね。 |
武田 | うん、貧相じゃないんです。「貧」なのに。 |
糸井 | ああ、そうだね。 |
武田 | それでいて、ぼくが「貧」と書いても あんなに「貧しく」は‥‥ならないです。 |
糸井 | ほー‥‥。 |
武田 | だからあれはね、ムリ!(笑) 真似したってできるものじゃないです。 どれだけ練習したとしても。 |
糸井 | 井上さんの生きかたそのものが 入っちゃってますからね。 |
武田 | ある意味では「貧しい」という概念を くつがえすぐらいの書ですよ。 |
糸井 | 「痩せた貧」やら、 「太った貧」やら、いろいろあるし。 |
武田 | 圧倒的に華やかなんです。「貧」なのに。 <つづきます> |