武田 | ぼくらの世界には「王羲之」という人物が、 始祖として、君臨してるんです。 |
糸井 | おうぎし。その人が書道をはじめた? |
武田 | 書道史上、もっともすぐれた書家。 書聖とも称されていて、 ぼくたちの世界では、もう断トツ。 |
糸井 | 中国の‥‥いつごろですか? |
武田 | 西暦でいうと300年代、東晋の時代の人です。 |
糸井 | へぇ‥‥。 |
武田 | それまでも文字の歴史はあったんですけど、 芸術としての書の歴史がスタートしたのは、 王羲之から。 |
糸井 | つまり、ビートルズだ。 |
武田 | 空海も王羲之の影響を受けてますから、 「弘法大師の師匠」になります。 |
糸井 | そう聞くと、一気に近くなるね。 |
武田 | ええ、ちなみに後代、「顔真卿」って人も出て。 |
糸井 | がんしんけい。 |
武田 | こっちは、ローリングストーンズかな‥‥。 王羲之以来の伝統的な楷書を 破壊するような書法を生み出したんです。 |
糸井 | なるほどね。 |
武田 | 何人もの著名な書家が顔真卿に憧れてますし、 明朝体の基礎をつくった人物とも言われてます。 でもまぁ、とにもかくにも、 書道においては、 はじめの王羲之という人がビートルズ。 彼のうえに「書」のすべての歴史が 積み上げられていくんですね。 |
糸井 | ほう‥‥。 |
武田 | で、王羲之の書いた『蘭亭序』という作品が 書の歴史における「最高峰」とされているんです。 |
糸井 | らんていじょ。 |
武田 | そう、「蘭亭」という場所で宴が催され、 そのときにつくられた詩集の序文の草稿。 王羲之が酔っぱらって書いたという伝説の書で、 実は本物は誰も見たことがないんですよ。 |
糸井 | 実物が残ってないんだ? |
武田 | ええ。ですから、このあいだだって 模写本のなかでも、 有名な4〜5種類が日本にやってきたんですが、 もう、大騒ぎになってました。 |
糸井 | へぇ‥‥知ってたら見に行ったのになあ。 |
武田 | 模写本って、つまりはニセモノですよね。 しかも、誰も本物を見たことのない、 酔っぱらって書いたと言われてる「草稿」の模写本。 そんなのが、ぼくら書家の基本になってるんです。 |
糸井 | それが武田さんたちの「ルール」なんだ。 |
武田 | おもしろいでしょう? たとえば「はらい」の基本はどうだとか、 美しさの基準はどうだとか‥‥書の土台が 決まっちゃってるんですよ、そこで。 |
糸井 | 草稿ってことは、清書はしなかったの? |
武田 | なんども清書したらしいんですけど、 けっきょく、 超えられなかったと言われています。 |
糸井 | 草稿を。 |
武田 | はい。 限りのない宇宙の大きさを語ったり、 人の運命や命のはかなさを思ったり、 人類の歴史を憂えたり‥‥ そんな高遠な内容の文章を 即興で紡ぎだしたと言われています。 |
糸井 | そうなんだ。 |
武田 | どうして、そんな言葉を 一瞬にして吐き出すことができるのか‥‥ ちょっと想像を超えます。 もう「いち書道家」とかいう存在では ないような気さえしてくる。 |
糸井 | 書の世界も、おもしろいよね‥‥。 武田さん、「野口シカの手紙」って、 ご存知ですか。 |
武田 | いえ‥‥どういう字ですか? |
糸井 | 「シカ」っていうのはカタカナなんですけど、 つまり、野口英世のお母さんなんです。 で、その人が、英世に宛てた手紙なんですよ。 |
武田 | へぇ‥‥。 |
糸井 | 福島県の野口英世記念館に展示されてるんですが、 その、書道家でもなんでもない人が書いた一通の手紙に 井上有一さんが、相当ショックを受けたらしくて。 |
武田 | そうなんですか。 |
糸井 | 井上さん、手紙の写しかなにかをお持ちだったので、 見せていただいたんです。 そしたら、ぼくのような素人の目には、 なんだか、井上さんの書みたいに映ったんです。 でも、井上さんは「断然こっちのほう上だ」って。 |
武田 | へぇー‥‥。 |
糸井 | 「オレが書いたものなんかより、 こっちの手紙のほうが、ぜんぜんいいんだ」って。 |
武田 | 井上さんみたいな字ということは、 いわゆる「達筆」なわけじゃないんですよね。 |
糸井 | うん、一般的に言ったら、 「達筆」とは、ほど遠いでしょう。 ‥‥「たどり着かないんだよ、ここに」って言ってた。 |
武田 | そうですか‥‥。 つまり、井上さんにとってのビートルズなんだ。 |
糸井 | そのときに、 「ああ、今日、来てよかったな」って思えたんです。 「書」というものに対する興味が、 ぼくのなかで、深いところに落ちた気がして。 |
武田 | ぼく、「書道家」というジャンルって 本当は存在しないと思ってるんですね。 |
糸井 | ほう。 |
武田 | なぜなら、中国でもそうなんですけど、 「書道家」という人は 今までいなかったんです、ひとりも。 著名な書家って、 まず政治家だったり、宗教家だったりするので。 |
糸井 | ああ‥‥そうか、空海だって「お坊さん」だし。 |
武田 | 書道家っていうと、なんか違和感がある。 もちろん、お習字の先生はいっぱいいます。 でも、書道家って呼んでしまうと‥‥。 だって、井上有一さんのお話を聞いてたら、 それこそ「崇高な教育者」じゃないですか。 |
糸井 | うん、そうですね。 じっさい、小学校の校長先生だったわけだし。 |
武田 | 自分自身についても、 ふだんは「書道家」と言われていますが、 ぼくは別に 書道の技術を教えたいわけではないから。 |
糸井 | それじゃあ、何をしたい? |
武田 | そうですね‥‥。 やっぱり、伝えたい。 コミュニケーションしたい‥‥んだと思う。 |
糸井 | 書をつうじて。 |
武田 | ええ。いろいろ、やってることにたいして バッシングもされますけど、 それでも、コミュニーションしたいんです。 書をつうじて。 <つづきます> |