武田 | でも、こんなふうに「書」はすごいと言いつつ、 「書」が「活字」にまったく勝てない部分を、 ぼくは、すなおに認めてるんです。 |
糸井 | へぇ。 |
武田 | 活字って、これ以上ないってくらい 「削ぎ落とされてる」でしょう。 |
糸井 | うん。 |
武田 | 人間の書く文字の「くさみ」なんかも含めて、 いろんなものを、落としてますよね。 |
糸井 | 骨組みだけだよね。 |
武田 | それって強烈なんです。弱さがない。 無機的、ロボット的な強靭さというか。 |
糸井 | 書は? |
武田 | 弱さだらけだと、ぼくは思ってます。 書く人の感情とか、身体の動きのムダとか‥‥ いろんなノイズが混じってるわけ。 |
糸井 | なるほどね。 |
武田 | 書いたときの精神状態、 悩みや迷い、葛藤とかも入り込んじゃうし。 なんというか‥‥もろいんですよね。 |
糸井 | だから、それだけに、 読む人を揺さぶるちからを持ってるんだ。 |
武田 | そうそう、そうなんです。 つまり、活字の、あの無味無臭さ、 絶対的な揺らぎのなさ、傷つかなさと比べたら‥‥。 |
糸井 | まず「書き順」ないからね、活字には。 |
武田 | だからぼく、題字とかロゴのお仕事なんかも いただくんですけど、 お断りさせていただくケースも、あるんです。 「これは活字のほうがいいです」って。 |
糸井 | ああ‥‥。 |
武田 | 商品のロゴでもお店の題字でも 「活字の強さを使ったほうがいい」って場合が、 けっこう、多いんですよね。 |
糸井 | あえて筆文字にする必要がないと。 |
武田 | たとえば「ペットボトルのお茶」に ぼくの書を使っても、売れないでしょうね。 反対に、あるていど高級なお茶だったら いいとは思うんですけど。 |
糸井 | それはつまり、どっちがすぐれていると言うより、 なじむかどうかという問題ですよね。 |
武田 | やっぱり「伊右衛門」は活字じゃないと 売れないと思うんです。 |
糸井 | さきほど武田さんが「無味無臭」といったけど、 活字の持つ「清潔感」にも関係してますよね、それ。 |
武田 | 清潔感。なるほど。 |
糸井 | ワキ毛生えてるじゃないですか、書って。 |
武田 | ワキ毛‥‥。 |
糸井 | 剃んなきゃダメなんですよ。 「ポピュラーソング」の場合は、ワキ毛を。 |
武田 | つまり「伊右衛門」みたいに コンビニで手軽に買える大衆商品の場合には 万人が手にとれる「清潔感」が要ると。 |
糸井 | 値段のする高級品の場合はオッケーになるんです。 |
武田 | ワキ毛が。 |
糸井 | うん。 |
武田 | あ、たしかに、いちばん売れたと言われてる 「お〜いお茶」の字って、 書で書かれてはいるけれども、 最大限、ワキ毛剃られてる感じがしますね。 ボーボーじゃない‥‥。 |
糸井 | というより、あれ、いちばん先に出たでしょ。 |
武田 | ええ。 |
糸井 | ペットボトルでお茶を飲むことじたいに まだ違和感があったというか、 無味乾燥じゃないかと思われてた時代に。 |
武田 | ええ。 |
糸井 | だから、ちょっとワキ毛的な感じを入れとかないと 「ペットボトルに入ってますけど、 お茶なんですよ」って、言えなかったんですよ。 無味無臭すぎてありがたみがないというか‥‥さ、 ただの「水」と 同じだと思われちゃったら、ダメじゃないですか。 |
武田 | ああ、ああ‥‥なるほど。 つまり、ちょっとだけ「出してる」んだ、逆に。 剃ってるんじゃなくて。ワキ毛を。 |
糸井 | そう。あの「お〜いお茶」が発売されるまえに 伊藤園の人に、いただいたんです、ぼく。 筑波万博のときだから‥‥ まだペットボトルじゃなくて缶でしたけどね。 |
武田 | へぇ。 |
糸井 | で、そのときに、 「そんな貴重なもの、ありがとうございます」って 言ったおぼえがあるんです。 |
武田 | 貴重なもの。 |
糸井 | うん、あの「ワキ毛」感がなくてツルツルだったら、 そんなこと思わなかっただろうね。 |
武田 | なるほど‥‥それから時代がめぐって 活字の「伊右衛門」にたどり着いたんだ。 |
糸井 | そのあたりの「さじ加減」は、 バランス感覚なんでしょうけどね。 |
武田 | うん。 |
糸井 | NHKの大河ドラマの題字が活字だったら ちょっと物足りない‥‥とかね。 |
武田 | ぼく、次の大河ドラマの『天地人』という題字を 書かせていただいたんですけど、 めちゃめちゃ「人間っぽい」書にしたんです |
糸井 | ほう。 |
武田 | 妻夫木聡くんという、 いかにも戦国武将に似合わない美少年が 主人公の直江兼続役なんですけど‥‥。 プロデューサーのかたにお話をお聞きしたら、 志や正義とのあいだで葛藤しながら、揺れながら、 戦国を生き抜くというより、 弱々しいけど、 周囲に影響をあたえるような光を放つ‥‥ そんな直江兼続の人間くさいドラマを描く、と。 だから、題字も、そのようにした。 |
糸井 | だから結局、いまのように「言葉」で 直接的に説明されるまえに、 武田さんは、その「書」の書きようで、 「沈黙にあたる部分」を みんなに鑑賞させてるっていうことですよね。 |
武田 | ああ‥‥ええ。 |
糸井 | その役割は‥‥あたま痛いねぇ。 |
武田 | ええ、いろいろ、あたまは痛いんですが‥‥。 ‥‥その「沈黙にあたる部分」というのは? <つづきます> |